幻影の構成7

期末テスト最終日を控えた日曜日の夜のことだ。私が儀式をおえて片付けていると月魅がやってきた。なんだか様子がおかしい。焦点があわずにふらふらとしている。

「月魅......いや、ちがうね。君はファントムか?いや、アラハバキっていった方がいい?」

ぴたり、と歩みが止まった。距離がかなりある。ブローチの加護のせいでこれ以上は途方もない苦痛を伴うようだ。おぼつかない足取りのままその場に静止している。

「いかにも我が名はファントム、この學園の影に潜み、いつでもお前たちを見ていた者だ」

「こうして会うのは2度目だな。みたところ、ここ1週間はずっと月魅に思念飛ばして監視してたんだ?過去夢みせたり同調させたりなにがしたいんだ?《鍵》を探せってわけじゃなさそうだけど」

「お前の中にどれほどの《アマツミカボシ》の思念があるか揺さぶりをかけるためだ」

「えっ、月魅がターゲットじゃなくて、私?」

「我は冗談が嫌いだ......。お前が《アマツミカボシ》の子孫であり、邪法に手を染めているだけで虫酸が走る。今すぐにでも抹殺してやりたい。だが、お前はあの《護符》を我に見せてくれた......。我はわからなくなった」

月魅はいいよどむ。私は驚くしかない。1700年にも及ぶ幽閉生活により気が触れた《長髄彦》は自分が誰なのか、なぜここにいるのかすらわからなくなっていたというのに、この時点で記憶の1部を思い出すまでにいたるとは。

「女は嫌いだ......いつしか裏切る......。だが、あれは......我の記憶と矛盾する......我はいったい......俺は、誰だ、今までなにを───────」

しかもアラハバキだと信じ込んでいたはずの自分が何者なのかにすら疑問を抱くまでにいたるとは。喪部銛矢が祖神を降ろしていることがそれだけ強烈に《長髄彦》を揺さぶるのだろうか。あるいは私の《アマツミカボシ》の《遺伝子》が思いおこさせるのがあるのだろうか。

私ができることはあんまりない。

「《真実》がどうあれ《アマツミカボシ》や《ニギハヤヒ》が君の仇なのは変わらないけど、君が苦しんでるのは月魅みてきたからわかるよ。1700年は長すぎたね」

月魅は沈黙してしまった。知ってることを伝えるだけだ。

「灯台もと暗しって言葉があるように、探しているものや大切なものは、自分のすぐ近くにありながら見えにくいものだ。《遺跡》にいってみたらいいんじゃないかな。君が間借りしてる体の持ち主を考えたら、担当してる区画までは行けるはずだ」

夷澤凍也の担当は、《長髄彦》の討伐などを含む神武東征の続きであり、日本平定にいたるまでのエリアなのだ。あのギミックや碑文、銅像などを見ればなにかしら思い出すものがあるはずである。

いいきる私をじっと見つめていた月魅だったが、視線をそらした。

「江見翔、お前はこの呪われし學園に何しにきたのだ......今更......。あれは悪魔の技法だ......あんなもののせいで、俺は......我は......私は......」

自我すらあやふやになりつつある、極めて不安定な状態なようだ。毎日《タカミムスビ》の抑止力と喪部銛矢の悪魔祓いをうけて、思念体の状態ではなかなか思うように動けないのかもしれない。


「江見睡院を救うためだよ」

「赤の他人のために命をかけるだと?」

「君にも覚えがあるんじゃないのか?」

「───────」

「月魅通じて教えてくれたくせに黙りか......どうしたいのさ」

「わからない......お前と話をしているとなおのことわからなくなった......」

「そっか......そりゃ困ったね」

「ただひとつ言えることは、お前の《遺伝子》の記憶に覚醒された瞬間に、我はお前を殺さねばならなくなる」

「たしかに私が阿門たちと同じなら体の主導権はその瞬間にあっちにうつるね。《タカミムスビ》のギミックを作り上げた張本人が」

「......借りはいつか返す」

「借り?」

言葉は返ってこなかった。力が抜けたように月魅がズルズルとその場に座り込んでしまう。私はあわてて駆け寄った。

「......あれ、翔君......?私は、いったい何を......?」

「いつかみたいに夢遊病状態だったよ、月魅。大丈夫?どっか痛くない?」

「やだ、私ったらまた......?あ、ああでも、はい、大丈夫です......なんだか体がものすごく軽いような気が......」

「え、ほんとに?ファントムの干渉から解放された時みたいにか?」

「はい......こんな気分は本当に久しぶりです......。あの、もしかして、翔君がなにかしてくれたんでしょうか?」

「なんでそう思うの?」

「だって、翔君、私よりずっと落ち着いていますから......いつもだったらその、私を落ち着かせるために色々してくださっ......な、なんでもないですッ!なんでもないです、忘れてくださいッ!やだ、私ったら何言っ───────」

月魅はあわてて起き上がると、真っ赤な顔をしたまま、顔を洗ってくると叫んで出ていってしまった。なんとなく、夕薙のいったことを思い出してしまった私は苦笑いしか浮かばないのだった。



テストからようやく解放された昼休みのことだ。

「翔チャン、翔チャン。翔チャンの下駄箱にさ、こんなん入ってたんだけど、心当たりある?」

葉佩が見せてくれたのは、見たことも無い石だった。

「なんかオーパーツっぽいんだよね。H.A.N.T.で調べてみたら《天神石》だって。荒吐族が信仰したといわれる神の石らしい。天よりもたらされたものって記述があるから、隕石かもしれない」

「あー......なんか知らないけど、月魅と図書室に寝泊まりするのはファントムの誘導があったみたいだよ。それでお眼鏡にかなったみたいでさ、もらえたんじゃないかな」

「えっ、まじで!?2人とも大丈夫だったのかよ」

「月魅は体が軽くなったみたいで、瑞麗先生に見てもらったら文字通り憑き物が落ちたらしい。たぶん大丈夫じゃないかな」

「そっか、ならいいんだけどさ」

私は《天神石》をうけとった。

「儀式に使えってことかな?アラハバキからしたら、《タカミムスビ》は天敵なわけだしね。私がなんとかすれば好都合なのか?」

「あ〜、それはあるかもしれない。H.A.N.T.で解析かけた限りだと、特に問題はなさそうだなら翔チャンに渡すよ」

「ありがとう」

私が《天神石》をうけとったときだ。葉佩のH.A.N.T.にメールがきた。

「なんだろ、このタイミングで......」

葉佩の表情が固まる。

「九ちゃん、どうしたの?」

「ちょっとヤバいかもしれない」

「え?」

「ファントムからメールが来た。果し状ってやつだな、これ。テストが終わったとたんにこれだよ〜ッ。空気読んでくれてありがたいけどさァッ!」

「果し状ってまさか誰か人質でも?」

「いや、違うね、一人でこいってわけでもなさそうだ。一騎打ちがしたいわけじゃないのか?うーん、わかんないな」

「そっか、気をつけて」

「任しといて。翔チャンには月魅を守りきってもらったんだ。今度は俺がファントムと直接対決ってことだよな、よーし気合いいれていくとするか」

葉佩は笑う。

「終わったらまた報告するよ」

「待ってるから気をつけて」

「りょーかい」

いつもとは違う早すぎる《遺跡》探索に向かう葉佩を見届けて、私は男子寮に帰ることにしたのだった。今夜もまた儀式を行わなければならない。
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