「なんで……なんで目を覚ましてくれないの、島君、鈴木君」
和波の悲痛な叫びが響く。デュエル部のみんなが入院している病院に侵入し、彼らの生命を維持している装置を通してワクチンプログラムを投与した和波である。先輩達の機械は目を覚ますと機械が役目を終えて電源が切られるため光の粒子となって消えた。目を覚ましたことになる。なのに、2人分の機械が残され、しかも稼動しつづけていることがわかる。一番目を覚まして欲しい友達は昏睡状態のままということだ。もしかしたら、という期待を込めて待ってみたがいつまでたってふも目を覚ます気配はない。
(なんで!なんで!?どういうこと?リボルバー君ワクチンくれたのに!?)
パニック状態になった和波は、一度ログアウトする。そして落ち着かないまま、現実世界を代行してくれているはずのHALが帰ってくるのをひたすら待った。遊作と鴻上に同期状態である和波誠也のデュエルディスクにゴーストのアカウントでHALに向けてメッセージを飛ばしてはいけない。最後の理性が押し留めた。
数時間後、HALが帰ってきた。アルバイトは休みだが持ち込んだ情報が情報だけに長引いたらしい。
「なーに勝手に動いてんだよ、クソガキ。ちったあ落ち着け。先輩達はひとまず助けられたんだからしっかりしろよ」
乱暴に叩かれた和波はごめんなさいと縮こまる。ため息をついたHALはがしがし頭をかきながら言った。
「しっかしいっぱい食わされたな、誠也。島君たちはハノイの騎士がばらまいてるウィルスに感染してるわけじゃねーってことだろう。俺様が調べた限り、よく似てるが構築がちがうぜ」
昏睡状態にあるデュエル部のみんなのデータを病院から不正取得し、ワクチンと照合していたHALは教えてくれた。
「グレイ・コードのってこと?」
「おうよ」
「そっか……いよいよ学校に通う理由がなくなっちゃったね。お見舞いはちゃんと僕がいきたいけど、それ終わったらまた代行よろしくね、HAL」
「それは別にかまわねーけどよ、大丈夫か誠也?ここんとこ寝てないんじゃね?」
「こういうとき、人間って不便だよね、ほんと。どんなに気持ちが焦っても寝なくちゃいけないし、食べなきゃいけないし」
「フランキスカの部下に戻りたいとかいうなよ、はったおすぞ。俺様はお前が人間だから気に入ってんだ、ただの電子体になりさがってみろ、イグニスの完全劣化じゃねーか」
「……しないよ。ただ歯がゆいだけ。デュエルだけに集中できた環境を知っちゃってるから、なおさらね。じゃあ、財前さんたちと調べたこと藤木君達に教えてあげて。これがそのコピーね」
「あいよ。で、誠也はどうすんだ?」
「ボクはすぐにでもグレイ・コードを炙り出さなきゃいけない。リボルバー君はDr.ゲノムとデュエルしてこいっていってた。きっと、あの人がグレイ・コードのウィルスのワクチン持ってるんだよ。あるいはサクスかな?今はあの人が上司みたいだし、きっとどっちも持ってるよね。ボクが約束守らないかもしれないから、ハノイの騎士のウィルスに対するワクチンしかくれなかったんだ。用心深いなあ」
「前金だっていってたんだろ?案外、グレイ・コードにそこまで干渉できないのかもしれねーぜ」
「アナザーは幹部の主導だっていってたね。グレイ・コードのやつがDr.ゲノムが主導なら、アナザーは別幹部かな。なるほど。ボクは被害者たちを調べてみるよ、共通点あるかもしれないしね」
「了解、とりあえず今日はもう寝ろ。ひでえ顔してるぞ」
「……わかったよ」
ぽんぽん叩かれた和波は素直にログアウトに応じた。
そして翌日。学校に向かったHALを見送り、和波はゴーストのアジトで解析を始めた。草薙と遊作がトレーラーで交代しながら、アナザー事件の首謀者を特定しようと躍起になっているのはHALとの情報共有で知っている。
こっちはリボルバーとの個人的な取引があるのだ。きっと到達する幹部連中は違うはず。かち合うことは無いと思うがどうなるだろうか。playmakerのところに青年がいる。しかもゴーストはplaymakerをリストに載せている。いずれ藤木遊作のところにもグレイ・コードのメンバー、もしくはハノイの騎士が現れるだろう。playmakerは優秀だ。グレイ・コードの一員だと邪推することは無いと思うが、もし苦戦するようなら様子を見に行かないといけない。最近全然リンクヴレイズにログインしない藤木遊作のデュエルディスクの記録を横に表示したまま、和波は膨大な情報の中からHALが特定してくれたグレイ・コードのウィルスの感染源を探し始めた。
営業時間だというのにカフェナギがしまっている。メールにも電話にも反応がない。さすがに心配になった遊作は学校が終わるとすぐカフェナギに向かった。トレーラーは鍵が掛かっている。もっている合い鍵を回すと、電気をつける暇も惜しいのか、巨大なスクリーンの前でワイヤレスのキーボードを一心不乱にたたく草薙の姿があった。
「草薙さん?」
「……」
すぐそこにいるというのに、遊作の声すら届かないようだ。
「草薙さん!」
遊作は肩を叩く。びくっと肩が震え、勢いよく振り返った草薙は絶句していた。だが遊作だとわかるといつもの柔らかな笑みに戻る。
「な、なんだ遊作か、びっくりさせないでくれ。誰かと思った」
「連絡にも出ないで何してるんだ、草薙さん。なにかあったのか?」
少々怒りも込めて問い詰めると草薙は、え、という顔をする。近くに置きっぱなしになっている端末は、遊作の履歴だらけになっていた。あー、といいながら髭すら剃っていない頬を掻く。
「ごめんな、遊作。それどころじゃなかったんだ」
「というと?」
電気をつけながら、遊作は隣の定位置に座った。
「アナザーとは別の昏睡事件が起こってるって噂を目にしてな」
「アナザー以外の?」
「ああ、この掲示板を見てくれ」
主にゴーストガールとの連絡手段に使っているハッカー御用達の裏サイトのあるスレッドを確認した遊作は、目を丸くする。
「草薙さん、これは」
「な?俺の気持ちわかってくれただろ?」
「なんで俺に連絡くれなかったんだ、一番しなきゃいけないやつじゃないか」
「あー、ごめんな。このスレッド見た途端、我を忘れちゃったみたいだ。げ、もうこんな時間かよ」
「見つけたのはいつ?」
「朝の仕込み前にちょっとな」
「……草薙さん」
「だからごめんって。これからは気をつける」
「ほんとに気をつけてくれ」
「ああ」
もうひとつのアナザー、ともいうべき昏睡事件。最大の違いは被害者のデュエルログがずっと更新されつづけているということだ。わかりやすくいうなら。精神だけリンクヴレインズに無理矢理ログインさせられ、どこかでデュエルを強要されているというのだ。睡眠時間の関係か時々数時間は更新が止まるらしいが、時間が経つとまたデュエルが開始されるらしい。対戦相手は必ず《天気》という遊作も草薙も知らない、もちろん今のデンシティには普及すらしていないテーマの使い手。そして、幼い声が音声として紛れ込んでいることがあるという。幼くして死んだデュエリストが遊び相手を求めている、なんてオカルトが垂れ流されていたが、その子供が6才くらいというのだ。草薙は心当たりがありすぎていても立ってもいられなくなったようだ。
「俺が調べた限り、どうやら突然昏睡状態になるわけじゃないらしい。少なくても、被害者は自主的にリンクヴレインズにログインする時間が長くなっていき、体調不良になってもなお行こうとして周囲とトラブルになってるな」
「なるほど、それほどのものがあるのか」
「たんなる依存症といえば早いが、ちょっと気になる。ログインしてから同じ人間とデュエルをする時間がどんどん長くなるらしい」
「可能なのか?たしか制限がかかってたはずじゃ?」
「できてるんだな、これが」
「相手はハッカーか」
「きっとな」
「気になるな」
「だろ?お前ならそういうと思って、被害者リストを作ってみた。そんでデットラインと思われるログイン時間を更新し続けてる廃人達のリストだ」
ほら、と渡された冊子。集中力が切れたせいで一気に眠くなってきたのか、背もたれがきしむのも気にせず、くあ、と草薙は大きくのびをした。そして乱暴に目尻を拭う。
「駄目だ、眠い。俺、少し寝るな」
「ああ、あとは任せてくれ」
「おう」
どんどん長くなる欠伸を繰り返しながら、草薙は腕を組み楽な体制を取るとそのまままぶたを閉じた。遊作はざっとリストを確認する。しばらくすれば寝息がたちはじめる。おつかれさま、と小さくつぶやいて、遊作はキーボードを叩き始めた。
睡眠以外強要されるマスタールールのデュエルモンスターズ。毎日毎日少しずつ長くなっていくデュエル時間。遊作をはじめとしたロスト事件の被害者、そして被害者家族の感情を逆なでするような事件である。もしこれがハノイの仕業でありplaymakerをおびき出すための罠だとしたら絶対に許すことはできない。いや、愉快犯の犯行だとしたら絶対に許せない。草薙の先走った行動を咎めはしたけれど、同じ立場だったらきっと遊作だっていても立ってもいられず、犯人の特定に躍起になったはずだ。キーボードを叩く力がついつい大きくなってしまう。遊作はどの被害者候補を監視しようか、膨大なリストを考察する。もともと課金に課金を重ねてリンクヴレインズに命をかけているような廃人はわかりにくいから除外だ。いつも少ないが劇的に増えてきているやつに絞る必要がある。できれば生活環境が激変したことがわかりやすい学生。この間の学生のようにできれば同じ学校の奴。一度学校をハッキングして生徒名簿の情報は入手済みなのだ、周囲を調べるのが楽になる。時は一刻を争うのだ。そして遊作はある名前で手を止めた。
「………島?鈴木?」
草薙はリストアップに懸命で個々の名前までは意識が行かなかったのだろう。ほぼ機械的にデータの整理に没頭していたようだ。遊作は今日体調不良で休みだと和波がいっていたクラスメイトたちを思い浮かべる。
どうしようか考え始めたとき、ちょうど和波から連絡がはいったのだった。