比嘉の紹介もそこそこに、さっそく素良は比嘉を焚きつける。
「さーて、比嘉の運命力はどんな感じかな?これは比嘉の決闘者としてのスタートダッシュもかねてるからね、気合い入れていこうよ」
「ええっ!?そんなに大事なことだったんですか!?も、もっと慎重に選べばよかったかなあ」
たくさんの人混みの中で、自分よりずっと大きな先輩たちにもみくちゃにされながら、なんとか確保したのがこのドローパンなのである。ちょっとつぶれてしまっているけれど、袋は破れていないからまだセーフなはずだ。比嘉は困ったようにドローパンを見つめている。
「ほらほら、迷っても仕方ないでしょ。なにがでるかな、なにがでるかなっと」
急かす素良に押される形で、比嘉はドローパンをあけた。見た目はふつうのパンである。わろうとしたらだーめ、と制される。ここはがぶっといっちゃおう、がぶっとさ、とむちゃぶりされ、ええっと声をあげるものの、みんなの視線が集中する中助けを求める比嘉の眼差しを汲んでくれる人はいない。柊先輩、と情けない声を上げる比嘉に、柚子はがんばれ、とうれしくないエールを送り、榊せんぱ、と言い掛けた比嘉だったが肝心の先輩はユートとなにやら話し込んでいる。あとは興味津々で見ているセレナ。撃沈すること大前提な慰めをなげてくる権現坂。無責任なエールを送る沢渡。逃げられないと悟った比嘉は小さく息を吐いて、素良の言うとおりドローパンにぱくついた。
「なにが入ってる?」
どきどきしながら聞いてくる素良に、なにやら固いものがある感触に顔をゆがめた比嘉はパンを飲み込んだ。そしてパンの中身を見て絶句する。
「なんでパックが入ってるんですか、歯形ついちゃったーっ!」
「あははっ」
はじかれたように素良は笑う。まずいものをひいて泣きそうになっても、おいしいものをひいてほっとするのもいいけれど、びっくりする反応も悪くない。
「だから言ったでしょ、なにが入ってるかわからないって。僕、食べ物だけって言った覚えないよ」
「で、でも」
「それに大丈夫、大丈夫。食べちゃったくらいでカードは傷ついたりしないよ」
「ほんとですか?」
「うん、ほんと。信じられないならあけてみなよ。いいカードが入ってたら、それこそラッキーってことで」
「う、うーん・・・・・・そういうものなんでしょうか」
おそるおそるパックを取り出した比嘉は、空洞になってしまったコッペパン状態のドローパンをはむはむたべる。カードのパックが入っていたところからわかる通り、結構な大きさである。これだけで結構なボリュームがある。あとは素良がおすすめしてくれた、それなり、のクレープと、ほんもの、のクレープを食べ比べしてみる。たしかになんとなく違う気がする。具体的にどうなのか聞かれても応えられないけど。素良は幸先いいねとウインクをとばした。それだけで結構おなかいっぱいになってしまう。ぱさぱさになってしまった口の中を牛乳で潤しながら、比嘉はレジでもらった使い捨てのふきんを丸めた。
「比嘉、パックあてちゃったのか」
「は、はい。ドローパンの中に入ってました」
そっかあ、と若干ザンネンそうに遊矢は肩をすくめる。疑問符をとばす比嘉に、ユートは苦笑いした。ユートとの話し合いが終わったらしい遊矢はようやく比嘉のところに近づいてくる。
「カードパックをあけるの初めてだろ、比嘉。そのどきどきは放課後までとっといてほしかったなあ。ま、いいけどさ」
これから比嘉のデッキをつくるためにカードショップに遊びに行く約束をしているのである。運試しとして買ってみたカードから、デッキを作り上げてもいいし、お気に入りのモンスターをショーケースからみつけてデッキを作りたいとおもってもいい。その様子をみるのが楽しみだった遊矢にとっては、まさかの展開である。
比嘉も比嘉で、そのつもりだったから、まさかドローパンでカードが出てくるとは思わなかったのである。僕もそう思います、と大きくうなずいた。えええ、と素良が不満げな声を上げる。
「僕が勧めてあげたんだから、パックは今あけようよ比嘉。いいカードがでたら感謝してよね」
それとも、放課後までがまんできるの?と言われると、う、となる比嘉である。無理だ、絶対に休み時間にあけてしまう。あと4時間待てとか言われても絶対にできない。でしょー?と満足げに素良は笑う。比嘉は素直にパックを開けることにしたようだ。それはなんのイラストも描かれておらず、ただシンプルに学校の校章が刻まれている銀色のパックだった。手の感覚から、1枚ではない。カードのパックは5枚だと昨日習ったばかりの比嘉である。ほんとにカードショップで売られてるカードみたいだ、と思った。
パンのなかに入っていたからか、ちょっっと滑りがよすぎてうまくきれない。ぎこちない様子でもたもたしながら、ようやく比嘉はパックを開けた。
「あ、ほんとだ。すごい。なんにも傷、ついてないですね」
びっくりしたように比嘉は笑う。
「ほら、僕の言ったとおりでしょ、比嘉」
「はい、ほんとでした。ごめんなさい、素良君」
「わかればいーよ。ほらほら、はやく見せてよ、比嘉。生まれて初めてあけたカード。せっかくだし、1枚ずつ」
はい、と声は明るい。比嘉は慎重にカードを開封した。緊張しているのか、じいっとカードをみている。丁寧に取り出す様は、開封するときいつだって緊張を誘う。つられて手元のパックに見入っている沢渡たちに素良は肩をすかめた。素直でわかりやすい反応は、ほんとうになにも考えないで対応できるから楽である。
「えっと、1枚目は、しゃ、《シャッフル・リボーン》です。魔法カードですね」
「あ、俺も持ってるよ、そのカード。いいカードだよな」
「ほんとですか?!わ、やった。榊先輩も持ってるカードなんだ、あはは」
「テキスト読んでみて、比嘉。デュエルするときは、カードの効果を読むのも大事な決闘者の仕事なんだから」
「あ、はい」
こくりとうなずいた比嘉はテキストを読み上げる。
遊矢は違和感に目を見開く。かつて2戦目の赤馬と決闘して使用したときとテキストが微妙に違う。効果は2つに分かれておらず、1つの効果として扱われていたし、コストとして除外されるカードとして指定されているものが遊矢の知るものと違う。その微妙な変化に気づいているのは目聡い素良だけだ。《シャッフル・リボーン》はエンドフェイズに除外されてしまうが、墓地にあるモンスターを特殊召喚できるカードだ。なかなかいいカードとの評価に比嘉はなるほど、とうなずいている。
「2枚目は、えーと、あ、これ知ってます!《音響戦士ギータス》ですよね、これ。ってことはこれ、メタファジック・リバースのパックなのかな」
「メタファジック・リバース?そんなパックあった?」
「一昨日、遊矢先輩に教えてもらったんです」
「あー、今度発売されるペンデュラムのパックだっけ。遊矢やっと開ける気になったんだ?アクションデュエルにしか興味ないからってめんどくさがって放置してたよね」
「そうなのよ、素良。スタンディング・デュエルでもアクション・デュエルでも遊矢はEM以外使う気ないみたいだし、ほかのテーマみる気が起きないって言ってたのにね」
「・・・・・・いや、だってあんなにたくさん、俺だけ見るのは大変だろ」
「でもペンデュラム召喚の可能性がどうとかって、ものすごく熱くなって会社の人たちに説明してたじゃない」
「あんなにたくさんのテーマを持ってこられるとは思わなかったんだよ!」
遊勝塾では数ヶ月前の出来事である。頭の中でそのときの情報が流れ込んでくるまで多少時間がかかってしまい、反応が遅れる遊矢だったが、柚子はまたそうやって言い訳考える、と笑う。必死で言い訳を考えているように映ってしまったようだ。微妙に焦り、早口になり、緊張しているようにみえたのだろう。遊矢たちの会話に興味を引かれたらしいセレナたちが、その出来事について言及を求めるものだから、しばし会話は脱線していく。おかげでだいぶ脳内補完が進むことになったが、遊矢はかなり羞恥プレイを強いられることになったのだった。よりによって比嘉がいるときにそんな話しなくたっていいじゃないか、とぼやきたくもなる。一昨日、ペンデュラム召喚についてものすごく語った身としては、穴を掘って中に入りたい気分だ。当然比嘉の視線にあきれが混じるのを予想したが、比嘉は今持っているパックがこれから発売されるもの、つまり優勝塾でもらえるパックの1つだとわかってテンションがあがっている。ほっと息をはいた。それをみて柚子たちはにこにこしている。
「へー、こういうカードが今度でるんだ?よかったじゃん、比嘉。音響戦士組むなら1枚いらなくなるよ」
「そうですね!シンクロ召喚がすっごくしやすいカードだったし、おもしろいと思います」
「あ、結構気に入ってるんだ?たしかにペンデュラムカードの使い方としては、結構おもしろそうだよね。使うならEMとか混ぜないといけないだろうけどさ」
「だが、初心者である比嘉が最初につかうデッキが、いくつものテーマの混合デッキはむずかしくはないか?最近のデュエルモンスターズはテーマでも戦えることが多い。俺は1つのテーマを軸にしてもいいと思うが」
「いいじゃん、そこまでお節介焼かなくても。デッキ組むのは比嘉なんだし。比嘉は遊勝塾の塾生なんだし」
「それはそうだが」
「それにしても、私はドローパンでカードを当てる人間を始めてみた。比嘉は運がいいんだな」
「そうなんですか?」
「ああ、間違いなく運がいい。発売前のパックなんて早々でるもんじゃないからな」
セレナに自信を持っていいぞと肩をたたかれ、うれしそうに比嘉はうなずく。素良にこれからの決闘者としての資質の運試し、なんて焚きつけられていたからなおさらなのだろう。ちょっと声が弾んできた比嘉は3枚目を出した。
「あ、魔法カードみたいです。《イグナイト・ユナイト》?あ、ロボットだ、かっこいい!」
《イグナイト》という聞いたことがない単語に、遊矢以外の面々は反応する。見せて見せて、と素良にせがまれ、比嘉は素直にそのカードを渡す。ふーん、とイラストとテキストを眺めた素良は、ロボットのテーマみたいだね、とつぶやいた。結構優秀なカードである。その判断に興味を引かれたらしいセレナや柚子、沢渡、ぐるりと回って遊矢とユートがみあと、そろそろ返してやれと権現坂がカードを返してくれた。
「でもさ、なんでこいつら仲間割れしてんだろ?ピンクのやつが味方っぽいやつに攻撃してるの、緑のやつが止めにいこうとしてるよね」
「仲悪いんでしょうか」
「実はピンク色のやつがすっごく下手くそで味方ばっかりに当たるとか?」
「遊矢、このテーマのことなにか聞いてない?比嘉くん、ものすごく気になってるみたいだけど」
入れることにしたんだ、とつぶやいた言葉をひろいあげ、柚子は遊矢に話題を投げる。
「あー、うん。入るかどうか検討中って聞いてたからさ。ボックスで確かめてとかいわれたよーな、いわれなかったよーな。次のテーマで本格的なオリジナルぺンデュラムテーマが収録されるみたいだけど、その前に試作品として使ってたテーマみたいだし。《イグナイト》はペンデュラム効果だけ、モンスター効果だけ、どっちかのモンスターでできてるんだ」
遊矢は記憶を探り探り説明を始める。イグナイトはすべて炎属性・戦士族で構成されているモンスターのテーマである。ペンデュラムスケールは2か7で統一されている。そして、自分のペンデュラムゾーンのカードをすべて破壊して、デッキ墓地から戦士族・炎属性のモンスター1体を手札に加えるという共通のペンデュラム効果を持っているのが最大の特徴だ。ペンデュラムスケールがあわなくて召喚できなくても、1枚手札にあればそれとは違う数字のスケールのイグナイトを呼び出せば、エクストラからすぐに組成できる。サーチが優秀なテーマである。
「炎属性ならお父さんに聞いたら、いいカード教えてもらえるんじゃないかしら」
「あー、塾長すっごく喜びそうだね」
「うん、この効果は炎属性・戦士族ならなんでもいいみたいだな。それなら融合を呼び出せるカードを呼んでくればすぐに融合できる」
「チューナーをいれてみるのもありかもな!そしたらすぐシンクロ召喚できるぜ!」
「うむ。たしかにペンデュラム効果しかないなら、バニラモンスターでもある。《メタファジック・リバース》の看板モンスターである《メタファジック・ホルス・ドラゴン》を入れることができるな。その場合はランク3同士のシンクロになるが」
「このテーマなら4、5、6のエクシーズをいれるのもありだと思うぞ」
「みなさん、ありがとうございます!いいな、いいな、楽しそう!でも、ロボットだと思ったら戦士族のカードだったんですね」
「あはは。たしかに銃たくさん持ってるし、機械みたいだもんな。どうする、比嘉、イグナイトにしてみる?ペンデュラムテーマだし、もしそれにするなら俺デッキの作り方とか手伝うよ」
「どうしよう・・・まだEMと迷ってるんです。遊矢先輩と同じテーマだし、あっちもいろんな召喚方法が楽しめるんですよね?」
「うん、できるよ」
「どうしよー」
「そんなに焦らなくってもいいじゃん、比嘉。これからデュエルショップにもいくんだし、おもしろそうなカードあったらそれと相性がいい方にするとかしてみたら?」
「そ、そうですよね!ありがとうございます、素良くん。よーし、じゃあ4枚目です。えーっと、じゅ、じゅく、《熟練の赤魔術師》です、たぶん」
「せいかーい。難しい漢字読めるんだね、比嘉君。やるじゃない」
「あ、あはは。ありがとうございます」
初代決闘王が愛用したエースモンスターの召喚を手助けする効果を持つ黒魔術師だ。超レアカードとなっているブラックマジシャンを手にするには、比嘉にはあまりにも高いハードルが立ちはだかる。主に財布ポイント的な意味で。
「いよいよ最後のカードだね。なんだろ?」
「あ、味方打ってるピンクのイグナイトです。《イグナイト・デリンジャー》女の子みたいですね」
「敵より味方に当たっちゃうことが多いって、やっぱり下手くそなんだ。あははっ」
「紅一点ってことは、このモンスターだけ女の子だからちやほやされてるって感じなのかしら?」
「敵より味方を射止めるって、そういう意味もあるんじゃないか?」
「あー、なるほど」
「攻撃されたら目がハートになっちゃうんですか?」
「いやそれどんな攻撃!?」
「《イグナイト・デリンジャー》かあ。えーと、たしかイグナイトで一番攻撃力高いモンスターだったと思うよ」
「えっ、そうなんですか?あー、だから誰も文句がいえないんですね」
「フレーバーぶっ飛んでるテーマだね、イグナイト」
「ですね。でも、すっごいおもしろいカードだと思います。どうしようかなあ」