10年前の真実のかけら

「このプログラムパターンは......!」

持ち帰ってきたブットとビートという光のイグニスが作った人工知能。彼らが繰り出してきたジャミングコード。その構成プログラムを調べ上げていた道順は、そのパターンから嫌な予感のまま解析していくと、自分の事故のハッキングウィルスと同じだと気付いてしまった。

「まさか、そんなことがありうるのか......?」

歪に音を立てるキーボード。悲鳴をあげる端末も気にせず、道順は苛立ちをぶつける。財前夫妻と自分たちに起こった事故はイグニスによるものだというのか。

「やはり自我を持つ人工知能などあってはならない......!」

指が白くなるのも構わず、道順は拳を握る。事故にあってから道順も知ったのだが、たしかに信号機や遠隔操作の車へのハッキングは簡単だ。盲信していた自分が馬鹿らしくなるほどに。なにせ多少のプログラミングの技術と、サイバー犯罪への関心があれば、その夢を叶えられる。信号機システムのハッキングは驚くほど簡単なのだ、まして2017年なら尚更。

攻撃に利用される可能性のあるシステム上のぜい弱性は当時裁判の焦点となったからよくおぼえている。交通管制システムに発見かれたそのぜい弱性は、信号機を制御する無線信号が暗号化されていないこと、管制システムで既定のユーザー名とパスワードが使用されていることなどがあった。他にも自動車用と歩行用の信号機を制御する交通信号制御機という装置にもぜい弱性があった。あまりにもぜい弱なシステムだったため、1台のラップトップコンピューターと、無線接続された信号機と同じ周波数で動作する無線LANカードだけを使って、デンシティの交通管制システムをクラッキングすることができたのだ。

侵入を果たしたイグニスは一連の単純なコマンドを使用して、信号の切り替わりのタイミングを変更し、特定ルートの信号をすべて赤にし、信号が変わらないようにしたのだろう。安全装置が入った道路脇の箱に、物理的にアクセスする必要がある場合は、その箱にアクセスした。送電網のような重要インフラシステムへの攻撃は、サイバー戦争の引き金となり得る主な危険要因だ。

「......やはりそうなのか」

あの日、道順が予約したタクシーに搭載されていた自動運転車はGPSやリモート操作、アラームシステムや後ろにビデオまで付いている。そしてそれらの機能は携帯と連動し、車に携帯から車専用のアドレスへメールを送信することにより操作することも可能なのだ。いくつかのメールを送ることによって誰でも車のドアを開け、エンジンを掛ける事ができると実証された。こうなると、ハッカーは携帯ネットワークを探り車のアドレスを見つけ操作するといったこともできないことはない。

信号機を操作できないようシステムからブロックしたとしても、そのシステム自体を創りだしたエンジニア並の技術さえあれば、ノートパソコンからシステムをハッキングできた。デンシティの交通情報を使い、一番混んでいる交差点の中のいくつかの信号のプログラムを書き換え、事故は起こった。

信号を乗っ取って自由に操作し、車に乗っている人間を殺す、という映画のような光景が現実となっていたのだ。

忘れもしない。停車中にもかかわらずスピードメーターが突如動きだして時速180キロメートルを指したり、窓ガラスやドアロックを開いたりと、見たこともないような動作をした。その挙句の事故だった。すでに炎上していた事故車につっこんだのだ。道順親子のタクシーは、車載システムが侵入され、操作されたのである。カーナビ機器上で提供する無線LAN接続サービスのポートに穴があり、ハッカーはそこを通じてCANにアクセス、さらには電子制御ユニットのファームウエアを書き換えた。携帯電話網を経由し、車外からエンジンを切ったり操舵したりした。

高度なスキルと悪意を併せ持つハッカー、イグニスの犠牲者だったのだ。

「ふざけるな、これではまるで......まるで、執拗に誰かを殺そうとして、それに私たちは......!」

現実世界とネットワークにつながる流れは止められないことくらい道順もわかっている。だが、こうも理不尽な真実の欠片を見てしまっては、理性的に考えることも難しくなってくる。

「誰だ......?」

疑問はひとつだ。

「そこまでして殺したいやつは一体......」

道順は立ち上がる。非番だが職場のデータベースにアクセスする必要が出てきた。幸い職場の部署、そして担当から割り出すことは遥かに簡単だ。

「あのトレーラーの犯人は最後まで罪を認めないまま自殺していたな、たしか。......まさかフェッチ事件の被害者......あのイグニスとグレイ・コードは繋がっていたな、たしか。......きな臭くなってきた」

場合によってはまた和波誠也に心当たりはないか聞かなくてはならない。道順はほぼ確信している予想の裏取りに1日費やすだろうことが手に取るようにわかっていた。
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