2週目極歌仙と延享攻略

神楽坂に面した真っ赤な鳥居が目に止まる。本丸によく似た霊気を感じて近づいてみれば、毘沙門天を祀る寺院のようだ。由緒ある寺院だけに、おのずから、その門前町には風格がただよっている。近くに看板がある。

「あ、ここって毘沙門天祀ってるんだ」

僕の言葉に道案内を買って出ていたソハヤノツルキが振り返る。

「善國寺だな、神楽坂の中心地だ」

「なんか親近感湧いちまうねえ。せっかくだし、参っていくかい?」

「主を守ってくれた訳だからね、罰は当たらないだろう」

武家屋敷が建ち並んでいる市ヶ谷・神楽坂に僕らはいた。ソハヤノツルキ曰く善國寺(ぜんこくじ)は、東京都新宿区神楽坂にある日蓮宗の寺院であり、通称として「神楽坂毘沙門天」・「神楽坂の毘沙門さま」として知られている。

旧本山は大本山池上本門寺で鎮護山善国寺という。開基は徳川家康、開山は日惺上人と伝わる。

安土桃山時代の文禄4年(1595年)、池上本門寺第12代貫主である日惺上人により、馬喰町に創建される。たびたび火災に見舞われ、麹町を経て寛政5年(1793年)にこの場所に移転した。

本尊の毘沙門天は江戸時代より「神楽坂の毘沙門さま」として信仰を集め、芝正伝寺・浅草正法寺とともに江戸三毘沙門と呼ばれ、のちに新宿山ノ手七福神の一つに数えられることになるという。

「......あれ?今は延享4年だよ、ソハヤ。寛政5年にできるのに、どうしてもうあるの?」

僕の何となく思いついた疑問に、あー、とソハヤノツルキは頭をかいた。

「なんつーかな。説明しにくいんだが、最初に感じた江戸の街を巣食う邪気を感じただろ?」

「うん」

「そいつはゆっくり、着実にこの国の霊的な守護をずたずたにしちまうのさ。将門公の結界はこの時点ですでに形骸化しちまってる。次は四神相応の結界に手をかけたってわけだ」

「はやく完成させた方がはやく壊せるってこと?」

「んー、まあそんな感じだな。わかりやすくいうと、のちに神楽坂は毘沙門天善國寺の門前町として、市ヶ谷を中心として寺町として発展していくからな。早く移転した方がはやく栄える。人口が増える。バタフライエフェクトってのは馬鹿に出来ねぇよ」

「不穏な影があるのですね......ここはひとつお参りしましょうか」

「そうだね、そんな話を聞いていると気がひきしまるというものだ」

「なるほど、今まさにって感じか。今気づいたんだが、さっき通り過ぎた立派な竹の生垣のある武家屋敷、酒井家のもののようだよ。主の故郷を治めている藩主の武家屋敷はすぐ側にあるようだね」

「その近くに毘沙門天!なんつー偶然だ」

「たしかに言われてみればますます気になりますね」

「曹洞宗じゃなくて日蓮宗だけどね」

「数珠丸がいれば詳しい話が聞けたんだが仕方ない。いこうか」

「近くに毘沙門天を祀る寺か、江戸にいるってのに本丸にいる気分になってくるねえ」

「まったくだ」

真っ赤な鳥居をくぐると狛犬ではなく虎の石像が両隣に鎮座している。毘沙門天は寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻にこの世にお出ましになったことから、寅毘沙とも呼ばれている。それにあやかったんだろうとソハヤノツルキは教えてくれた。石虎は本堂左右に鎮座している。

「これもほんとは江戸後期の作なんだけどな......はは」

「そうなんだ......」

僕たちは本殿を見上げた。お寺の作法と神社の作法の違いについて石切丸から聴きながら、僕たちは見よう見まねでやってみる。

霊験あらたかな古いお寺は僕たちを迎えいれてくれたようで、霊気がより清廉なものになった気がした。

僕が1番最後だったみたいだ。

「いこうぜ、隊長サマ。見失っちまった時間遡行軍の調査を再会しよう」

「うん」

僕は駆け出した。

「......?」

誰かに呼ばれた気がして振り返ったが善國寺には誰もいない。

「どうしたんだい、お小夜」

「さっきなにか、声が......」

「声か......悪い気配だったかい?」

「ううん、そんな感じはしなかった」

「この寺院の敷地内に溢れる霊気のような?」

「うん......」

「とりあえず、はっきりしたことはひとつだけあるね」

「なに?」

「僕らの本丸がここによく似た霊気をもつということは、主の霊力と似ているということだ。本丸を思い出すのも当然だ。毘沙門天を祀る氏寺を模倣しているご利益はそれなりにあるということだね」

「そっか......」

「蝦夷の鎮魂と必勝祈願、だったか。背反するようでいて、それを成し得るのもまた人だ。それを教えてくれた人のところに僕たちは帰らなきゃならない」

「うん」

「今日は月例拝賀の式日で総登城の日、朝の8時頃から順々に江戸城には、多くの大名や旗本たちが、緊張の面持ちで続々と登城するはずだ。時間遡行軍が狙うとしたらそのあたりだろう。まだ猶予はある。焦らず探そう。君ならできるよ、お小夜」

「うん......ありがとう」

赤い鳥居をくぐる。

「......」

「お小夜?」

「......みつけた」

「すごいじゃないか、早速ご利益があったようだね」

「毘沙門天も復讐したいんだね......わかるよ。あるじさまにひどいことした連中なんて、許せるわけがない。敵の布陣を教えて。僕が殺すべき相手がどこにいるのかを」

僕は一目散に駆け出したのだった。






「この黒い澱み、受け止められる?」

僕は時間遡行軍の腹を切った。一撃で相手は崩れ落ち、背中を見せたところをすかさず首目掛けて切りつける。この時点で実体が崩壊を始め、本体が離れて地面にからんからんと転げた。

僕はそこまで駆け寄る。

「歌仙、これ、どう?」

かかげた太刀だったが、遠投を捌ききり、石切丸を庇っていた歌仙はそれをみて首を振った。どうやら歌仙のお眼鏡には叶わなかったみたいだ。

気に入ったら見せてくれとこっちまで寄ってくるから、近寄りもしない時点で粗悪品なんだろう。

ならいらないや。念入りにそれを破壊した。相手は依代を失っていよいよ復活することはできなくなる。これで終わりだ、さようなら。

切っ先が折れた。

このあたりに巣食っていた邪気が消えていく。やはり時間遡行軍が原因だったようだ。僕はあたりを見渡す。違和感はすでにない。近くにある火の見櫓に登って江戸の街を見渡してみるが、毘沙門天が教えてくれた邪気のありかはもうわからなくなっていた。

どうやら終わったみたいだ。

「小夜、どうですか?まだ邪気は......」

僕は首を振った。そして、そのまま飛び降りる。

「ない。もうないみたい。江戸の街をに潜伏していた時間遡行軍は、これが最後だったみたいだ」

今回の部隊は歌仙の求める基準に達する刀剣はなかったようで、全てが何らかの形で破壊されていた。

僕の言葉に誰かが息を吐いた。

「やっとかい?あーもーあっちこっちに分散しすぎなんだよ、あいつら!」

「武家屋敷の近くかと思いきや、まさかの渋谷にまで足を伸ばすことになるとは思わなかったよ」

「そうですね。おかげで時間がかかりましたが討伐できてよかったです」

僕はうなずいた。

「みんな、大丈夫?怪我してない?」

一応聞いてみたが、あるじさまが金の特上の刀装ばかりをくれたからいつもより消耗は少ない。怪我らしい怪我はないみたいで、まだまだ余裕があるみたいだった。もちろん僕も大丈夫だ。

「あれから快進撃がすごかったな。毘沙門天に参拝してよかったね、お小夜」

「うん」

僕はうなずいた。

「毘沙門天が教えてくれなかったら、もっと時間がかかってたかもしれない」

「まさかの寺院ばかりだ。見つかるはずもないよ、こんなところ。僕たちはついているようだね」

歌仙のいうとおり、気づけば江戸城からずいぶんと遠くまできてしまったように思う。これが相手の作戦な気もするけれど、毘沙門天が教えてくれたんだからきっとこちらの部隊を叩かないといけなかったんだと思う。

「ソハヤ、さっきから黙ってどうしたの」

「いや、まあ、ははは......頭が痛くなってきたぜ」

「心中お察しするよ、ソハヤ」

「おう......」

ソハヤノツルキはなんだか落ち込んでいる。

渋谷南側にある瀧黒寺

新宿南西にある教青院

新宿北側にある白乗院

新宿北側にある南赤寺

上野北側にある黄久寺

以上が見失っていた時間遡行軍をみつけて、僕たちが討伐した場所だ。どれもこれも江戸城から距離があるし、細川氏や関係者のいる武家屋敷からは離れている。陽動か、僕たちが目標である細川氏断絶を目論む時間遡行軍と間違えているのかと思ったけど、あるじさまによると間違えてはいないらしい。

たしかに端末に表示されていた敵影は確実に減っていて、僕たちはちゃんと仕事をしていたことになる。

「よかったけど......不気味だ。時間遡行軍はなにを考えているんだろう?よくわからないよ」

僕の言葉にみんな頷いている。今までの時間遡行軍とは明らかに動きが違うのだ。不審な動きといっていい。意図がわからなくておそろしい。なにか僕たちは見落としているんだろうか。

「ソハヤ、このお寺って共通点ある?」

僕の言葉にこの時代にきてからずっと歯切れがわるいソハヤノツルキはまた言葉を濁した。本当なら江戸の街の霊的な守護を任されている自分の目の前で時間遡行軍が結界を次々と破壊しているのになにも出来ないんだ。一番はがゆいのはきっとソハヤノツルキだろう。

「あるっちゃあるが......まじか。延享なのにもうあるのかあ......」

本霊に渡された記憶と目の前の現実の差異が大きすぎて頭が混乱しているみたいだ。

「5色不動って考え方があるんだけどよ」

そういってソハヤノツルキは話してくれた。

五色不動(ごしきふどう)は、五行思想の五色(白・黒・赤・青・黄)の色にまつわる名称や伝説を持つ不動尊を指し示す総称だ。

東京の五色不動は、目黒不動、目白不動、目赤不動、目青不動、目黄不動の5種6個所の不動尊の総称。五眼不動、あるいは単に五不動とも呼ばれる。

本来なら寛永年間の中旬、3代将軍徳川家光が大僧正天海の具申をうけ江戸の鎮護と天下泰平を祈願して、江戸市中の周囲5つの方角の不動尊を選んで割り当てる。最初に四神相応の四不動が先行し、家光の時代ないしは後年に目黄が追加されるはずなのだが、すでにこの街にはあるようだ。

五色とは密教の陰陽五行説由来し重んじられた青・白・赤・黒・黄でそれぞれ五色は東・西・南・北・中央を表している。

また、その配置には五街道との関連も見られるほか、五色不動を結んだ線の内側が「朱引内」あるいは「江戸の内府」と呼ばれた。

「その5色不動に割り当てられてんのが、俺たちが時間遡行軍を倒した寺なんだよ。もうあるのは仕方ない、検非違使が出ないってことはまだ許容範囲なんだろう。だがそれをあいつらは手をかけようとしてて、時の政府が俺たちに指令をだすってことは、放置したら細川氏断絶に繋がるなにかがあるってことだろ?今のこの状況で思いつくのなんて、鬼門が......」

そこまでいいかけて、ソハヤノツルキは口を噤んだ。

「ソハヤ?」

「もうここまでくると、行かなきゃならない所が出てきたな。小夜、どうだ。鬼門の方角は。邪気はそこに集まってるか」

「鬼門てそういうものじゃないの?」

「少なくても俺たちが防いだ分はマシになってるが、普通はそうじゃないんだよ。ああくそ、これがほんとに新人本丸の任務なのか?荷が重すぎるぞ?!最前線の本丸は一体なにと戦ってんだよ!!」

ソハヤノツルキはとうとう耐えられなくなったのか絶叫した。


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