終わった話
葵が見たのは、まるでショーウィンドウのような世界だった。煌びやかで美しく切り取られた人々の生活。モデルルームのように現実感がなく、見せることを前提とした世界。見られていることに誰も気づかない。葵も今ネットワーク世界の仮想現実に閉じ込められていて、ある意味彼らと同じなのだという自覚がなければ疑心暗鬼になっていたかもしれない。


「これがフェッチ事件」


不思議な気分だった。口頭で説明される寄りととても分かりやすい。理解したくもないがわかってしまう。いろんな経済状況を抱える家庭だ。まるでテレビの再現VTRのようである。博物館といった方がいいのかもしれない。様々な家族構成、経済状況、そして生活環境に置かれている人々のモデルケースが所狭しと並んでいるのだ。共通しているのは同じくらいの年齢の少年少女たちがいるという点だろうか。まず出会うことはないであろう様々な境遇の子供たちである。展示されているガラス張りの空間にはひとつひとつにタイトルがあり、××家と書かれている。そのうちのひとつを見つけた葵は足を止めた。


「……和波家」


アインスと呼ばれていた青年曰く、和波もまたこの事件の被害者らしい。海馬コーポレーションの重役として宇宙に関する事業に携わっている両親の代わりにお手伝いさんが出入りする裕福な家庭。デュエルモンスターズの大会に入賞したのか賞状やトロフィーが並んでいる。家族の仲睦まじい記念写真が飾ってある。学校から帰ってきた和波は塾にデュエルモンスターズにと大忙しだ。両親が海馬コーポレーションであることもあり、姉がアカデミアに通っていたこともあり、同じ道に行きたいと必死で受験勉強をしているのがわかる。そんな一日を切り取ったホームドラマのような退屈な展開が続くかと思いきや、お手伝いさんが買い出しに出かけた瞬間に和波の目の色が変わった。どこにでもいる普通の中学生にあるまじき無表情となる。まずはこの家中に張り巡らされている監視カメラに、ハッキングを仕掛け、別の日の映像を表示させ始めた。葵は息をのむ。そして入ってはいけない、と言われ、お手伝いさんも入らないはずの両親の書斎で勝手に作ったであろう合鍵で入ると、そこにあるパソコンを立ち上げる。そして、いろんな画面を表示させながら一心不乱にキーボードをたたく。時折、まるで主電源から抜いたロボットのように動かなくなってしまう。そして、お手伝いさんが帰ってきそうなタイミングを見計らって起き上がると、何事もなかったかのように書斎を出て二階から一階に降りていく。塾に行くようだ。


「和波君、何をしてたのかしら」


その答えは別のモニタに表示された。海馬コーポレーションの情報機密が盗まれたというニュースが流れたのである。外部からスパイが入り込んでいたのか、それともハッカーによる犯行かは調査中とあったがグレイ・コードの名前が出た時点で葵は背筋が凍る。


「まさか和波君が?」


たんたんと日常はすぎていき、両親をフレンドリーファイアするような悍ましい犯行は重ねられていく。そして、デジタル時計が5年前の某日を表示した瞬間に、すべてが止まる。え年と流れていたうすら寒い少年の強行は、一番最初のデータ、10年前の某日までさかのぼっていく。海馬コーポレーションが主催する遊園地で秘密裏に行われた誘拐事件。葵は背筋が凍るのが分かった。


「あの男の人はまさか、」


いやでもわかる。アインスと呼ばれた青年は和波の誘拐犯の一人だったのだ。


「なんてひどい……」


葵はありきたりな言葉しか出てこなかった。


「まさか、ここは……」


葵は延々と続くショーケースの世界に身がすくんでしまう。目に入る××家の表示。そしていずれも5年前の某日で稼働が停止している共通点。ひとつ、ふたつ見るのが限界だった。怖くなった葵はSOLテクノロジー社のビルに向かう足取りが早くなる。


「…………あ」


だが、あるひとつのショーケースを見て思わず足が止まってしまう。10年前の某日から5年前の某日。ショーケースで設定されている月日は様々だが、両親が亡くなったあの日、そして葵の両親が事故死した現場と全く同じショーケースを見てしまったのである。しかもいまだに犯行を認めない犯人。損害賠償の重さから耐えかねて自殺した犯人。16だった兄が証言した犯人の車とナンバープレート。忘れもしない。シングルマザーだった母がようやくつかんだ幸せ、新しい父親、そして兄、ようやく家族が家族としての一歩を歩み始めた矢先の悲劇。脳裏を焼き付いて離れない。忘れられるわけがないのだ、たとえ6歳なのだとしても。


「あ」


葵は涙がこぼれていることに気づくことができなかった。淡々と再生される、ある男の一生。自分ではない誰かが自分として日常生活を送っていたさなか、グレイ・コードのフロント企業との付き合いに疑問を抱き始めていた財前家の両親。独自に動き始めた両親。身の危険を感じて手を引こうとしたがすでに遅かった。当時の財前家の生活サイクルが完璧に調べ上げられ、逃れられない条件をお膳立てされたうえで、命令は下されていた。そして、無理やり体を返される男。当然男は身に覚えがない。何も知らない。だがすべての状況が、自らの体が犯人だと証明している。男は叫んだ、違う、俺じゃない、俺ははめられたんだ。


「そん、な」


崩れ落ちる彼女を慰めてくれる存在は、今、ここには誰もいなかった。


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bkm






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