立てるかと言われた阿門は、少しの迷いのあと葉佩の手を取って立ち上がった。ただでさえ狭い区画は気づけば大惨事になっていた。
「俺の勝ちだな、阿門」
「ああ......」
「というわけで、俺の言うこと聞いてもらうからな」
「仕方あるまい......」
葉佩はわらった。
「おかしい......」
「え、なにが?」
阿門がいうのだ。
「《長髄彦》が古の眠りから目覚めたというのに、《封印の巫女》の呪が解けない......。《遺跡》に変化がない。やつはずっとこの機会を窺っていたはずだ。《封印の巫女》を探し出し、手を伸ばすその瞬間を......。だというのに何故だ......?《封印の巫女》の呪を解かねば自由にはなれないというのに」
「《長髄彦》の意識自体はすでに學園を蝕んでいたじゃないか」
「......だが、思念をとばす程度だ」
「七瀬、神鳳、同調しやすい一般生徒、教職員、いずれも《長髄彦》に取り憑かれたものたちだろ?そこに物部氏の末裔、しかも直属の上司にしてこの《遺跡》にぶち込んだやつ、研究者の末裔がいるんだ。他に優先すべき連中が多すぎたんだ。《タカミムスビ》の存在も見逃せない」
「だが、いずれも排除されたかいなくなった」
「《封印の巫女》の呪はほんとに《長髄彦》の封印をするためなのか?」
「なんだと?《墓》の奥底に眠る邪悪なる意志が長い年月をへて封印の鎖を綻ばせていった以外になにが考えられる。遅かれ早かれ封印がとかれるのだとしても、これ以上の好機はないはずだ」
「じゃあ来いよ、阿門。《長髄彦》はこいっていってるんだろ」
「......」
振動が玄室を包む。
「───────ッ!?」
「この揺れは......」
「《長髄彦》か......」
「きたか、我が室を侵す者よ......」
不気味な顔が浮かび上がった。
「《封印の巫女》はいない」
「必要ない」
「!」
「《封印の巫女》が《鍵》の役目を果たす必要などない......《タカミムスビ》なき今、《巫女》《墓守》の宿命を背負いし者など恐るるに足らず」
「《九龍の秘宝》は手にしたよ。今の俺たちならアンタを戻してやれる」
「お前は《アラハバキ》の名を持つ《宝探し屋》だったな......思いあがるな。そのような虚言をささやく者に我を倒すことはできぬ......我が名は《長髄彦》。アラハバキ族を率いて、大和朝廷と戦いし王なり。《秘宝》など存在せぬわ」
「《九龍の秘宝》は《タカミムスビ》が守ってた。回収したって《アマツミカボシ》の末裔から連絡があったよ。古代人のお前にはわからないかもしれないけど1700年もあれば人類は進歩してる。お前だって元に戻してやれる」
「それは希望たりえぬ」
「なんでだよ!」
「教えてやろう。ここには何もない。あるのは《墓》を築き上げるために運び込まれた冷たい石と黄泉の国の如き光の届かぬ漆黒の闇だけだ」
「今のお前ならそこから出してやれるっていってるだろ!」
「本気か、葉佩」
「俺が勝ったんだからなにをするかは俺に決定権あるよな?」
「たしかに、古代の使命を受け継ぐ《巫女》や《墓守》の伝承によれば可能であろうな。かつて《天御子》たちが九匹の龍の《秘宝》を作り上げ───────我らが反乱を起こした際に自ら築いた遺跡の奥底に封印したのだから。それはあくまでも《天御子》側の伝承にすぎん。我のみた事実に勝るものはない」
「どういうことだ」
「長い年月の果てに失われたのかと思っていたが、やはり初めから伝承されてはいなかったようだな。教えてやろう、貴様らが守りしこの《遺跡》の真実を───────」
《長髄彦》は口を開いた。
「この《遺跡》は《遺伝子》を研究する実験場だった。そして失敗作たる我らは遺棄された。そう、ここにいる化人となりし我が民は科学技術による申し子ですらない......ただのゴミ屑だったのだ。《封印の巫女》がいったであろう、ここではないどこかに運ばれた者たちがいたと。それこそが本格的な実験場に運ばれ、さらに生き残った者たちだけが永遠の命を育む被験体となったのだ」
「なんだと......?」
「この《遺跡》で作られた化人を出荷したってのか?!」
「なんという悪逆非道な......」
「なぜわかる......なぜそれが事実だと断言できるッ!」
「《墓守》ごときが我に指図できると思っておるのか?我が《力》を思い知れ───────」
「ぐッ......体が......」
「お、おい阿門、大丈夫かッ!?」
「我はかつて信仰した神の氏をもつこの男に話しておるのだ」
「おいおい、《長髄彦》......」
「我らは遺伝子操作をされた者。同じテクノロジーで生み出された遺伝子同士が共鳴しておるのだ。《タカミムスビ》なき今、封印の《力》など無意味。《墓守》の呪いから解放された者共々余計な気は起こしてくれるなよ。その瞬間にこの男も《封印の巫女》も殺してくれよう。無駄な力を使わせるな」
「......くっ」
「しかたない......」
「ちっ......」
「アンタを助けたい一心だった《封印の巫女》まで手にかける覚悟ってどんだけ重要な話なんだよ」
葉佩の言葉に《長髄彦》は邪悪な氣で空間を満たすのをやめた。
「この神話になぞらえることすらできぬオゾマシイ場所がさらに奥に眠っているのだ」
「なんだと......!?」
動揺したのは阿門だった。《墓守》の一族たる自分が知らない場所があることが信じられないのだ。
「私は水の満たされた透明な筒の中からその声を聞いていた......すでに私が自由にできるのは思念以外になかったのだ」
無機質な複数の声だけが響いていたっいう。反乱が鎮圧された後、この《遺跡》が破棄されるまでの過程を《長髄彦》はつぶさに聞いていたようだ。
「大和朝廷と2度戦い、《ニギハヤヒ》の裏切りを知った私は、義兄弟の契りを結んでいた《アビヒコ》様の助けを借りて兄者の故郷である津軽に逃げた。その先で渡来人の一族を併合し、アラハバキ族と名乗り、兄者の三人の息子たちと新たな国を作ったのだ。《天御子》に私が生きていることがバレてしまい、みな捕らえられてしまったが......兄者の息子らは逃すことができた、はずだった」
「まさか......」
「そう、そのまさかだ。その先には逃げきれずに捕らえられた兄者の息子ふたりがいる。化人と成り果てた2人は地下深くで優れた被験体の調査をするために作られた《訓練所》にいるのだ」
《長髄彦》の言葉に誰もが凍りついた。
「その化人の名は伊波礼、そして伊邪那美」
「!」
「おい、その名前は......」
「《天御子》はなにを考えて......」
「え?」
「神倭伊波礼毘古命、神武天皇のことだ」
「私の封印はその地と連動している。あの子らを解放してやるには、扉が開くことはない。そう......戦うしかないのだ」
「でも、《訓練所》の入り口なら......」
「扉は閉ざされたままのはずだ。《アマツミカボシ》でも《ニギハヤヒ》でもない天竺の果ての者たちが管理していたのだから」
「それは......」
とうとう葉佩は言葉に詰まってしまう。
「私は兄者との約束をはたすことが出来なかった。どうか息子たちを頼むと言われておきながら、救うこともできず、見ていることしかできなかった」
「もしかして、アンタが反乱を起こしたとき、失敗したのは......」
《長髄彦》は答えなかった。
「私は自我があるが、あの子らは壊れてしまった。もはや人として死ぬことすら許されぬ。ならばせめて、介錯してやるのが親の務めだ。それすら今の私には叶わない」
「なるほど......だから......」
「葉佩九龍───────私と戦え」