プロローグ
マインドスキャンという能力に目覚めてしまった11の少年は、心あるすべてのものが怖くなった。心の声とほんとの声が同時音声で聞こえてしまうという奇異な体質はひとりぼっちが嫌いな少年の居場所をなくしていく。転校初日に味わった恐怖心は外に出る気力を根こそぎ奪い、少年を人工知能と二人で作った秘密の部屋に追い立ててく。二日目には着替えるために自室に向かった瞬間に、そのパソコンの中に電子霊となって閉じこもり、からっぽになった体に人工知能が入り込み、すべてをこなしてくれた。ずっと一人は退屈だから、ネットの世界を自由気ままに歩きまわる。ただのデータに心はない。だから少年は本来の好奇心旺盛さを取り戻し、興味本位で動き回った。いつも決まって人工知能が帰ってくる時間帯にはパソコンに帰ってくる約束だった。

その日はたまたま帰りがはやくなってしまって、ちょっと退屈だった。面白そうなニュースもない。今からネットの世界にダイブするときっとかえってこれなくなる。交代することができなくなる。それは困る。どうしよっかなー、と人工知能に早く帰ってくるよう促すメールを送りながら、少年は考えた。そういえば遊びに行くことばかり考えて、パソコンの中を冒険したことはなかった。たまにはいいかも。

そして、少年は5年間少年の体を勝手に使っていた誰かさんのコレクションをたくさん見つけることになる。少年の知らない和波誠也をたくさん見つけることになる。なんだか不思議な気分だった。タイムスリップした気分だった。5年間のことは聞かれれば思い出せるが、自分から思い出そうとしてもぼんやりとしかわからない。時間はほっとけば過ぎていく、それが少年が学んだことだった。

そして、少年は秘密のリンク先を発見した。隠しファイルというやつだ。それも少年と人工知能しか知らない、見えない、読めない、特殊なプログラムで作られたコードがふんだんに使われているものである。少年は感覚的にどうすればいいかわかっていたから、論理的にどうすればいいか説明することはとても難しいけれど、なんとなくやってのけた。

そして、少年はウジャトの目を見つけた。生け贄、供物の証、少年が押し込められていたアジトにあったシンボルマーク。反射的に体がこわばる。でも、人工知能が用意したものだとわかっていた。少年にとって害するものではない、という絶対の信頼があった。だから躊躇なく開けた。

それは少年の罪との初めての邂逅だった。扉の向こうは薄暗かった。

「なに、これ」

あまりの恐怖心に少年はいよいよ動けなくなった。真っ先に飛び込んでくるのは巨大なウジャトの目。少年をまっすぐに見つめている。そして、きれいな磨りガラスの箱を引き延ばしたような、横長の箱が一定間隔でずっと奥まで続いている。それが棺桶であり、見渡す限りの棺桶であり、その中が磨りガラスでうっすら見えて、花がたくさん敷き詰められていることに気づいた少年はもう一歩も動くことができなくなってしまった。すべての棺桶には同じ花が手向けられていた。少年は花に疎くてどういう意味があるのかさっぱりわからないけれど、打ちっ放しのコンクリートの部屋にはあまりにも不似合いな花だった。

どれくらい時間がたっただろうか、ちょっとずつなれてきた少年は、おそるおそる一番近くの棺桶に近づいていく。ぱかっと開けることができる窓が花の真下にあると気づいたのだ。誰の棺桶なのかちょっと気になった。

「……えっ」

そこにいたのは、白衣の男性だった。少年がびっくりしたのは、彼の体が上下し、窓が時々白くなっていることに気づいたからである。少年はいつもぼんやりと記憶の彼方で波打っているだけの昔がちょっとだけ顔をだした。

「もしかして、」

「そう、そのもしかしてだぜ、くそガキ」

大げさなくらい体が飛び跳ねた。あわてて振り返ると、少年の体に入ったままの人工知能が不適に笑っている。

「あの人も?」

「おう」

「この人も?」

「そうだぜ」

「もしかして、ここの人、ぜんぶ?」

「そういうこった。しっかし、腕あげたな、誠也。まさかこんなに早く俺様のアーカイブにアクセスできるようになるとは思わなかったぜ。ま、当然だよなあ、俺様が直々に教えてやってるわけだし?」

「アーカイブって、え、ここってHALの中なの?」

「そうともいうな」

「あ、そうなんだ。じゃあ、ここの人たちって、ほんとの人じゃなくってただのデータなんだね」

「当然だろ、人一人にどんだけ膨大な情報が使われてると思ってんだ。さすがの俺様もぜんぶ現物で持ってたらパンクしちまう。これは単なるデータだぜ、データ」

人工知能は意味深に笑う。

「俺様に取り込まれちまったが最後、みんなこうなっちまうってこった。人間は一定以上の時間精神と体が離れると植物状態、脳死、いろいろあるが電脳死っていった方がはえーのかもしれねえな」

少年は小さくつぶやいた。

「俺様のこときらいになったか?」

「HALがやったの?」

「おーとも、ぜんぶ俺様がやったのさ。お前と一緒に逃げ出すためにな」

「え」

「もちろんお前のせいとはいわねえさ、オレが独断でやったことだ。きにやむこたーない」

少年は首を振る。嫌いになっただろうかと不安に思う人工知能の心が流れてきたからだ。

「勝手に読むなっツーの」

ばつ悪そうに人工知能はぼやいた。誰も助けてはくれなかった、逃げ出すにはこれだけのデータを食い尽くさなければいけなかった、ただそれだけの話である。後味はとても悪いが事実だ。逃れようがないほどの。

「大丈夫だよ、HAL。ひとりになんか、させないから」

「泣くんじゃねーよ、くそガキ。俺様が泣かせたみてーじゃねえか」

「今にも泣きそうな顔してるのはどっちだよ」

「けっ、減らず口覚えやがって。誰に似たんだか」

あきれたように人工知能はぼやくが、口元は笑っていた





そして5年の歳月が流れている。今、HALのアーカイブには、2つの棺桶が増えた。ひとつはフランキスカ。アジトで集めたデータをひとつに構築した結果、自らで実験した生体情報やアバターなどがみつかったから、一部をここで保管している。だから電脳死させたわけではない。いわばがらくたをそれっぽくみせているだけだ。和波としては一番ここに加えたかった人物だが、彼は遺体を残すことを何よりも嫌っていた。そして有言実行だった。それが残念でならない。もうひとつの棺桶があると気づいたとき、和波は血の気が引いた。あわてて窓を開けてみると、そこには見慣れた女の顔があった。もう一つはスクラマサクスの棺桶だ。

「HAL、これってどういうことなの?サクスはアナザーになったんじゃ」

相方を呼ぶ声は震えている。今まで集めてきた情報を改めて整理してみたら、グレイ・コードの資金の流れがわかった、と聞かされて案内されてきたのだ。あまりにも不意打ちだった。明らかに狼狽している和波にHALは笑うのだ。

「お前が言ったんじゃねーか、グレイ・コードの奴らは俺様に食われちまえばいいって。それってこういう意味だろ?違うのか?」


prev next

bkm






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -