「ボク、どうしてもドラゴンみたかったのにぃっ……わああああっ!」
「うわ、ちょ、泣くなよ!おれが泣かせたみたいじゃねーか!」
城前はあわてて男の子をつれて、臨海公園の遊歩道に向かうことにした。ベンチはあそこしかないのだ。いつまでたっても泣き止まない男の子にかまってやりながら、どうしたもんかと頭を抱える。ずっと背中をさすってやりながら、男の子のいうことを聞いてやったら、だんだん落ち着いてきたみたいで、ぐずぐずいいながらも涙は止まってくれた。ほっとした城前は、ハンカチを渡す。
「のど渇いただろ?なんか買って来てやるよ、なにがいい?」
「いーの?」
「いいよ、いいよ、あそこに売ってるのなら」
指差す先には自販機だ。
「ボク、ジュースがいい」
「おし、おっけ。ちょっと待ってろよ!」
うん、とうなづいた男の子には、ようやく笑顔が戻った。もう日も暮れてあたりが薄暗くなってきている。しかも街灯が点滅し始めた。MAIAMI市の街並みが夜景に変わる。これはあの子を連れておうちに返してやらないとなあ。ポケットからチェーンを引っ張り出し、小銭を入れてぽちっとな。遅くなりそうだ、と館長にメールを送りつつ、めんどくさいからリンゴジュースを2本買った城前はひきかえす。
「おーい、ジュースか……あれ?」
男の子の傍らには、真っ白なフードをかぶった男の影が伸びている。男の子は目をこすって顔を上げ、海浜公園の先にそびえ立つレオ・コーポレーションを指差して何かを説明しているようだ。彼もそれを追いかけるように遊歩道の端に立つ。浜風がフードをばさりと揺らした。どうみても不審者です、本当にありがとうございました。携帯に視線を落とす。しかし待て。あれはどうみてもエクシーズ次元のフィールを感じる。城前は思う。まだチャンピオンシップ始まってないし、めんどくさいことになったら、チャンピオンシップから遊矢たち主要キャラとの遭遇を心待ちにしている当初の計画が狂いやしないかと。そして全力で気にしない方向で対応することにした。
「おーい、ジュース買ってきたぞ!」
「あ、さっきのお兄さん!」
ほーれ、と軽い調子で投げれば男の子は大きく手を伸ばすが、空振り。とおいよ!と怒られてしまった、わりいわりい。おーい、そこの兄ちゃん、拾ってやってくれ、と声をかけると足元に転がったジュースを拾い上げた彼は男の子に渡した。身長体格的に見て、これはおそらくユートだ。さりげない足取りでそっちに合流することに成功した。
「さっきの?何かあったのか?」
どうみてもユートである。いんや、と城前は首を振った。こんなことなら乳製品を自販機で買うべきだった、とこっそり後悔する。
「さっきこの子から聞いたとは思うけどよ、寝坊して大会見れなかったんだと。わんわん泣きやがるから、ここで御守りしてたんだ」
「おもりってボク赤ちゃんじゃないよ、お兄さん!」
「えー、赤ちゃんだろ、おっきな赤ちゃん。うわあーんって思いっきり泣いてたじゃねーか」
「泣いてたけど、ちがうもん!ボク赤ちゃんじゃない!」
「あっはっは、元気出たみたいでよかったぜ」
「そうか、君が……この子が言ってたドラゴンの使い手か。その紙袋は君のなんだろう?結果は……上々みたいだな、おめでとう」
「ありがとう、おかげさまで優勝できました!この子がめっちゃいうからさ、実体化するソリッド・ビジョン見せてやりたいじゃん?でもおれのデュエルディスクじゃ対応してないから見せられないんだよなあ」
ユートはカードを実体化させる謎パワーがあったはずである。ここで披露してくれないかなーとか、あわよくばダリべさん見せてくれないかなー、デュエルのお誘いねーかなーと思いつつ振ってみる。ユートは少々困った顔で、あらぬ方向を見た。つられてみるが誰もいない。黒咲が近くにいるんだろうか。
「・・・・・・私を見て何も言わないのか?」
「(私?あれ、ユートって俺じゃなかったっけ?)決闘者にはよくあることだろ、なにいってんの?」
「……よくあること?」
「(身元不明とか違法労働とか)警察につつかれたら困るのはおれもだから、お互い様ってことにしとこうぜ。アンタ悪いやつじゃなさそうだしさ、泣いてる子供見て心配する奴に悪い人はいねえよ。はい、これ」
「うん?」
「お近づきの印。あ、リンゴジュース嫌いだったか?」
「いや、そういうわけじゃない……でも、いいのか?」
「まあ、のど渇いたらのめよ。おれ、別にのど渇いてないし。このこ泣き止んでるし、いらなくなったしさ」
フードの向こうにはアニメで見たことあるゴーグルとマスク。アニメと衣装が違うけど、どう見てもユートだ。まあ、長い潜伏期間なら衣装が変わることくらいあるだろう。拒否は認めない、と笑いながら無理やりジュースを押し付けて、城前は男の子のところに向かった。まさかの出会いである。ユートが来てるってことは、チャンピオンシップスの告知も近いってことだよな。腕が鳴るぜ!
「お兄さん、ありがとう!」
「いいって、それくらい。よかったらこれやるよ。だから元気だせよな」
「これってお兄ちゃんが大会でもらったんじゃないの?」
「いいんだよ、ひとつくらい。まだまだ紙袋にはいっぱいあるしな!」
男の子をくしゃくしゃにしていると、こっちを見て沈黙していたユートが突然顔を上げた。そして、あわててフードを深くかぶると、近くの林歩道に駆け込んだ。警察でもいたのか?辺りを振り返るが誰もいない。うん?男の子とユートが消えていった方を見ていると、かすかに声が聞こえた。
「お……て待て!なに……気……!俺た………!だいた……彼は……じゃな……そうい……おい、聞い……!いわせ………いつもお………のみ……こ……なれ!」
ユートって携帯持ってるのか?黒咲から連絡でも入ったんだろうか。
「どうしたんだろ、お兄ちゃん」
「さあ?でも、そろそろ暗くなってきたし、帰ろうぜ?おうちの人も心配するだろ?」
「えー、でも、ボク、かっこいいドラゴンみたいのになあ……」
「だから、おれのデュエルディスクじゃむりだって……」
次の瞬間、閃光が走った。思わず男の子を庇った城前が、おそるおそる目を開けると、そこには真っ白なフードをかぶったやつがこっちを見下ろしていた。ユートじゃない。赤のインナーに黒みがかったズボン、それにオレンジのゴーグル。なによりもフードからのぞく緑と赤の印象的な配色の髪形。おい、なんだよこれ。どういうことだ。あたりをきょろきょろ見渡すが、ユートの姿はそこには無い。そのかわり、同じデザインのフードをかぶった遊矢、その人が立っていた。
「子供が悲しむのはほっとけないタチなんだよね。ここってオレの出番だとおもってさ」
ぱちん、とウインクをした遊矢は、不敵な笑みを浮かべた。
「ある時は神出鬼没のペンデュラム使い、またある時は世間を騒がす幻影(ファントム)、そしてその正体はエンタメの伝道師、榊遊矢!ただいま参上!なんちゃって。あんた、アクションデュエルの大会で優勝する腕前もってるんでしょ?デュエルは1人じゃできないし、せっかくだから付き合ってよ」
「え、あ、お、おう。まるで意味がわかんねーけど、わかったぜ。デュエルなら受けて立つ、つまりはそういうことだな。でも、ここにはソリッド・ビジョンの施設ないだろ?どうやってアクションデュエルするんだよ?」
「そうこなくっちゃ!ノリがいい奴は嫌いじゃないよ!それにソリッド・ビジョンならご心配なく!もっとすごいの見せてやるよ!」
そう言って遊矢は高々と手をかざす。満天の星空に彼の声が響き渡った。
「さあ、これからお届けするのは驚天動地のエンターテイメント!最前列で魅せてあげよう、そこの君!えーっと、あんた、名前は?」
「え?おれ?おれは城前。城前克己。ワンキル館の城前だ」
遊矢がデュエルディスクを手にする。おまえも、と促されてデュエルディスクを構えると、モニタがおかしい。さっきまでスタンディング・デュエルのモードだったのに、アクションデュエルのモードになっている。辺りを見渡してもそんな機械はない。首をかしげる城前に遊矢はけらけら笑っている。
「よーし、城前克己と織りなす決闘者たちの祭典、アクションデュエル!今ここに開幕!いくぞ!」
デュエルディスクを構えた。男の子は目をキラキラさせながら見ている。
「わかった」
城前は頷いた。
「「デュエル」」
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