ウィンとの連絡手段がない。この事実は和波を戦慄させた。考えすぎかもしれないが嫌な予感しかしないのだ。
島がウィンと出会ってまだ数日、しかも彼女は精霊だ。あんな人がたくさんいたのだ。和波のようにサイコデュエリストが紛れ込んでいても、なにもおかしなことなどないのである。ウィンに接触するために近づいたとしか思えない。もしかして和波が姉にスピードデュエルを挑んでいたとき、島とウィンに近づいたやつがいたのかもしれない。そもそもどうやって島のアカウントを盗んだのか、皆目見当がつかないのだった。
「島くん、昨日どれくらいフレンド交換しましたか?」
「え、あ、昨日?」
「はい、昨日。まずは島くんのIDがわからないとハッキングしようがないと思うんですよ。ほら、フレンド交換したら観れるようになるじゃないですか。もしかしたらフレンド交換した誰かが島くんのアカウントに目をつけたんじゃないかなと思って」
「なるほど……でも俺が交換したのって、スピードデュエルしたスタッフの人たちと、時間つぶしにフリーやったやつらくらいしかいないぜ?おかしくね?」
「それは興味深いね。何使いのデュエリストとスピードデュエルしたのか教えてくれないかな、島くん」
「あ、は、はい」
和波の姉に促され、島は頷いた。そして緊張しているのか、時々言葉につまりながら教えてくれた。ID番号を聞いた和波の姉はどこかに電話をしはじめた、しばらくしてアプリをきるなり、ためいきをついた。そして眉間にシワをよせてうなる。そしてため息をついた。
「さあて、やっかいなことになってきたぞ。そんなスタッフいないらしい」
「え」
「島君に渡されたリンクモンスター、《サイバース》だったんだろ」
「えっ!?」
「え、あれって和波の《星杯》みたいに、カリスマデュエリストたちの使うテーマデッキの試供品みたいなカードじゃ!?」
「たしかにそういう企画もあがってたけどひとつのテーマが猛威を振るうのは一番あっちゃいけない。勝つにはひとつのテーマ、あるいはいくつかあるテーマってのはよろしくない。特定のテーマに偏りがでたら最大の魅力であるさまざまなテーマを使う意味すらなくなるからね。だから却下したんだ」
「まじで……!?じゃあまさかあれにウィルスが!?」
「ああ、可能性は高いだろうね」
「まじかよ」
「そんな……」
リンクモンスター の種族までいちいち確認していなかった和波は後悔した。島が手に入れた、地属性デッキを強化するリンクモンスター 、ふつうに考えれば地属性である。いつもの島なら《サイバース族》、つまりplaymakerと一緒のテーマだと両手を挙げて喜んだだろうが、あのときはウィンとデート気分だったのだ。あんまり1人盛り上がるのもカッコ悪いかなと抑えていて、和波は気づかなかったのである。動画をみるウィンのとなりにそれとなく行き、和波が気を利かせて見て見ぬ振りをしていたせいだ。スピードデュエルの観戦に一生懸命だった3人は結局は最後まで気づかなかったのだ。
いよいよ和波の予感は的中というわけだ。《サイバース族》を渡してくるスタッフに心当たりしかなかった。
「島くん、僕今からリンクヴレインズにログインしますね!ウィンさんと島君の乗っ取られたアバターが出会ってたら大変なことになりますよっ!」
「お、俺もいく!」
「えっ、でも島くん、デッキは!?ダメですよ、危ないです!」
「それでもだよ!俺のせいでウィンまで乗っ取り被害にあったら、俺は俺が許せない!連れてってくれ、和波!」
「ダメですよ!さすがにそんなことさせられません!」
「和波!」
「どうしてでもです!」
「和波、頼むよ、なあ!」
和波はぶんぶん首を振る。
「たしかにアナザーになったし、フィーアの事件にもまきこまれたぜ?でも俺は大丈夫だって!」
「2度じゃないです、3度です」
「え」
「島くん、心配させちゃいけないと思って黙ってたけど、3回目なんですよ、島君。熱中症で倒れたあれ、ほんとは島君グレイ・コードに誘拐されてたんですよ」
「おいおい誠也、」
「お姉ちゃんは黙ってて!」
「落ち着きなよ、誠也」
「僕は落ち着いてるよ!島君がこんなに事件に巻き込まれるのは僕のせいなんだもん!もうやなんだよ、初めてできた友達が巻き込まれるの!!もうごめんだもん、守るためにはなんだってするよ、僕は!」
「和波……」
「僕のせいだ、僕のせいで島君は、でも僕はずるいから島くんの友達辞めたくないんです。お願いですからここにいてください、島くん」
「いきなりなんだよ、いきなりそんなこと言われてもわかんねーだろ」
「わからなくてもいいんです!島くんのデッキとアバターは必ず取り返しますから!お願いだからここにいてください!」
取りつく島もないとはまさにこのことをいうのだろう。突然激昂しはじめた和波に島は目を丸くしたまま固まっている。そりゃそうだ、島にとって和波は同じ学校のデュエル仲間から始まり、最初に友人になった経緯もあって今はいつものメンツというやつなのだ。友情に熱い、いいやつとは思っていたが、ここまで意味不明なまでに島に過保護なところを見せられるとびっくりしてしまう。一気にまくしたてられたのと、和波が本気で怒るところをみた島は、頭が真っ白になりなんていってるのか全然頭が受け付けない状態になっていた。何をいっても堂々巡り、姉はダメだこりゃとばかりにため息をついて肩をすくめている。
「お姉ちゃん、サポートよろしくね」
「あ、おい、和波!」
和波はそのまま、リンクヴレインズにログインしてしまう。ぐらりと揺れた体を慌てて掴んだ島は、近くのソファに横にした。
「な、なんだよ、いきなり……和波のせいじゃないだろ……」
友人の姉と2人という気まずいことこの上ない状況である。困った顔をしながら島はほほをかいた。姉は笑っている。
「まったく、あのバカ。小学生じゃないんだから。なんかごめんね、島君。誠也にとっては初めての友達だからか、島君島君うるさいんだよ、誠也は。ほら、幼稚園か小学生のときよくあっただろ?仲良しの友達に執着するってあれだ」
「あ、あはは、なんかびっくりしました」
「ふーむ、どうすべきかな、これは」
彼女は目の前にあるパソコンを起動した。そしていくつかの端末をつなげるとそれを島に向けてくる。
「誠也がグレイ・コード、そして誘拐事件について、こうもあっさりぶっちゃけてしまうとは思わなかったよ。本当に驚いた。君に知られることをなによりも怖がっていたはずなのにね。どうやら私の弟はほんとうに君に懐いているらしい」
「あの?」
「そうだ、島君。よかったら、誠也の頑張りみてやってくれるかい?今、誠也は私のアカウントを使ってリンクヴレインズにログインしたんだ。ついでに昔話、聞いてくれないかな」
「は、はい」
「重くならないようにはするし、誠也が話すべきことだから軽くしか説明しないけどね。気になったことがあったら、ガンガン聞きなよ。あの子はほんとうに友達ってやつに憧れてたんだ、夢見がちなほどにね。少しは現実を教えなきゃいけないみたいだ」