夕映えの街

和波たちがログアウトした時にはすっかり日が落ちていた。尊、遊作、と送ってくれた草薙の好意に甘えて最後になった和波もまたマンション前で降りることとなった。

今日は行方不明のHALやアイを探すだけだったのに、怒涛の1日だった。頭が思考することを拒否するほどの疲弊感からか、草薙も和波も終始無言である。

「ありがとうございます、草薙さん。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。和波くん」

降りたときだけ、取り繕うような笑顔を向ける和波に、草薙も反射的に笑顔を返した。

光のイグニス、ライトニングのパートナーが草薙仁と発覚したことで、彼が今インターネットの深淵に囚われの身だと知らされた時の草薙の狼狽ぶりは見ていられないほどだった。フェッチ事件の和波のような境遇だというのだ、和波から話を聞いていた草薙は今の弟の現状が手をとるようにわかってしまうのである。和波も即座に沸騰するレベルの暴言だった。だったはずなのに、穂村も遊作も和波も誰一人、草薙仁の意識データの奪還が叶わなかったのである。なんということだ、2度ならず3度も失敗してしまったのだ。

「......草薙さん?」

もう今日は帰るといい、とマンションまで送ってくれた草薙の表情が今までにないほど憔悴していて、思わず和波は声をかけてしまう。はたと気づいてしまったらしい草薙は苦笑いをした。遊作たちに見せないよう、見せないよう、必死で取り繕ってきた草薙は限界がきつつあった。

「すまない、和波くん。見なかったことにしてくれないか、明日からアルバイトよろしく頼むよ」

「草薙さん......」

休みにするんじゃないかとよぎる不安が顔に出ていたらしい。車のライトが強烈な逆光となり和波は草薙の表情をうかがうことはできなかった。だが声はかくしようがないほどに疲れ、そして震えていた。和波が言葉を紡ごうとしたがトレーラーは出発してしまう。伸ばしかけた手を降ろし、和波はマンションに入っていった。姉や財前部長からのお叱りは明日の放課後にまとめて受けることにしよう。着信をまるごと無視して和波はHALと共にゴーストのアジトにダイブした。








誰もいない大都会の海浜公園にて、斜陽が水面に金色の影をキラキラ落とす。家々の白壁が夕陽を照り返して明るい中、夕闇がにわかに濃く迫ってくる。夕闇がまだ浅い水底のような青みを残している。濃い朱色の雲が、朱肉を滲ませた綿をキャンバスに叩きつけたような形で散らばっていた。今日一日の終わりを告げるかのように、まぶしい太陽がビルの間に沈みつつあった。薄暮がやってきて、やがてほんのりと青い夜の闇がデンシティを包み込む。夕焼けのほとぼりに映えた宵空が、切り紙細工のような屋根の黒さをくっきり浮き出している。夕闇が急速に濃さを増していき、夕闇が広がるにつれ、空は氷が張ったようにしんとしてくる。だいぶ傾いた陽が影法師を細長く斜めに地に映す。暮れなずみ、対岸の崖が墨色を濃く滲ませる。昏れかかった灰色の空が、墨の滲みのような濃淡を去来させている。空は端から端まで薄暗くなってきた日は西の地平に傾き、宵闇がすぐそこに迫りつつあった。

「ここにいたのか」

「了見くんじゃないか、どうしたんだい?わざわざボクを訪ねてくれるなんて珍しい」

手すりに組んだ腕を乗せて和波が笑いかけると、了見と呼ばれた青年は眉を寄せた。

「お前は最近ゴーストとして活動していないからな」

「活動はしてるよ?」

「イグニスの複製にやらせてるだけだろう」

「そうともいうね」

「......受け取れ」

「なあにこれ?」

「イグニスに対するプログラムだ」

「ライトニングの?」

「ああ」

「ありがとう、なにがお望み?」

「グレイ・コードの幹部共の所在などの情報をよこせ、アインスは私の獲物だ」

「うーん、どうしようかなあ。アインスさんはボクの標的でもあるし。横取りは困るんだけど」

「グレイ・コードの壊滅が目的だろう、お前は。過程は関係ないはずだ」

「でも意識データは欲しいんだよねえ」

「......お前」

「なーに?今更お説教?」

「..................ならくれてやる」

「引渡してくれるってこと?」

「ああ」

和波は目を細めた。

「いいよ、嘘はついてないみたいだしね」

「サイコ能力を使わなくてもわかるだろう」

「まあね、一貫してるところは信頼してるよ鴻上了見くん」

「............」

デュエルディスクに挿入されていくカードデータ。取り込まれ、セキュリティ的に問題ないとされた瞬間にアップデートが開始される。

「あいかわらずすっごいねえ、さすがはハノイの騎士のリーダーだ」

「......いってろ」

「ああ、ごめん。リボルバーとしてじゃなくて鴻上了見として来てくれたのに失礼だったね。わかってるよ、約束は守る。今、HALが解析急いでるからさ、時間ちょうだい」

「ああ、わかっている」

じゃあね、と和波が手を振るより先に鴻上了見のアバターはそのまま姿をけした。
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