「きゅっきゅっきゅるる」
体を真っ赤に発光させながら構え構えと腕を伸ばしてくるちみこいドラゴン。抱き上げた和波は困り顔のまま遠慮がちに頭を撫でた。ちがう、ここだ、とぐりぐりU字磁石のような額を押し付けてくる。ここ?と聞きながらU字のラインをなぞるとくすぐったいのかドラゴンは愛らしい鳴き声をあげる。赤から青に発光が変わっていく。
「よ、よかった、機嫌治ったみたいだね」
はあ、と小さく息を吐いた和波は、手を離そうとしたがしっかり手足で腕を掴まれてしまう。離したら制服を破くぞと言われているようで苦笑いがうかんだ。
「ちょ、困るよ、お願いだから大人しくデッキに戻ってったら」
びたんびたんと抗議の尻尾である。気づいたらまた体が赤く発光している。はあ、とため息をついた和波はデュエルディスクをみた。
「ねえ、HAL。どうしよう」
「どうしようもねえだろ、こいつがカードに戻ってくれなきゃ解析のしようがねえだろうが。データだけの存在なんだぞ、そいつ。出力するにしても空のデータでどうしろって?」
「ですよねー」
「しっかし、サイバース族にしちゃずいぶんと自己主張が強いプログラムだな」
「もしかして精霊プログラムに対応してるのかな?ダウンロードこそしてないけど一応プロトタイプじゃない、僕のデュエルディスク」
「あー、コードオブザデュエリストの景品には初めから仕込み済み、ありそうだな」
「でもサイバース族なんだよね」
「ああ、サイバース族なんだよ」
「ねえ、君、どこからきたの?」
「きゅるる?」
「……フィーアちゃんに聞いた方が早いかなあ。僕見えるだけでコミュニケーションとれないんだよ」
ログアウトしてエクストラデッキに追加された《セキュリティ・ドラゴン》のカードを解析しようとした矢先のまさかの現実世界への出現に和波は困ってしまう。デュエルディスクの《セキュリティ・ドラゴン》はただいま使用中、つまり空のデータしかない。中身は今和波の腕の中にいる。
「だいたいなんで出力もまだなのに触れてんだ?」
「僕に言われても困るよ」
和波はよしよししながら肩をすくめる。
「……重力感じさせる動きしやがる」
「もしかしてイグニスが実態あるのと同じ理屈?」
「さあねえ」
《セキュリティ・ドラゴン》は初めて見る和波の家に興味津々である。
「なに食べるかな」
「飼う気かよ」
「わかんないけど、もし使っていいならほしいよ、《セキュリティ・ドラゴン》」
「ま、気持ちはわかるぜ。使いやすいもんな」
「使いやすいどころじゃないよ、この子。《ファイアウォール・ドラゴン》のちっちゃい版だけあってすんごい優秀だもん」
和波のいいたいことを認識できるのか、《セキュリティ・ドラゴン》はどんどん真っ青になっていく。ご機嫌になると青になるようだ。きゅいきゅいもっと褒めろとばかりに尻尾を振っている。
一見すると、召喚条件が緩いだけのモンスターで低攻撃力、特に耐性も持ってないので他のリンク2に比べて見劣り感がありますが、実はデッキによっては極悪な性能を持っており、トーチ・ゴーレムなんかは言うまでもない。他にも壊獣とかリンク中心のデッキとか相性をあげるときりがなく効果を最大限発揮するにはデッキは多少選ぶとはいえ、壊れカードになる存在である。
相互リンクで相手モンスターをバウンスできる、ゆるゆるの素材で出て来る汎用リンク2だ。素材縛りがなく、マーカーの向きからリンク・スパイダーやリンクリボーとの相互リンクで即座に効果を発動でき、扱いやすい。プロキシーと同じかなり緩い条件で出せるリンク2で、マーカーが下に伸びているため他にエクストラのモンスターを出すこともできる。効果も相互リンクを必要とするものの1体の手札バウンスが可能でこの素材の軽さなら中継点を作るついでにバウンスしておくという事もできるだろう。汎用リンク2でこの小型ファイヤウォールドラゴン効果はやばい。中継地点としての扱い易さとその経路でのバウンスだから悪さしかしないと思う和波である。
「このこと《プロキシー・ドラゴン》を融合させたら《ファイアウォール・ドラゴン》になりそうな姿と効果とステータスだよね。それにさ、縛りなしリンク2で下マーカー持ち、相互リンク状態でバウンス効果と非常に使い勝手が良いよ。《星杯戦士ニンギルス》みたいな除去持ちに繋げる時にさ、ついでのようにバウンスできちゃうんだよ?最高じゃない?」
リンクマーカーが上下向きなので、素材が緩いという意味での【展開の起点】として使いやすいが、どうあがいてリンクマーカーは1つしか伸ばせないので、状況によってはリンク1のリンクリボー系のカードの方で十分な場合もあるし、また蘇生系のカードで蘇生してもリンクマーカーは1つも増えない。初動ならばかなり優秀に使えるが、それ以降はあまり役に立たないだろう。それでも、《星杯》はスタートで一気に展開して制圧するのが肝的だ。あまりにもマッチしているのカードなので《プロキシー・ドラゴンより好まれて使われるだろう。
「素材指定なし、中継でバウンス、下向きマーカーだよ。下手したらどんなデッキでも入りうるコミュニケーション能力高すぎる子だよ、この子。まさかSOLテクノロジー社、この子配布するつもりなのかな。厄介なモンスターも《精神操作》でこの子に繋げればお手軽除去できちゃうんだよ?入れようかな」
「おいこら、どこの出自ともしれないカードを俺様のデータに混入させる前提で話するんじゃねえよ。だいたい《セキュリティ・ドラゴン》お前に渡すとか怪しすぎるじゃねえか」
「そうだけどさあ」
「おいこら、《セキュリティ・ドラゴン》」
「きゅい?」
「いいかげんカードに戻らねえと食うぞ」
デュエルディスクから射出された黒い不定形の怪物が《セキュリティ・ドラゴン》の目前に迫る。大きく口を開けて威嚇すると、《セキュリティ・ドラゴン》は小さな翼を羽ばたかせ、真っ赤に発光する。やたら低い呻きが聞こえる。
「はん、いくら威嚇したところで誠也に守られてるようじゃ大したことねーな」
けけけ、とHALは笑う。悔しくなったのか《セキュリティ・ドラゴン》はようやく和波から離れ、エクストラデッキに戻ってきた。
「さあて、なにが仕込まれてんのかねっと」
「ばらばらにするの?」
「絆されてんじゃねーよ、クソガキ。ま、さすがに今すぐってわけじゃねーが、解析できたら草薙や遊作に渡すぞ」
「まあ、そうなるよね」
「残念そうな顔すんじゃねえよ。俺様のデータバンクにいれるならどのみち遊作のデュエルディスクと同期すんだから同じだろ。カードプール共有してんだからよ」
「わかってるよ」
「わかってんなら大人しくしとけ」
「はあい」
和波は苦笑いした。エクストラデッキが発光しているのだ。はやく手に取れといいたいらしい。どれだけ構ってほしいのだろうか、とんだ甘えたさんだ。これがメインデッキに入るカードじゃなくてよかったと和波は思うのだ。手札にいつもいつも初手でこられては困るカードだったら面倒なことになる。とりあえず、もしデッキに入れてもいいことになったら、真っ先に《代行星杯パーミッション》における役目を説明しないといけない。いちいち金色に光られては気が散っていけない。
「それにしてもなんでこんなに懐いてるんだろう、この子」
「愛想よくしねえと消されるからだろ」
「あはは、HALほんと辛辣だね。身もふたもないや」