拾った孤児が上司な件
「鐘井 祐樹……?どこかで」


記憶の隅っこで引っかかりを覚えた晃は、必死で思い出そうとするがなかなか出てこなくてもどかしい。


「気のせい……か?」


新人歓迎会の冒頭、それぞれの所属と挨拶、抱負といった無難な自己紹介を終えた晃は、その音頭を取っている先輩をみる。緊張気味で頭が回らない新人たちのフォローに明け暮れているあたり面倒見がいい先輩なのだとわかる。なにかあったらなんでも相談してくれよーと笑う彼はずっと管理職クラスから弄られていた。もともとそういうキャラクターのようである。そして、自己紹介が終わり、次はミニゲームと称した余興が始まる。晃の前には美味しそうな食事が並んでいるが、酒を注いで回らなければならない晃にはゆっくりできそうな時間はなさそうだった。


「鐘井さん、よろしいですか?」

「ん?あ、俺にもくれるの?」

「はい、お疲れ様です」

「ありがとう」


一杯煽ってグラスを空けてくれた鐘井にビールを注ぐ。ん、ありがとう、と笑った先輩はどうやら部長たちからも酒を進められているようだが、酔っている気配はない。強いほうなのかもしれない。


「財前さんだっけ」

「はい」

「北村部長んとこだよね、たしか。あの人キッツいからさ、なにかあったら相談に乗るぜ」

「……ありがとうございます」


これで何度目になるかわからない労わりの言葉に晃はため息をつきたくなる。あはは、と笑った先輩はポケットから名刺を渡す。


「さっき挨拶はしたけどさ、俺は技術部の鐘井。北島部長んとこでながーい下積み時代を経てようやく念願の開発部に配属になったんだ。あの人は慣れるまでがだいぶハードだからさ、もし困ったことがあったら連絡くれよ」


ウインクを飛ばす鐘井に財前はありがとうございます、と素直に受け取る。面倒見がいいのか、名刺を配って回っているのは目撃していた。女の子にはなにか一筆書いていたから、ここにあるアドレスは仕事用、女の子には個人のアドレスを渡しているんだとわかる。プレイボーイなのがよくわかるおちゃらけた言動だ。それでも、相手への気遣いが透けて見えるから悪い気はしない。その線引きが上手なんだろうと思うのだ。


「鐘井さん、ちょっといいですか」

「ん?え、さっそくなにか相談事か?」


すっとおちゃらけた笑みが消えて、真面目な顔になる。なるほど、面倒見がいいのは本当らしい。心配そうな顔をしている。SOLテクノロジー社という大企業に就職するまでに汚水をすすぐような努力と地を這うようなどん底からの生活を経験してきた晃は直感的にわかるのだ、この人はいい人だと。裏表はない、ほんとうに心配してくれているのだと。


「ここではちょっと」

「これはマジなやつ?わかった、ちょっと待ってな。先に行っててくれていいから」

「すいません」


財前は一礼して先に歓迎会の会場を後にする。


「タバコは?」

「いえ、」

「そっか、じゃあやめとこ」

「お気遣いなく」

「いやー、最近うるさいじゃん?うちも全面禁煙だから外で吸わないといけないし、そろそろ禁煙しないとなあ。さーて、どうするか」

「いえ、その、そこまでではないんですが」

「ん?」


不思議そうに首をかしげる先輩に、意を決したように晃は口を開いた。


「鐘井さん」

「うん?」

「どこかで会ったことありませんか」

「……はい?」

「私の気のせいだったら申し訳ないんですが、どこかで見たことがあるような」

「えーと、財前さんっていくつだっけ」

「22です」

「新卒かあ。てーことは俺×才上だろ?学校はまずあわねーよな、うーん」

「鐘井さんはずっとSOLテクノロジー社に?」

「うん、俺それほど優秀じゃねーからさ。転職繰り返してステップアップなんてとてもとても。ここに入るのが精いっぱいだったよ」

「そう、ですか。でも」

「俺によく似た人知ってるんだ?」

「はい」

「そっかあ、その人は知り合い?」

「いえ、昔よくしてもらったので」

「名前は?」

「いえ、」

「そっかー、残念だけど俺心当たりはねーわ」

「そうですか」

「探してるとか?」

「そういうわけじゃないんです。鐘井さんを見たら思い出したというか」

「あー、まじで?そんなに似てるんだ、俺?」

「はい」

「まあ、世界にはよく似た人間が2人や3人はいるっていうし、気を落とすなよ」

「ありがとうございます」

「あはは、なにはともあれ、よろしくな、財前」

「はい、よろしくお願いします鐘井先輩」


おうと笑った鐘井に晃は握手を求めた。それが最初の記憶だ。

鐘井がすごい技術者だと財前が知ったのは、すぐ後のことだ。

5年前、原因不明の障害によりSOLテクノロジー社のサーバの機能が大幅に低下した事件があった。ハノイの騎士というサイバーハッカー集団の犯行だといわれている。そのせいでSOLテクノロジー社は今にいたるまで全盛期のサーバの力を取り戻せないでいる。リンクヴレインズの存続の危機ともいえたその穴埋めに講じられた策の一つが、当時駆け出しのプログラマーだった鐘井の論文をもとに構築されたものが元であり、鐘井はSOlテクノロジー社に直々に売り込みに来たのだという。もともと、起業するつもりだったという鐘井は、コネを作るつもりだったようだが、それは咽喉から手が出るほどほしいものだった。SOlテクノロジー社は囲い込みに走ったのだ。そのプログラムは鐘井にしか作ることができず、そのシステムだけパクることができなかったのだ。

鐘井が構築したプログラム、それはデュエルモンスターズの精霊というオカルトまがいの存在を前提に構築されたものであり、彼らの力を借りるというものだった。鐘井は精霊という存在、そして精霊世界という異世界を知覚し、干渉することができる能力があり、その存在から許可を得てエネルギーに変換する方法を提案してきたのだ。デュエルによって生じるエネルギーの存在は知られていたが、その証明に精霊というとんでもない存在をぶち上げた鐘井。普通なら却下されるはずだが、なぜかSOLテクノロジー社の上層部はくいついた。

そして、今のSOLテクノロジー社がある。リンクヴレインズのソリッドヴィジョンのクオリティが神がかっている、と評判になり始めたのはそのころのようだ。晃は精霊なんて見たこともないし、信じているわけでもない。晃からみるかぎり鐘井はほんとうに普通のデュエリストに見えた。デュエルモンスターズに造詣が深く、リンク召喚を推すためにほかの召喚方法に消極的な上層部としょっちゅうけんかしているところを目撃するが、その熱意はもっぱらデュエルのクオリティを高めるプログラムばかりに向けられている。昇進に興味はまるでない鐘井は晃と出会ってから4年たつというのに、相変わらず技術部で一技術者としてがんばっていた。晃が閑職に回されても態度が変わらないのは本当にありがたい存在である。


「財前課長、お隣よろしいですか?」

「ああ、構わないよ」


茶化すように笑う鐘井に晃は促す。食堂の向かいに座った鐘井はソースを手に取った。いつも代り映えのしない日替わり定食である。バランスはとれているし安いが貧相なラインナップ。給料前の職員人気のメニューだと教えてくれたのはほかならぬ鐘井だった。


「珍しいじゃないっすか、お弁当は?」


一度は部長まで上り詰め、今も閑職に追い込まれたが課長である。上の人にため口聞くほどじゃないと鐘井が敬語になってから長いことたつ。仕事が終わればプライベートはため口だ。相変わらずむず痒い。


「今出てきたところなんだ」

「え、今?」

「ああ、私が行って何ができるわけでもないが、放っておくわけにもいかなくてな」

「あー、リンクヴレインズの」

「ああ」


リンクヴレインズに蔓延るハノイの騎士、そしてアナザーウイルス。ワクチンが生成されたとはいえ、まだまだ脅威なのはかわらない。ブルーエンジェルがもたらしたワクチンに複雑な心境であると顔に書いてある晃に、鐘井は肩をすくめた。


「あんまり思いつめない方がいいっすよ。肩の力抜かないと頭がうまくまわらねえし」

「そう、だな、ありがとう」

「いえいえ」

「そういえば、最近何してるんだ?」

「俺っすか?」

「ああ、またなにか企画を始めるんだろ?噂には聞いてる」

「よくぞ聞いてくれました!実はですね、やーっと上層部からほかの特殊召喚の導入にGOサインが出そうなんすよ!まずは手始めに既存テーマにリンクモンスターを追加して、様子を見るってことになりましてね!いやー、楽しみだなあ」

「前から思ってたが、企画部に行った方がよくないか?」

「いやいや、こーいうのは他人が提案したのに合わせてお金を使うことほどつまんねえものはないっすよ。やっぱ自分でいろいろできなきゃ意味ないって。というわけで、また新人職員お借りしますんでよろしくお願いします」

「ほどほどにしてくれよ、ただでさえうちは私と数人しかいないんだからな」

「わかってますってば」


縦の関係を無視して、総合的な事業計画を立ち上げ、そのために各課からメンバーを選出し、週に1、2回午後に新人職員を貸し出すことが恒例となっていた。下積みばかりでモチベーションがあがらない職員のために、自分で何かする楽しさややりがいをかんじてほしい、と始まった新人研修も兼ねた取り組みは今年で5年となるらしい。


「ところで鐘井君はなにを使うんだ?」

「デッキっすか?」

「ああ、そういえば見たことないと思って」

「あれ、言ってなかったですっけ?俺はですねー、《セフィラ》っすよ!」



じゃーん、とちゃっかりリンクモンスターを実装しようと目論んでいる先輩を見て、晃は目が点になる。


「あ、あれ、どうしました?」

「……じゃないか」

「はい?」

「やっぱり会ってるじゃないか、鐘井君」

「はい!?」

「どうせアバターネームはクローネなんだろう」

「な、なんでそれを」

「そうか、まだしらばっくれる気か、君は。それならこちらにも考えがある」

「……ええー」


晃の声は恐ろしいほどに低い。絶対零度の笑みに促され、鐘井はあわててご飯をかきこむと食堂を後にした。首根っこつかまれてずるずる引きずられていく鐘井を見て、今度は何やらかしたんだ、あいつ、と社員たちは冷ややかな目で見送った。


「ちょうどいい、今度家に来るといい。きみにもらった《ヴェルズ・マンドラゴ》のぬいぐるみ、葵はいまだに大事に持ってるぞ」

「い゛」

「あれだけ私たちに世話を焼いて、恩をいつか返せよと言いながら突然いなくなった奴がまさかこんなところにいるとは思わなかったぞ、鐘井君」

「いやー、なんのことですか、ねー?」

「しらばっくれても無駄だ。今ここでその正体を暴いてやる。SOLテクノロジー社のデータバンクからこっそり拝借した社員名簿を見れば……」

「なにしてんだよ、あんた?!」

「それはこっちのセリフだ。なんでいなくなったのか、じっくり聞かせてもらうからな」

「ひえっ」


鐘井は汗だらだらである。

(そんなのメインキャラだってわかったからに決まってるだろ!気づいたらデンシティにいたんだぞ、俺は!俺は安定した安全な生活を取るためにサイバース隠匿事件と同時にここに売り込む段取りしてたのに!お前らが!今にも!野垂れ死にしそうな状態で俺の家の前で!捨てられた子犬みたいな目で!俺を見てるからあ!!こっち警戒して名前すら名乗らないでぼろ雑巾みたいな姿されて、ろくに言葉を話そうとしなかったらわかんねえっての!!)


「いいかげん、ありがとうの一つは言わせてくれ。クローネさん」


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