2週目歌仙とリセット本丸10


色を楽しみ、香を食い、あっさりした淡味を深く味わう、という日本料理の特徴をいかすには、三拍子揃った海藻が非常に適していると僕は思う。

焼きたてのご飯の上にほんのちょっと醤油をつけた海苔を乗せる。ほのかな磯の香り、香ばしい味わい、日本人のDNAが反応している。

日本料理は気候風土の関係から、米を中心として魚介類、野菜や海草、大豆とその加工品が多く用いられている。
四季の季節感と新鮮な素材の持ち味を生かした淡白な味、包丁さばきといわれる繊細なワザ、形や色彩の美しさを重んじる盛り付け、器の多様性と芸術性が特徴で、目で楽しむ料理といわれている。

蛤のしん薯の白に人参の朱と木の実の緑が添えられて、目を楽しませる。料理もデザインが大事、このキメ細やかさは洋食にはない。

和食は魚でも野菜でも、素材の新鮮さを生かす自然さと、味の淡泊さを楽しむ繊細さがあるのだ。

新しい食堂でも妖精たちの腕が健在なうちは、厨房にたつ気が微塵も起きない僕である。

隣の小夜も和食を食べていた。洋食を食べるやつもいるが、僕はうすたあそうすみたいな濃い味はどうも好きになれないでいる。

「おはよう、和泉守兼定。隣いいか?」

そんなことを考えながら朝食を食べていると主が向こうのテーブルにやってきた。本殿にも厨房や食事処はあるのだが2人だけだと寂しいのか、物吉貞宗と一緒である。物吉貞宗はお茶を取りに行っていて、主は場所取りをするつもりのようだ。

「ちょーっと待った」

「ん?どうした。誰か待ち合わせか?」

「違う、違う。それだ、和泉守兼定」

「うん?」

「だーかーら、なんでオレは和泉守兼定なんだよ、あんた」

「いきなりどうした。顕現してからずっとそうだろ」

「いや、だってよー......之定はいいぜ?初期刀だし、元1番隊長様だし、本丸の運営にだって関わってるし。評価の高い二代目兼定が打った刀だし。之定以外はオレみたいに呼んでたから、まあそんなもんかと思ってたんだよ。新しい1番隊長さまは物吉貞宗呼びだし?」

「それで?」

「だから、なんでわかんねーかな!なんで新入りのくせに長谷部はへし切長谷部じゃなくて長谷部なんだよ」

「なんだ、そんなことか」

「そんなことかじゃないぜ、主。之定以外にそのまま呼ばない刀剣男士は長谷部が二人目だ。みんなそわそわしてるぜ?」

「そんなに変か?たしかに75振りもいるから早く名前と顔を一致させるために基本はそのまま呼んでるが」

「だろう!」

「いやだって、本人が自己申告で前の主の狼藉からきてるから呼ぶなっていってる以上、わざわざ呼んだら嫌がらせにしかならんだろう」

「そういう理由?え、じゃあオレが和泉守兼定は嫌だっていったらオレも呼んでくれるのか?」

「なんだ、嫌だったのか?それならそうと早く言え」

「お、おおう......なんだよ、マジでその程度の理由だったのかよ......心配して損した」

「なんかしらんが不快な思いをさせたみたいで悪かったな。で、なんて呼べばいい?和泉守とかか?」

「えーっとだな......」

「なんだ、嫌だなとは思ってたが呼び方変えてくれるとは思わなかったのか?俺はそこまで薄情じゃないぞ」

「そういわれても和泉守兼定ってそもそも刀工だしな......之定みたいに前の主に名前を賜ったわけでもねえし......ううん......」

「之定はたしか2代目のことだったな」

「11代目の和泉守兼定に異名があるなんて聞いたことねえしな......」

「じゃあ11代目か?」

「11代目」

「お前は歌仙を之定と呼んでるだろう。じゃあ、11代目と呼ばれるのもかまわんのじゃないのか?」

「11代目か、まあ意味合いは一緒だが......11代目か」

「お前が嫌じゃないならしばらくそう呼ぶが」

「そうだな、順番的に主にとって兼定は之定のことだし、わざわざ呼んでも違和感しかないよな。俺が国広といやあ堀川国広のことだが、主にとっては何人もいる。いいぜ、しばらくそう呼んでくれ。慣れなかったらやっぱなしってことで」

「ああ、わかった」

「よおーし!聞いてたか、之定!そう言うわけだからよろしくな」

いきなり話題を振られた僕は目を丸くした。

「なんだい、なんの脈略もなく。朝っぱらから落ち着いてご飯も食べられないのか、兼定の後代は」

「んだと」

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえているよ。ただでさえ食堂は声がよく通るのだから」

「だって、オレは之定って呼んでるのに、お前も主と同じでそのままじゃねーか。不公平だろ」

「なにをいってるんだ」

君が言い出したことじゃないか、といいかけた言葉は土壇場でしまわれた。あぶない、あぶない。この本丸の和泉守兼定に言われたわけじゃなかった。

オレの方が先に顕現したんだから、オレの方が刀剣男士としては先輩だろ!なら和泉守兼定って名はこの本丸ではオレの事なんだから、いくら之定といえどもオレのことら和泉守兼定って呼ぶべきだ。

脳裏にかつての和泉守兼定がよぎる。

最初と最後に顕現するタイミングが違うだけでこれだけいうことが違うんだから面白いものだ。

「なにわらってんだよ」

「いや、すまない、口を開けて笑っては失礼だな......くくく、ふふふっ、あははっ!」

「だからなにわらってんだよ、てめ!」

「なんて子供じみた嫉妬だとおもっ......ふふふっ。ダメだな、僕がうるさいと世話ないな。わかった、わかった。わかったから座ってくれ、11代目。今の君を見ていると笑いが止まらなくなってしまう」

「勝手に笑い始めたのはあんただろー!?」

「ふふふっ」

「うるさいよ、歌仙」

小夜にジト目で睨まれたがすっかりツボに入ってしまった僕は笑いが止められないのだった。




特別任務は予定していた日程より1週間もはやくノルマである花火の大玉2万発を回収したことで達成となった。ひとえに新入りたちのはじめての任務とあってモチベーションが高かったからだと思われる。

そういうわけで、ただいまお疲れ様会と称した花火大会となった。まだ明るいうちから始まった宴会は中庭で行われているのだが、75振りもいると本殿の執務室からもその賑やかさも一際目立つ。

予定していた時間になった。

中庭にでて夜空を見上げる仲間達の顔は、赤や青や緑など様々な色に光っている。彼等を照らす本体が気になり、二度目の爆音が鳴った時、思わず後ろを振り返ると、幻のように鮮やかな花火が夜空一面に咲いて、残滓を煌めかせながら時間をかけて消えた。自然に沸き起こった歓声が終るのを待たず、今度は巨大な柳のような花火が暗闇に垂れ、細かい無数の火花が捻じれながら夜を灯し海に落ちて行くと、一際大きな歓声が上がった。

よく晴れた夜空を覆い尽くすように、巨大な菊型の花火が炸裂した。手を伸ばせば届きそうなほどの近さだった。光の玉が一瞬のうちに視野いっぱいにまで広がってゆく。きらきらとした火の粉が今にも顔面へ降りかかってきそうだった。横に目をやると、主が瞳を大きく開けて空を見つめていた。花火が赤や緑へと色彩を変えるたびに、菊や滝が空一面に広がるたびに、主の頬は様々な色に変化していった。

花火は一滴一滴が息を呑むほど煌いて、大輪の雫となる。耳を聾する炸裂の音と一緒に、夢のようにはかなく、一瞬の花を開いて、空の中に消えていった。

風が執務室に火薬の匂いを運んでくる。

「無病息災という言葉を知っているかい?」

僕は打ち上がる花火を見たまま主に告げた。

「ああ、お守りによくあるやつだろう」

「そうだね。『無病息災』の意味は『病気をすることなく、健康で元気に暮らすこと』。『無病』は“病気をしないこと”、『息災』は元々は仏教の言葉で、“病気や災害といった災いを、仏様のお力で止める”という意味から転じて『災いもなく元気であること』を表しているといわれているんだ。花火をみて思い出したんだが、今回の特別任務の花火はきみの時代だったら問題はなかったんだろうね。たしか、きみの時代だと飢饉や疫病でなくなった人々を偲んで花火を打ち上げたのが始まりの祭りもあるというじゃないか」

「よくしってんな、歌仙」

「君がくれた歳時記にこぼれ話として書いてあったよ。」

「あー、なるほど。それだけじゃないんだぜ。俺が爺さんから聞いた話だと日本で、真夏に花火を上げるようになったのは、花火には鎮魂の意味があるから、らしい」

「鎮魂か......なるほどね。だから花火大会が8月中旬のお盆に合わせて行われることが多いのか」

「死者の霊を送るという目的があるからな。お盆には、ご先祖様の霊が現世に帰ってくるとされてる。この間、親せきが集まってお墓参りをするなどして、ご先祖様を大切にするのが日本の風習として定着してるからな。そして、お盆の最終日には「送り火」といって、ご先祖様が道に迷わず極楽へと帰れるよう道を照らす慣わしがある。送り火の延長として真夏に打ち上げられるようになった花火大会もある」

「なるほど......」

「おれがこっちにくる前にも花火大会をやろうって話があがってたくらいだからな。どうも俺達はとんでもない災禍に見舞われたとしても、人々の鎮魂と復興祈願のための花火大会を開きたがるらしい。こうやって遺された人々は悲しみを忘れるのではなく、ともに歩んでいくために花火大会をやるらしい」

「なら、無病息災って形で、花火に願いを託すのも悪くは無いね」

「花火に願い事か、ありかもな」

沈黙がおりた。

主の時代だと世界一だとされている巨大な花火が本丸の夜空を覆い尽くした。

「ねえきみ。僕の話を聞いてくれないか」

「......なんだ」

「前々から話していた修行の話なんだがね、今回の特別任務で報酬が揃っただろう。池田屋の攻略任務を前に僕が抜けるのは痛いとはわかっているんだが、前倒しで行かせてはくれないだろうか」

花火の逆光で僕の顔は主には見えないはずだ。主がなにか話す気配がしたので僕は遮る形で一気に話してしまうことにする。

「今回の任務で強さに限界を感じたのは話したとおりなんだが、本来なら僕には池田屋を攻略する任務がある。だが強さはこれ以上突破できそうにない。わかってる、わかってるとも、これは僕のわがままだ。この報酬で担当の誰か......お小夜あたりが順当だろうが......で修行にいかせている間に池田屋を攻略し、一軍を誰かに明け渡して、僕がその次に修行にいくのが本丸のためだろうという事は重々承知しているつもりだよ。でもねえ、嫌なんだ。僕はどうしても一番最初に修行に行きたいんだよ。4年間も頑張ったんだから、そろそろ報われてもいいんじゃないかなあって思うんだが、そこのところどうなんだい、きみ」

「それが本音か、歌仙。やっと喋ってくれた本音なんだな」

「そうだよ。きみにはバレバレだっただろうけど、そうだよ。今の僕たちにはやることがあったからね、今までずっと我慢していたのさ」

「そうか」

「そうだよ。誰が好き好んで苦手な計算を覚えてまで行方不明の主の留守を守るために近侍をずっとやりつづけていたと思ってるんだい。そんなの、きみにまた会いたかったからに決まってるだろう。おかえりっていいたかったからに決まってるだろう。修行の旅に出る許しをもらって送り出してもらいたかったからに決まってるじゃないか。だから僕は......ぼくは......」

「ああ、そうだな、まだいってなかったな、歌仙。ただいまっていってなかったな」

「そうだよ、おかえりってまだ僕はいえてなかったんだよ。だから僕は前の本丸で仲間が修行の旅に出るのを何度も見届けたし、仲間が遠征から帰らず消息不明になっても、君が帰らなくても、ずっと本丸を守っていたんだよ」

「ありがとうな、歌仙。ただいま」

「ほんとにきみは遅いんだよ、いつもいつも。いいだしたらキリがないから言わないが」

「いつも苦労をかけてごめんな、歌仙」

「ほんとだよ、まったく......僕の気も知らないでほかの連中に修行のことをペラペラ話そうとするし、まったくきみってやつはほんとうにどうしようもないやつだよ」

「あー......」

「あーじゃない、そういうとこがほんとにきみは!」

僕は半分泣きながら、半分怒りながら、主に今まで溜め込んできた不満をぶつけることにしたのだった。

「これで許可降りなかったらどうしてやろうかと思ってたよ」

「さすがにそこまで馬鹿じゃない」

「どうだか」







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