「いやああああっ」
葵は待ち受けるであろう衝撃にたまらず悲鳴を上げた。だがいつまでたっても頭から落下し地面にたたきつける恐怖のフィードバックが訪れない。リンクヴレインズは現実世界にログアウトするとすべてが脳にフィードバックするためダメージを受けすぎると死ぬ。良くて植物状態、悪くて電脳死、生身の体は死ぬ。正気に戻ったからこそわき上がる恐怖心だった。おそるおそる目を開けるとよく知っている天井が見えた。真っ暗で目が慣れるまで少々時間はかかったが間違いない、ここはリビングだ。自分の家だ。
「ここ、は」
葵は周りを見渡した。最後に見たのはライフポイントがつきる寸前、蔑むスペクターと敗北したことをしらせる衝撃、そして轟音。ここはそれとはほど遠い、いつものログインする場所。リビングのソファである。
「……どうして?私、たしか、ブルーエンジェルのアバターが」
課金してできあがったはずの理想の自分ではなくなっている。そこには財前葵がいた。
「どういうこと?私は、あの塔に飲まれたはずじゃ」
指の先から崩れていく恐怖とスペクターを理解しきれなかった後悔ばかりが残るデュエルだった。そう、財前葵、もといブルーエンジェルは負けたのだ。そしてゴーストガールとおなじように塔の一部となって消えたはずだった。はずだったのだが。まさかここはあの世だろうか、全然笑えないけれど。
「お兄様……playmaker……」
涙が出そうになるがこらえた。
夕暮ればかりが広がるデンシティが一望できる景色は間違いなく自宅だ。ソファから起き上がり状況を把握しようとテレビをつけるがつかない。電気をつけるがつかない。疑問符ばかりが飛んでいく。ブレーカーを動かしてもうんともすんとも言わなかった。まさか世界が終わってしまったのだろうか。怖くなって財前は外に出た。
「おかしいわ、どうして?」
ありえない世界が広がっている。葵はここが現実世界なのか、リンクヴレインズのハノイの塔の内部なのかわからなかった。もし現実世界ならば葵は和波の姉が入院する病室からログインしたはずだから、ここが同じ場所でなければおかしいはずだ。なのに自宅なのだ。いつものログアウト風景である。不気味でたまらなくなった葵は思わず外に出た。外は夕焼けの広がるデンシティだった。生まれて始めてみるすべての光が奪われた真っ赤な街だった。やっぱりここはリンクヴレインズなのだろうか。そのわりに細部まで再現されているけれど。
「……あ」
ずっとずっと向こう側、SOLテクノロジー社の最上階だけが明かりで満たされている。あそこに何かあるかもしれない。葵はあわてて着替えるために一度部屋に戻ったのだった。
SOLテクノロジー社に向かう途中、いつもなら撮影される側のパブリックビューイングの広場に出た。
「……和波君!」
葵は思わず立ち止まる。そこには見知らぬ青年とスタンディングデュエルをしている和波誠也が見えたのだ。もちろん葵の声は届かない。
「《代行天使》じゃない……?なにあれ」
現実世界で和波が愛用しているデッキではなかった。和波の台詞を拾うなら《星杯》というテーマのようだ。どうやら先攻をとったらしい和波は《代行天使》と混ぜた混合デッキを使用している。今の葵が初期化されたアバターであるように和波もまた同じような状況のようだ。どうして《代行天使》ではなく《星杯》との混合デッキなのだろうか。準備が整ったのか和波はエンドを宣言した。
「《エレメントセイバー》?《霊神》?」
これまた初めてお目にかかるテーマカテゴリだ。どうやら戦士属のモンスターで統一されたビートデッキのようだ。《トリックスター》のようにフィールド魔法《霊神の聖殿》がキーカードで、それぞれのモンスターが強烈にシナジーしており、属性を意識しながら戦っていくようである。《エレメントセイバー》は共通効果として墓地に存在するときに属性を宣言することでその属性になるという起動効果がある。そのため墓地のカードの属性が5枚の時、特殊召喚できる《霊神》テーマと相性が抜群で、墓地の属性を考慮するカードとも相性がいいようだ。しかし、《霊神》モンスターは表側表示のカードがフィールドから離れた場合、次の自分ターンのバトルフェイズがスキップされるというデメリットがある。
「もしかして、後攻特化のデッキなんじゃ……?」
葵はいやな予感がした。そしてその予感は見事に的中することになる。
「僕のターン、ドロー!僕は魔法カード《隣の芝刈り》の効果を発動だ!自分のデッキ枚数が相手より多いときに発動できる。デッキの枚数が相手と同じになるようにデッキトップからカードを墓地に送る!」
あっという間にデッキが減ってしまう。和波は目を丸くしている。
「さらに発動だ、魔法カード《手札抹殺》!手札があるプレイヤーはその手札をすべて捨て、その後その枚数分デッキからカードをドローする」
「ま、またですか」
「そうだよ。さあ、ドローするんだ」
「は、はい」
「僕はフィールド魔法《霊神の聖殿》を発動だ!1ターンに1度デッキから《エレメントモンスター》1体を手札に加える!僕がサーチするのは《エレメントセイバーヴィラード》!
そして、デッキから《エレメントセイバー》2枚を墓地に送り、そのまま攻撃表示で特殊召喚!」
「い、一気に攻撃力2400のモンスターを召喚してきた…!」
「ちなみに僕が墓地に送ったのは《エレメントセイバー・マロー》2枚!ここで魔法カード《真炎の爆発》を発動!自分の墓地に存在する守備力200の炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚する!攻撃表示で特殊召喚だ!」
「なっ!?」
「アローヘッド確認、召喚条件は戦士族モンスター2体、僕は《エレメントセイバー・マロー》2体ををリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク2《聖騎士の追想イゾルデ》!モンスター効果を発動だ!このカードがリンク召喚に成功した場合、デッキから戦士族モンスター1体を手札に加える!《エレメントセイバー・アイナ》をサーチ!さらにデッキから装備魔法カードを任意の数だけ墓地に送り、墓地に送った数と同じレベルの戦士族モンスター1体をデッキから特殊召喚する!僕が送るのは2枚、よって《エレメントセイバー・マカニ》を特殊召喚する!そしてモンスター効果を発動だ!1ターンに1度手札から《エレメントセイバー》モンスター1体を墓地に送り、デッキから《エレメントセイバー》または《霊神》モンスターを1体手札に加える!」
ふたたび青年の前にリンクマーカーが出現した。
「アローヘッド確認、召喚条件はトークン以外の同じ種族のモンスター2体以上!僕は2《聖騎士の追想イゾルデ》と《エレメントセイバー・マカニ》をリンクマーにカーセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク3《サモンソーサレス》!」
「あれはplaymakerのモンスターじゃない!どうして、あの人が?いったい何者なの?」
葵はデュエルを見守るしかない。
「このカードのリンク先の表側表示モンスター1体を対象に、デッキから同じ種族のモンスターを選びリンク先となるフィールドに守備表示で特殊召喚できる!僕は《エレメントセイバー・ウィーラード》を宣言!《屈強の釣り師》を守備表示で特殊召喚!」
「アローヘッド確認、召喚条件はチューナー1体以上を含むモンスター2体!僕は《屈強の釣り師》と《サモンソーサレス》をリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン、リンク召喚!リンク2《水晶機巧ーハリファイバー》!このカードがリンク召喚に成功した場合、手札・デッキからレベル3以下のチューナー1体を守備表示で特殊召喚する!僕は《グローアップ・バルブ》を特殊召喚!」
どんどん準備が整っていく。特殊召喚、シンクロ召喚を駆使してできあがった布陣はとんでもないものだった。フィールド魔法《霊神の聖殿》が発動するフィールドに、《精霊神后ドリアード》、《水晶機巧ーハリファイバー》、《スターダスト・チャージ・ウォリアー》、そして破壊耐性が付与された《エレメントセイバー・ウィラード》。墓地には6属性のモンスター、しかも手札は3枚残る。
「《精霊神后ドリアード》の攻撃力守備力は墓地の属性×500アップする。よってステータスはどちらも3000!さあ、バトルといこうか、エルフ!」
「……エルフ?なんでエルフなのかしら」
葵の当然の疑問は静寂のライブビューイングにやけに響いたのだった。