閑話3
1年前から、デュエルモンスターズは様変わりした。

レオ・コーポレーションがデュエルモンスターズに進出すると宣言、その質量を持たせたソリッドヴィジョンという唯一無二の技術を武器に、運営していた会社と提携、買収、子会社化、様々な手段を用いることで一躍トップ企業にのし上がった。かの企業は先駆的だった。当時黎明期だった特殊召喚に目を向け、様々な特殊召喚を提案、テーマカードを発売、デュエリスト達に受け入れられた。デュエルモンスターズ業界の新参者だったこともあり、レオ・コーポレーションがなによりも求めたのは新規の顧客という名の決闘者だった。自社が手がけたテーマの売り上げ努力は目を見張るものがあった。手がけた新規テーマ、発売を委託されたテーマをすべて貸し出して小学生限定の大会はその最たるものである。レオ・コーポレーションがその大会を開催した記念すべき第1回大会である去年、黒田はヴェルズと出会った。友達と参加した大会で、ライバルとなるジェムナイト使いの少年と出会った。買ってすぐデュエルすることができるボックスが発売されたことで、ちょっとお小遣いとおやつを我慢すれば手が届く範囲だった。黒田がデビューするのは早かった。惜しむらくはデュエルモンスターズがジュニアとシニアに別れていることだろう。小学生以下がジュニア、小学生以上がシニア。つまり今年中学1年生になった黒田はシニア1年生なのだ。この国のジュニア部門の世界大会代表だとしてもその時点で黒田は予選から勝ち上がらなければならない。それでもよかった、と今黒田は思っている。

黒田がデュエルモンスターズにデビューしたころ、このMAIAMI市で流星のごとく現れた決闘者がいた。世界大会の代表者選考会予選において、好成績で突破した城前克己、その人だ。同じ予選にいることもうれしかったが、まさかライバルの弟が友達になっているなんて誰が思う。それも城前が参加した大会を見学しに行って、迷子になっているところを保護して本部に連絡、両親が迎えに来るまで一緒に居てくれたというではないか。ちっともうれしくない出会い方だが、連絡先を入手してるなんてずるすぎる。教えろと言ったら、自分で聞いたらと言われてしまった。聞いたらあっさり教えてくれた。いい人だ。

「想像以上に楽しませてもらったぞ、挑戦者。今回はこちらに女神が微笑んだが、寵愛を奪取したければまたこい。おれはいつでも相手になってやる」

城前が急用で帰ってから、黒田達は身内トーナメントを行った。その結果、城前とのデュエルする権利をもぎ取ったのは城前だった。いくらでも相手してやるのに、と彼は苦笑いしていたが、ホームページに公開されている参加スケジュールの過密さくらい知っている。この時間だって貴重なオフを潰してきてくれているはずだ。そんな貴重な体験、大安売りされたらつまらない。おれも有名になったもんだねえ、と感慨深げに城前はいうが、黒田からすれば謙遜もいいところだ。世界大会の代表選考会の有力候補の一角である自覚がないのだろうか。たしかに昨日会った黒咲や沢渡、ナオがいうにはデュエルしていたファントム、赤馬社長とデュエルしてるらしいから、きっと彼の基準はとんでもなく高いのだ。そんな彼にデュエルが楽しかったと言ってもらえた、またデュエルしたいといってもらえた。うれしくないわけがない。ガッツポーズする黒田に、いいなあ、とライバルである少年はうらやましそうにつぶやく。ふふん、さっきの言葉はオレにだけ向けられた言葉だ。いいだろう。

「さすがは混沌に魅入られし使者!このデッキの良さがわかるとはな、わかってたぞ、はははっ」

黒田は照れを隠すために大げさに笑ってみせる。城前はいい顔しやがると笑った。

ヴェルズはその恵まれたステータスと優秀なサポートカードで、特殊召喚封じ、罠や魔法を駆使してコントロール奪取を行い、勝利をもぎ取るビートダウンデッキだ。一時は多くのデッキに高い対抗策をもつ強みからトップメタに君臨していたこともある。ヴェルズのメタビートたる所以はやはりエースの《ヴェルズ・オピオン》にある。このカードはモンスターゾーンに存在する限り、お互いにレベル5以上のモンスターの特殊召喚を封じるというとんでもない性能を持っていた。しかもエクシーズ素材はレベル4のヴェルズモンスターが2体のみ。レオ・コーポレーションがデュエルモンスターズに持ち込んだ、シンクロ召喚、融合召喚、儀式召喚、その全てが封じられるのだ。エクシーズという天敵がいるのが唯一の欠点だが、それに上手く立ち回るために罠や魔法を駆使するのが楽しいデッキでもある。

黒田がいうには、レンタル大会では高レベルのヴェルズを使っていたそうで、城前の世界では当たり前だった下級モンスターによるレベル4エクシーズ特化のデッキは最近扱いはじめたそうだ。城前はついつい事故要因と考えてしまうが、黒田は思い入れが強いためにそっちを軸にできないか試行錯誤中らしい。どうしても序盤で《ヴェルズ・オピオン》を特殊召喚し、相手の展開を封じ込めながらフィールドを制圧する必要があるため、上級ヴェルズを活躍させる前に終わってしまうとのこと。

「《ヴェルズ・コッペリアル》か?」

「たしかに相手を闇に魅了する効果は捨てがたい!だがオレが活躍させたいのは《ヴェルズ・ゴーレム》だ!かつて4つの部族が協力して作り上げた最高傑作《A・O・J カタストル》、そのうち捨てられた残骸がヴェルズに感染することで蘇ったこの姿!まさにエースとするにふさわしいはず!だが神はオレに試練を与えた!」

黒田は悔しげに拳を握る。

「オレは知らなかったんだ!かつて氷結界に封印された驚異《氷結界の竜 グングニール》、やつを闇に落とした《ヴェルズ・オピオン》という強力なライバルがいることを!まさか身内に最大の敵がいるとは!神はどこまでオレを試すつもりだ!」

城前はダーク黒田のいいたいことがなんとなくわかる。惚れ込んだイラストアドのカードなのにその性能故に活躍させたいデッキではどうにも上手くいかないというあれだ。《ヴェルズ・ゴーレム》はその効果が《ヴェルズ・オピオン》をエースとする構築では全然かみ合わないのだ。その上役割が被りすぎている。

《ヴェルズ》はそのデッキの性質故に、一時はトップクラスのメタビートに君臨していたテーマである。初めて使ったテーマだから惚れ込んで使っているにしても、初めてで世界大会までいけるってことは相応の実力と運命力があるということだ。城前は感心しきりだ。その性能故にファンデッキ殺しであり、フリーでは結構いやがられた記憶があるヴェルズである。ジュニアからシニアに切り替わったが故の詳細なルールの変更になれていないせいか、プレイングミスが目立つがそれさえなくせば真価を発揮できる。そんな気がした。城前にとっては事故要因にしか見えないが、黒田が上級モンスターを活躍させたいと必死で構築を考えているのなら、外野がとやかくいう権利はない。デッキは自分で構築してこそだ。ロマン要素を入れるのも、好きなカードを入れるのも、アイドルカードをいれるのも、それ自体が立派な個性だ。城前のように勝率を求めてノイズを極力減らそうとする傾向とは真逆だけども、きっとそれ故に運命力があるならそれを切り捨てることは黒田の魅力を失わせることになる。

「ならばその《ヴェルズ・ゴーレム》でもっておれを打ち倒せるような秘策をぶつけるんだな。それがお前にとっての一歩になる」

不遜な態度と偉そうな口ぶり。混沌使いの城前というキャラクターはいつもこういったヒールな言葉を求められている。挑発じみたまなざしを投げると、黒田はいわれなくとも!と高らかに叫んだ。

「この雪辱は来週のトーナメントで果たしてみせる!待っていろ、城前!オレこそが闇に魅入られし者として上だということを教えてやる!」

「その言葉はこのおれに勝ってからいうんだな、ダーク黒田。かつて世界を制したライトロード、そしてデュエルモンスターズを終焉に導いたカオス、その使い手たるおれに勝てたなら、讃えて呼んでやろう」

「ぐっ、」

「せいぜい精進するんだな!それまで勝負は預けておくぞ」

高らかに笑って見せた城前に、黒田は力強く決意を新たにした。

そしてソリッドヴィジョンの展開を解除した城前は、だーっと駆け寄ってきたナオとハイタッチする。

今朝からこのちびっ子はとってもテンションが高かった。急な用事で一緒にデュエルをする、みんなと遊ぶ、そういった約束を延期されてしまったからだろうか。オフの日はわりとのんびりしている城前はまだベッドの中だったというのに、スマホの電話で起こされてしまった。約束は守る人だと認識されているのはありがたいが、ちょっと眠かった城前である。現在進行形で城前のところまでみんなと向かっている、と聞かされては飛び起きざるをえなかった。確かに明日遊ぶと約束して別れたけど。この週は小学生は午前中は学校じゃないのか?小学生向けのイベントにもかり出される手前、すっかりそういうこともわかるようになってきた城前は青天の霹靂だった。てっきりお昼頃だと思っていたのに。そしたら、なんと学校の設立記念日だという。それはたしかに休みだ。そこまではノーマークだった。準備がまにあってなによりである。

「カオス使いの城前兄ちゃん、かっこよくなるから好きだよぼく!」

「いつものおれはかっこよくないってか−?」

「うひゃあっ!そ、そんなことないよーっ、ってやめっ、あはははっ!」

ナオは脇腹が特に弱いのだ。後ろから羽交い締めにしてくすぐりはじめると、あっちこっちを竦ませる。そのたびに無防備になるところをくすぐっていく。一度つぼに入ってしまったちびっこはずっと笑っているのだ。涙さえ浮かんできた笑いっぱなしのナオを見て、子供達が寄ってくる。たすけておにいちゃーん、と逃げようとするナオの代わりに誰が生け贄になる?と話を振ると、容赦ないくすぐり攻撃をみた子達は固まったまま動かない。腕からやっとのことで逃れたナオは、たすけてーと兄の後ろに逃げ込む。

「そーかそーか、弟思いだなあ」

「え!?ちょ、僕は違うよっ!」

「お兄ちゃん、城前兄ちゃん止めてー!」

「無理だって、ちょ、ナオ、おさないでよ!」

にやにやしている城前をみて、くすぐり地獄の開始をさとった彼はナオの手を引いて、一目散に逃げ出す。おいかけっこの始まりだ。ここにきてから、ナオとのデュエル、黒田とのデュエル、と続けて連戦をしてきた城前はちょっと気分転換がしたかった。それにかまって欲しそうなほかの子達の視線を見逃すわけにはいかなかったのだ。最後まで逃げ切れたらデュエルな、と適当な思いつきを叫ぶと男の子達の目の色が変わる。唯一の女の子はナオのお兄ちゃんが好きなのか、一緒に逃げるシチュエーションがなかなか楽しいらしく、誰もつかまらないようにと叫んでいる。オレには!?とショックを受けている黒田はお兄ちゃんを盗られた、とナオのお兄ちゃんを目の敵にしている。まーたはじまった、とあきれ顔の視線もある。なかなか複雑な人間関係のようだ。最近の子はませてんなあと思いつつ、城前はソリッドヴィジョンを展開する。ずりー!という声があたりに響いた。


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