脱出ゲーム

切ないほどの緊張に何もかも忘れてしまったのだろう、とゴーストは思った。鬼塚は時間が経つにつれて自分のことなどを少しずつ思い出してきたのだが、肝心のここのところ半年間の記憶がすぽーんと抜けてしまい思い出せないというのだ。頭にはつぶつぶのような空白が生じているらしい。皮肉なことにplaymakerたちと共闘してハノイの塔をなんとかしようと奔走していた頃から記憶が途切れているという。変わり果てた自分の体に恐れおののき、恐怖すら感じているようだった。

最初は五秒あれば思い出せたのに、それが十秒になり三十秒になり一分になる。まるで夕暮の影のようにそれはどんどん長くなる。そしておそらくやがては夕闇の中に吸いこまれてしまう。途方もない時間がかかりそうだとわかったのか、鬼塚は考えるのをやめてしまった。

「ゴースト、ほんとなのか?ハノイの野郎と共闘してるってのは」

「うん、そうだよ。この半年の間に色々あってね、その首謀者がイグニスだってわかったんだ。6つのイグニスのうち2体と敵対関係にあるんだ、ボクたちは」

「......俺の頭の中に地のイグニス......」

にわかには信じられない様子だ。この南の島エリアから出るための場所を探しながら、ゴーストは隠しても無駄だとばかりに鬼塚の行動を告げるのだ。

「............そうか」

「思い出せそう?」

鬼塚は首をふる。

「うーん、君にとりついてたライトニングがアースのデータと一体化してた君のデータの1部をきりとってもっていっちゃったのかなあ?今のボク達って単なるデータであることに変わりはないし、鬼塚くんはハッキングされちゃったわけだし」

「つまり取り戻す必要があるってわけだな」

「いいの?大丈夫?つらくない?」

「情けねえ限りだが、思い出さなきゃフィーアたちにあわせる顔がないからな」

「君ならそういってくれると思ったよ、よかった」

ゴーストはほっとするのだ。

「これが終わったらさ、ボクのアジトで解析するって手もあるからがんばろうね」

「ああ」

ゴーストはこのエリアの果てにたどりついた。どんなに意識を集中しても擦りガラスを通したように曖昧な輪郭しか浮かんでこない。さらに
解析を進めてもまるで遠くでゆらめく蜃気楼のようにつかみ所がないプログラムばかりが目につく。

「どうだ?」

「ダメだね、精霊プログラムのオカルト面に振り切った訳の分からない構築してるよ。どうやったら動くのさこのプログラム。くっそー、いい度胸してるじゃないか、ボクを誰だと思ってるんだ」

ゴーストは息を吐き、脱出するために権限剥奪の手順に入る。思い出せ、和波の記憶からなにから全てをサイバースのプログラムに変換したあの繊細な作業を。発狂しかねない事実を隠匿するために今の鬼塚のような状態にするために行った穴埋めを。

和波の数々の思い出は、ゴーストの工作によりもう夢よりも淡い過去の水沫の中に消えている。遠い日の夢のように印象が淡くなる。確実に記憶の棚に入っていてその棚がどこにあるのか分かっているのはゴーストだけだ。和波だけでは引き出しが引っかかって開かない。出てきそうで出てこないもどかしさに頭の中身を引っかき回したくなるのを何度も見てきたが無視してきたはずだ。

記憶の引き出しはさび付いて開かない。面影が溶けるように消えていく。古い記憶が、障子に映って消える小鳥の影のように、心の窓を掠めて消えて行くのに怯えることなど、発狂して私生活を剥奪されるより遥かにマシなのだ。

今、求められているのは、同じくらい手間のかかる作業である。

「よーし、最終段階きたよ!」

「本当か?」

「うん、詰めデュエルだ」

2人の前には巨大なモニターが出現したのだった。
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