果てしなき流れの果てに

地下に降りると、大広間の中央にあった石版が輝きだし、その中心が崩れ落ちる。最後の扉が開いたのだ。

「これは驚いた......拙者たちが幾度となく降りてきていた大広間の下にこのような部屋が隠されていたとは。皆守は知っていたのか?」

「いや......俺はあの区画より先は知らなかったぜ。この先にこの《遺跡》の終着点があるんだな」

「よ〜し、最後まで気を抜かないでいこうッ!」

「そうだな、大切なことだ」

真里野はまじまじと崩落した石版を見下ろしている。

「翔チャン」

「なに?」

「そっちは任せたよ」

「うん、任された。生きて帰ろうね」

「もちろんッ!」

私たちは葉佩たちと別れをつげて、別の回廊から降りていく。

「なあ、翔」

「なに?」

「嬉しそうだな。ワクワクしてるというか、寂しそうというか。終わるのが名残惜しいのか?それとも感動してる?」

「《宝探し屋》の本能だね。この体の記憶に引っ張られてるかもしれないし、私が魅せられてるのかもしれない」

「九龍とそういう所は同じなんだな。《宝探し屋》の本能というやつか」

「まあね」

「ここまで来れたんだから大したものだよ、翔。だが全てが終わったわけじゃない。むしろこれからだ。気を抜くなよ」

「わかってますよ、ジェイドさん」

私たちは回廊を降りていく。

「なあ、翔。どうして俺たちを選んだんだ?九龍たちを待ってもよかったんじゃないのか?」

「理由は色々あるけど《タカミムスビ》を相手にする以上、《黒い砂》でえた《力》は無効の可能性が高い。《タカミムスビ》の落とし子の餌食になったらまずいでしょ」

「たしかに」

振動が《遺跡》を揺らしている。

「───────ッ!?」

「禍々しい氣だな」

「《長髄彦》の思念は《墓》の奥底で眠りにつきながらも意識だけは身体を離れ、ずっと地上を見てきた。《墓》の封印を解き、完全に目覚める機会を伺ってきたさなか、《ニギハヤヒ》や《アマツミカボシ》という不倶戴天の敵や《タカミムスビ》の存在が《アラハバキ》と思い込んでいた狂気を醒ましてしまった。私たちが《封印の巫女》のお守りを見せたことで、自分が守ろうとした世話係の少女たちすら自分の封印に使われたことを悟ってしまっている」

「それは......」

「《九龍の秘宝》は《遺伝子操作》の全てが描かれた《碑文》なんだろう?なら、《長髄彦》は助かるんじゃないのか?」

「《タカミムスビ》が起動するよ、その瞬間に」

「......えげつないギミックだな」

「江見睡院を屠っただけはあるな」

「《墓守》は他人の遺伝子を操作する《力》で授けた人間を従え、《墓》に繋ぎ止めるために《宝物》に《魂》を閉じ込めて捧げることで、離れれば《力》が奪われて死ぬ呪いをかけた。《封印の巫女》も《墓守の長》も《タカミムスビ》には逆らえない《遺伝子操作》を受けている」

「───────なすすべがないのか」

「歴代の《生徒会》の人達が一夜にして全滅したのはそういうことだよ。《長髄彦》を傷つけることなく眠りにつかせることはもう出来ないし、人として生かすにしろ殺すにしろ《タカミムスビ》が最大の障壁なんだ。普通は《長髄彦》を倒さなきゃ先にはすすめない。ただし、《アマツミカボシ》の末裔がいるなら話は別だ」

私たちは最深部に辿り着いた。門の横に設置されている機械を前に私は呪詛を唱える。

「生も死も裏表。生きて逝きては星巡り。天あり地あり人ありて各かく交わるここが狭間。来たりて往かん運命はここに巡り来る」

「......翔?」

私の中で膨れ上がった《氣》に気づいたのか、ジェイドと夕薙が戦闘態勢に入る。

「......おい、その呪文はどこで?」

「母さんが完遂できなかった儀式の呪文だよ」

「......君の氣が変質していくんだが、一体なにを......」

「《アマツミカボシ》のパスコードが有効なんだ、活用しない手はないでしょ」

重々しく威厳に満ちた声が響いてくる。

《門の前に立つのは何者ぞ》

《ここは国家に仇なす者どもを封じる場》

《言わば、伏ろわぬ神々の牢獄なり》

《その牢獄から逃れ、黒き光を放ち続けている貴様は何者ぞ》

「かつて、我が逆光とならんとした者たちは、私の描く星の軌跡の中で、焼き払われました。また同じ末路をご案内して差し上げに来ました」

「おい、翔ッ!」

「大丈夫だよ、《アマツミカボシ》の《遺伝子》が《タカミムスビ》と共鳴を起こしているだけだ。ジェイドなら知ってるでしょ、図らずもこの体は《アマツミカボシ》の器足りえるんだ。私は《アマツミカボシ》の先祖返り、転生体、どっちでもいいけど喪部銛矢と同じだよ」

威厳ある声は反応する。

《それは我が国に反意を抱いた、伏ろわぬ神々の一柱ぞ》

《それは太陽に劣らぬ輝きを放つ美星》

《その実態は、硫酸の雨の降る死の星》

《その背に死の星の輝きを司る魔人》

《最後に相見えたのは幾星霜か、もはや覚えてもおらぬ》

《それ程に、遠く高きものなのだ》

《貴様は同じ輝きを放つようだ》

《ならば来るがいい》

重厚な扉が開いた。

そこには頭もなく、器官や手足もない肉塊が横たわっていた。ぐちゃぐちゃという不快感を催すゆっくりとした波状運動によってアメーバのようなものを吐き出し、またそれを捕らえては食 らっている。肉塊の中に埋もれるように、巨大な石板が見えた。
 
「あれが《九龍の秘宝》というわけか」

「意外と小さいな」

「にしては大きな番犬がいるみたいだけどね」

その《碑文》を守るために門番がいた。自存の源であり、神話の中で地球生命の原型を生み出した存在と記される外なる神の模倣体、《タカミムスビ》本体がそこにいた。

その異空間には黄色い霧が立ち込めている。《タカミムスビ》の全景は濃霧のせいで臨むことは叶わない。一歩足を踏み入れようとした矢先。

「あれはなんだと思う?」

私たちは目を丸くした。直接脳内に子供の声が響いてきたのだ。

「初めは感情なんて不要だとばかりに脳を弄り回しておきながら、あとから人間の《力》を研究するためにあの実験室で生み出された、奉仕するための生き物だ」

声のする方に目をこらすと、浮遊するなにかがいた。

「あれを生み出したものは何だ?神話的魔道か?それとも非人道的な化学か?違う、人間の狂気そのものだ」

どくどくどくと脈打つなにかがいる。

「俺はいま、とても嬉しい。だって、感じた苦しみをお前にも与えることができるからだ」

それはエコー写真でしか本来拝めない赤子だった。

「人間たちはおしえてくれた。感情を。どう表現するかを」

赤子が喋っているのだ。

「江見翔になるはずだった子だ、返してもらうよ」

「なぜだ?身ごもっていると知りながら《墓守》の本能に抗えなかった女の肩をなぜ持つ」

「君がその魂を核に顕現することを正当化することにはならないよ」

浮遊する《タカミムスビ》の落とし子に触手が巻き付いていく。脈動する。《タカミムスビ》と接続していく。まるで臍の緒のようだと私は思った。やがて《タカミムスビ》の落とし子から腹が大きく割けて、そこから無数の触手が伸びだす。

「……これは?」

「《死》というものは誰であろうと区別無く振りおろされる。そう……神に相応しい平等さで」

そういって赤子は高笑いする。江見翔の体内に《タカミムスビ》の触手の一部を招来させ、肉体と精神を食らって成長をしていき、すべてを喰らい尽くしたところで元の身体へと返っていくという。

「食われていく。退化していく。身体が。精神が。魂が」

「お前ッ......」

「さあ、帰ろうではないか、《アマツミカボシ》よ。我達のいるべき世界に」

子供の声が重厚な声に変質していくのがわかる。

《さあ、来るがよい》

《そして我に力を示せ》

《我は、逃げも隠れもせぬ》

《もはやその腕の程、疑う余地も無し》

《それ故に我も加減無く全力で戦えるというもの》

《生命を落す事になろうとも我が全力に身をさらす》

《その覚悟、キサマにあるか?》

「もちろんあるさ」

《我が威容を前に潔さよし》

《及びて地に星を描くか、及ばず空の星と散るか》

《殺されぬよう、全力で抗え!》

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