「はい?」
「いやだから、新聞部部長の皇七(すめらぎ)が空いてる日を早いとこ教えてくれって。マミーズでまた取材したいからってさ」
「いや、聞いてないぞ。三回にわたる連載だからって話じゃなかったのか?俺はてっきり終わったもんだとばかり」
「あれ、そうなの?」
「つうか、こういうのは取材にくるやつがお伺いたてにくるべきだろ......それが筋ってもんじゃないのか」
「う〜ん、なんか行き違いの気配がするな、甲ちゃん。メールしてやろうか?」
「いらねえよ」
「え、今更無理だって。もう返事来たよ〜」
「はえーな?!」
「甲ちゃんのコラム、内容が濃すぎて3分割しただけなんだってさ。つまりあと2回残ってるんだよ」
「は?たったあれだけでか?」
「紙面いっぱいにカレーコラム書くわけにはいかないけど削るところがなかったんだってさ」
「そりゃそうだろ、カレー1回奢るだけなんて安すぎる報酬でだぞ。軽いジャブなのになんだそりゃ」
「あれ、甲ちゃん新聞見てないのか?」
「見てねえよ」
「四コマに甲ちゃん出てたよ?」
「は?」
「見るか?」
私はこないだ月魅と新聞部を尋ねた時に、《六番目の少女》が現れるときいつも《夜会》が宿泊イベントとなる。白岐という名前の少女が失踪しているという事実を名前は伏せるが使わせてくれと言われて快諾したのだ。《生徒会》に検閲されなかったため無事発行されて9月から始まった怪談に搦めた号はいつになく売り上げがいいらしい。
お礼としてもらったのだ、皆守がカレーコラムを担当した回。どうもボイスレコーダーをそのまま書き起こしたかのような無駄な台詞が目立つがかえって皆守らしくて笑ってしまう。
「九ちゃんもみる?」
「えっ、なにを?なにを?」
「食いつくな、食いつくな。つーかなんで持ってんだよ、翔ちゃん」
「え?もらったんだよ」
「なんだと?ふざけんなよ、皇七め......」
天香新聞は天香學園高等学校新聞委員会(通称新聞部)が毎週金曜日発行している。そこのコラムに《食は心!》という生徒のこだわりを聞いて回る名物コーナーがある。皆守はそこでカレーライスのおごりと引き換えにカレーについて語ったのだ。
「はいこれ」
「えーっと......わ、なんだよ甲ちゃん新聞に出てるじゃん!なんでよんでくれなかったんだよ〜ッ!」
「あたりまえだろうが。これは俺に来た取材であって九ちゃんに来た取材じゃないからな。もし九ちゃんがいたら、横からいらんこと言いまくって取材どころじゃなくなるだろ」
皆守はカレーに関する事柄にはどこまでも誠実でいたいらしく至極真っ当なことをいいだした。
「新聞部のことだ、九ちゃんが話し出したらどっちがメインだかわからないなるだろうが」
「學園祭、3のCが売り上げ1位だったの俺のおかげだもんな〜ッ!例年以上に盛り上がったのも俺がみんなに最高級の食材提供したからだしッ!」
「そうだ。それをうっかり《遺跡》にいる化人から捌いただの、世界中のVIPから報酬でもらっただの口走ってみろ。その瞬間に俺はお前をこの世から抹殺しないといけなくなるからな」
「甲ちゃん甲ちゃん目が笑ってない」
「あたりまえだろ、お前とカレーの間には超えられない壁があるんだ」
「ひっでえなッ!?」
「そっか、甲ちゃんは取材自体は満更でもない、つまりは乗り気なんだね。皇七喜ぶと思うよ」
「俺がいつそんな話をした、翔ちゃん」
「嫌なんだ?なら九ちゃん、新聞部の取材受けてみたら?寿司握れる腕前なのは事実なんだし。學園祭で好評だったアイス振る舞いなよ」
「おっ、いいね、いいね〜ッ!俺はいつでも大歓迎だよッ!」
「おいこらまて、翔ちゃん。皇七にメールを送るな。それは俺に来た取材だろ」
「え、さっき嫌だって」
「..................嫌だとはいってない」
「そう?ならはやく取材の日、メールしてあげてね。原稿提出するの面倒くさくて放置してるのはよくないと思うよ」
「いや、だからな......今はそれどころじゃないんだが......。白岐のこともそうだが、翔ちゃんだって、九ちゃんだって、なんかしら忙しいだろ。巻き込まれる俺も忙しいとは思わないのか」
「それどころで24時間も動いてるわけじゃないでしょ?メリハリが大事だよ、そういうのは」
「そーそー、初恋の人に送るラブレターじゃあるまいし、それだけで頭いっぱいになるなんて普通ないって甲ちゃん」
「......わかったよ、メールすりゃいいんだろ、メールすれば」
「俺も取材受けたいって伝えてくれよ、甲ちゃんッ!」
「俺が取材受けてるあいだは九ちゃんのこと頼んだぞ翔ちゃん」
「託児かあ、お金とるよ?」
「もちろん奢るさ、カレーライスをな」
「2人ともさっきから扱い酷くないッ!?」
「酷くないさ、いつも通りだ」
「いつも通りだよ、九ちゃん」
「え〜ッ、甲ちゃんだけずりいッ!あと2ヶ月も新聞にコラムがのるとか〜ッ」
「......2ヶ月?」
「だってそうだろ?3分割して連載があと2回分残ってんだから6週はコラムがのるんだよ。取材あと2回あるんだろ?」
「このままのペースでいったら三学期に取材がズレるやつだね」
「..................そうか、そうなるか」
ちょっと動揺している皆守に、葉佩が嫌なら俺がやると茶々をいれる。それは嫌なようで条件反射でやるといってしまった皆守はどうしたもんかちょっと困っているようだった。
「忘れるとこだった、翔ちゃん新聞見せてくれ!」
「いいよ」
私は新聞を渡した。葉佩は食い入るように読み始めた。
新聞部が俺になんの用かと思ったらこういうことかよ......。まあいい、カレーといえばカツカレーなんて言ってる連中に、カレーの奥深さを教えるにはいい機会だろうからな。この皆守甲太郎が、心ゆくまでカレーについて語ってやるとするか。
そもそもカレーってのは日本人の三大好物のひとつと言われるだけあって、全日本カレー工業協同組合が公表している統計から計算すると日本人は一年に約73回カレーを食べている。つまり、週に1回以上は何らかの形で食べていることになるって話だ。総人口から計算した結果だから生まれたばかりの赤ん坊からお年寄りまでの平均の結果になる。カレーが好きなやつはもっと高い頻度で食ってるだろうな。
日本に初めてカレーが入ってきたのは明治初期らしい。日本で初めて「カレー」という料理の名を紹介したのは福沢諭吉だ。カレーの調理方法に関する最古の文献と言われる『西洋料理指南』では、カレーの作り方が紹介されているんだが、こいつはカキやタイ、アカガエルなんていう今じゃ考えられない具を使った代物だ。
まァ、ジャガイモやタマネギなんてのは、同時期に入ってきた外来野菜だからな。最初こそ違ったがうまかったから代用されてくうちに定着されたんだろうよ。
そしてレシピにはカレー粉が使われているんだが、インドからイギリスを経由してはるばる日本に輸入されたんだとさ。日本にカレーが浸透したきっかけは、大正時代に軍隊食として採用されたことだ。今でも海上自衛隊は毎週金曜日がカレーの日なのは有名な話だよな?
今じゃ、世界中どこを探しても、日本ほどカレー商品が溢れてる国はないらしい。俺に言わせれば、カレーとは呼べないモンも多すぎるがな。納豆カレーとかカレーラーメンとかな。
ついでにカレーの語源でも教えてやるか。実はインドにはカレーを指す言葉はない。1番有力なのは飯にかける汁状のものを指すタミール語のカリがなまってカレーになった説。ほかにはヒンズー語で美味しいものを意味するターカリーが転訛(てんか)したとか、インド人がクーリー(うまいって意味だ)といってるのをイギリス人の役人が聞き間違えたなんて説もある。
カレー通を自負するなら、これくらい
常識だと思うぜ。
ふあ〜っ......(大あくび)、そろそろかったるくなってきたな......。ま、マミーズで昼飯奢ってくれるっていうんなら付き合ってやるか。安すぎるギャラだけどな。
お前はカレーライスの語源を知ってるか?今じゃポピュラーな呼び方だが、輸入された当時にはカレーに正式な名前はなかった。料理本や店によって違っていたが、一般的にはカリードウィズライスと呼ばれてたみたいだな。英語まんまって感じだが............。
で、その後に生まれたのがライスカレーっていう呼び名だ。名付け親ははっきりしないが、最有力だと言われてるのがクラーク博士なんだな。そう、少年よ大志を抱けで有名なおっさんだ。
博士が札幌農学校の寮に住む学生の食事をみて、米ばっか食っててバランスが悪いと感じたのか、寮の規則に生徒は米飯を食うべからず。ただしらいすかれいはこの限りにあらずと付け加えたんだとさ。これが日本最古のライスカレーの記述だと言われてる。
俺たちが使うカレーライスって呼び名が普及したのは太平洋戦争のあとだ。ライスカレーじゃダサいから、ひっくり返して洒落た感じにしてみましたってとこだな。俺としちゃ、カリードウィズライスの方が趣があって好きだがな。
......今思ったんだが、小難しい話ばっかりじゃ、味気ないかもしれないな。じゃあ具について語るとするか。いっとくが読んで腹が減ったとかいう苦情は一切受け付けないぞ。
インド人は約6割がベジタリアンでカリーを作る時は肉、魚はおろか卵も使わない。入れる具は野菜だけだ。逆に日本では、牛肉や豚肉を入れたカレーがポピュラーだな。
最近はヘルシー志向もあって、豆を使ったカレーが人気らしい。俺も豆は嫌いじゃない。ほくほくした食感のひよこ豆に、薄くて丸い茶レンズ豆、皮を向いた赤レンズ豆......。なんでも、赤レンズ豆は食物繊維を多く含んでいるらしい。おまけに汁気が多いインドカリーにぴったり合って、美味い。豆嫌いの奴も、一度食ってみる価値はあると思うぜ。
「甲ちゃんってばー、照れ屋さんだなあッ!これで乗り気じゃないは無理あるぜ」
「うるせえよ」
「みなさ〜ん、そろそろご注文はお決まりですか〜?」
「は〜いッ!カリードウィズライス3つ!」
「おい」
「えっ、かりーど......あ、カレーライスのことですね!一瞬頭が混乱しちゃいましたよ、もー!」
「いやーかっこいいじゃん、カリードウィズライス」
「九ちゃん」
「わかりました〜、カレーライス、もといカリードウィズライス3つですね!」
「お前も繰り返すなよ」
「いやーめっちゃ流行らせようぜ、カリードウィズライス」
「翔ちゃんも笑ってないでとめろよッ!」