空から落ちてきた歴史4

ベランダから一望を見わたせた。もうもうと黒煙が上がり、微風にのって校舎の方へ流れていた。きな臭い匂いが漂ってきている。煙は勢いよくなったかと思うと少し収まりというのをくりかえしていた。生徒たちは大声で何かを叫んだり逃げ惑ったりしている。

凄まじい唸りを立てて、校舎前の敷地全体が燃えている。雪のおかげであたりが一面火の海と化してこそいないが、視界不良なのは違いない。だが、その煙の先にはなにかが焼け落ちる轟きと、物のはぜ飛ぶつんざくような響きが、怒涛のように繰り返していた。

闇の底を焦がして燃え盛る火の帯がじりじりと迫りつつある。葉佩は空を見た。赤い炎が天を焦がし渦を巻くのがみえた。一瞬にしてあたりが炎の津波に呑まれた。火事の炎が暗い朝焼けの空を一様の血の色に焦がし、煙と火の子が渦を巻きながら奔騰する。

炎が、生きているように黄金色に光りながらあたりを飲み込んでいくのが見えた。焼け跡から吹きつけてくるザラザラした異様な風は、まるで不快な固物の撫で回すような感触を持っていた。

「ヤマタノオロチとは全然違うんだなあ.....誰だよ似てるとかいったの」

葉佩はひとりごちる。炎だけならまだ鎮火すれば弱体化しそうだと目星がつくが、突発的に発生する濁流に潜む人やものをみていると顔が引つる。

勢い良く水が通っていく。川の堰が切れて濁流が流れていくような、騒々しさだった。激流が、目前を通過していく。濁流は、葉佩をせせら笑うかのよう激しく躍り狂っていた。

「やるしかないよな」

「届くか?」

「届かせるしかないだろー!」

葉佩は銃を手にする。目の前にいる見上げるような巨体はその9つの首を同時に切り落とせばいい。伝承が残っているだけマシである。どれだけ実現可能かどうかは別の話としてもだ。

とりあえずダメージが見込めるかだけでも調べてみようと引き金をひいた。

悲鳴が上がった。

「効いてはいるみたいだな〜」

どれくらいかは未知数だが。

「おっと気づかれたっ」

「九ちゃん、こっちだ!」

皆守に襟首つかまれて無理やり回避させられた。先程までいた場所は一瞬で丸焦げになり、ガラスが吹き飛ぶ。

「さんきゅー、甲ちゃん」

「また来たぞ」

「うげっ、あんな巨体のくせにもう動けるのかよ、はやっ!?」

炎があたりの樹木や障害物を廊飲み込みながら迫ってくる。なんとか回避するが、じりじりと肌をあぶられるような熱気を感じる。立ち込めた黒煙がまとわりついてきて、煙が目にしみて痛みが走る。炎がベランダを舐め始めた。

熱を帯びた黒い煙がどんどん近づいてくる。葉佩たちはとっさに姿勢を低くした。そうすることで煙が弱まってくる。目線を床に近づければ近づけるほど炎が灯りとなってほんのりと視界が利いてくるようになった。そして目の痛みも和らぎ、少しだけ呼吸も楽になった。

黒煙の隙間からオレンジ色の炎が見えかくれする。炎が出口を求めて上へ下へ渦巻いている。もうそこまで、炎の舌が這ってきていた。

そのときだ。

1本の矢が蛇神の両目を同時に貫き、あまりの痛みに1つの首が大きくゆらめく。矢がささったままで取れないために、ほかの首や胴体に激突しながらのたうち回るのが見えた。

「───────助かった、かな?」

「あれは神鳳か?」

「そ〜いや、毎朝4時から弓道部で自主練してるっていってたっけ?さっすが〜っ!連続攻撃さえできなきゃただの木偶の坊だ」

葉佩はふたたび狙いを定める。目は回復する兆しをみせないため、どうやらキュエイの完全再現とまではいかないようだ。ダメージがとおるならいつかは倒せるだろう、それまで弾薬がもてばいいのだが。

「弱体化ってのは、このことか?」

「だろうね。瑞麗先生、本物はすぐに回復するから同時に首を潰さなきゃダメだっていってたし。翔チャンたちに感謝だなッ!」

葉佩は的確に目を射抜いていく。視界不良に陥ったキュエイは単調な動きに陥り、大袈裟な予備動作がなければ水も炎も吐き出すことができなくなっていく。盲目となったキュエイ目掛けて、葉佩は新たな標準を探す。

「ん〜......ありゃ?」

「どうした、九ちゃん」

「いや、下の方に人影が......」

「なにっ!?まだ逃げてなかったのか?」

「いや違うあれは......瑞麗先生と鴉室さんだ」

「あの二人、ただもんじゃないとは思ってたが、戦えるのか」

「みたいだね」

H.A.N.T.が高濃度の氣を検知して警告してくる。瑞麗先生が体内で螺旋状に練った気に、手の捻りを加えて放つ掌法の奥義を放つのがみえた。キュエイが雄叫びをあげて首がぐわんぐわんとふれはじめる。

「すっごいなァッ!?さすがは本職ッ!よ〜し負けてらんないぞ」

「本職ってなんだよ、本職って」

「え?あんだけ散々お世話になっといてそれ?」

「いや......本気に取るなよ。言葉の綾だ、綾」

「びっくりした〜」

「《宝探し屋》なら、こんなのはピンチでも何でもないだろうが集中しろ集中」

「大丈夫、大丈夫。また甲ちゃん助けてくれるだろ?」

「おまえな......」

そんなことを言いながら今度は水や炎を生成するであろう場所を的確に撃ち抜き始めた葉佩をみて、皆守は苦笑いするしかないのだった。

「よ〜し、やるか。破邪が弱点とわかればこっちのもんだ」

葉佩が銃を持ちかえる。双樹の担当エリアについて入手した錆び付いた銃の表面に付着していた鉄錆を取り除いた事により、黄金色を取り戻した古代銃だ。1700年前にあった時点でどうあがいてもオーパーツである。蝶の迷宮に潜りまくり、交換を駆使して専用の弾丸を入手しまくっていたことを皆守は思い出す。

「お前、どっから出してんだよ」

「えっへへ〜、企業秘密〜」

笑いながらキュエイと相対する葉佩はいつものようにものともしない。一般生徒が変上し、この化け物になっているのだと知らされてもなんの躊躇もない。倒せば元に戻せる、死ななければどうにでもなると瑞麗先生から予めメールされているとしてもだ。やはり《宝探し屋》はこの程度では止まらないのだ。

「ぎゃあああああ!」

赤子が癇癪を起こして泣きわめくような絶叫が響きわたる。目の前にいる化け物がいなければ守ってやらなければならないと保護欲をかきたてるだろう。だが目の前にいるのは化け物だ。ただただ不気味であり、この世のものでは無いことを思い知り冷や汗が浮かぶのだ。

耳がいかれるのではないか、と本気で心配になった。

そして、断末魔をのこし、キュエイは砕け散る。内側から破壊され、核になっていた生徒が崩れ落ちるのを瑞麗先生が受け止めるのが見えた。

「あ〜よかった......無事みたいだな。よし、ほかの奴らを倒しに行こう、甲ちゃん」

「ああ」

皆守は携帯を見る。

「あとは教師の家、男子寮、女子寮か」

「───────やっぱ、時間帯的にバディのみんながいるところを襲撃してるみたいだね」

「そうだな」

「はあ〜......翔チャンに警告されてたとはいえ、ここまでくるとガチで凹む......」

「H.A.N.T.をハッキングされたのは失態だろうが、挽回するために頑張ってるだろ、九ちゃんは。そこまで落ち込む暇があったらいこうぜ」

「そうだよな......うん、そうだよな。まだ誰も失った訳じゃないんだ。まだ大丈夫、瀬戸際なのは変わらないけど。よーし、俺頑張る!」

「ああ、がんばれ」

「おう!」

ちょっとだけ元気になった葉佩と共に皆守は寮に戻ることにした。

「あ、神鳳も来てくれるってさ!よし、他のみんなにも知らせよう」

「ああ」
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