「ここが舞網市……!」
「昴、あんまり外ばかり見てると車酔いするからやめなさい」
「大丈夫だよ、おとうさん」
「しかしだな……」
リリーのデュエルスクール。チェーンデュエルスクール。サムライデュエルスクール。サイコショッカーが看板を務めるサイコデュエルスクール。デッキ破壊道場。エンディミオンデュエルスクール。儀式塾。回復デュエル教室。SONIC WING DUEL SCHOOL。LV塾。ワイトスクール。ローレベルデッキ塾。それぞれのデュエル塾の看板にはテーマや戦術における象徴的なモンスターが書かれている。流れていく風景を飽きることなく眺めている息子を一瞥し、お父さんと呼ばれた男は呆れた様子で肩をすくめた。
ここは日本の某県にある舞網市。日本の海岸沿いにある港町が再開発後にデュエルモンスターズ中心の経済に特化してできた都市である。そのためデュエルモンスターズに関わる有名企業が数多く存在する都市となり、デュエルの技術だけが急速に進歩を遂げた。デュエリストが集まり、デュエリスト相手に商売する人間が集まった結果、舞網市は人口の半数以上がデュエリストというデュエルモンスターズが盛んな都市となり、世界的に有名なデュエリストを輩出したこともあり、世界大会も数多く開かれるようになった。数年前、新規参入してきたレオコーポレーションという会社が舞網市に拠点を構えたとき、舞網市はその様相を大きく変えることになる。
レオコーポレーションはデュエルモンスターズに不可欠であるソリッド・ビジョンに新しいシステムを導入したのだ。もともとソリッド・ビジョンには体感システムや立体幻影にAIが搭載されたり、使用者に合わせて立体幻影の造形が変わったり、演出が違ったりはしていたが、どうしても演出の面を抜け切れていなかった。それをレオコーポレーションは、実体化というシステムを導入したのである。技術は非公開だがレオコーポレーションのデュエルディスクやデュエルマシンを使用すると、質量をもつ立体幻影が出現した。その技術の普及によりレオコーポレーションは急速に規模を拡大し、指折りの大企業にのし上がる。その技術に目を付けたあるデュエリストが提唱した「アクションデュエル」が舞網市で一気に爆発的な人気を得たことで、レオコーポレーションの地位は不動のものとなった。モンスターを実体化させ、デュエルを行うアクションデュエルは世界中で人気を博することとなる。
そして現在、舞網市ではスタンディング・デュエルを中心とした従来のデュエルを重視する業界とアクション・デュエルを中心とした観客を楽しませるショー的な要素を取り入れた業界に大きく分かれ、しのぎを削っている。そのため、プロデュエリストにあこがれる多くの子供たちを取り込もうと、大小さまざまなデュエル塾、デュエルスクールが乱立し、それぞれ独自の召喚方法やデュエルスタイルを学ぶことができる街、それが舞網市なのだ。
「ねえ、お父さん」
「うん?どうした、昴」
「ほんとにLDSはだめ?」
「だめだ」
「どうして?」
「デュエルモンスターズの経験がない昴が入れるようなところじゃないからだ。初心者ですらない昴にも、きちんと教えてくれるところじゃないとお父さんは認められない」
「そっか、うん、わかった。ごめん」
残念そうに昴は遠ざかるビルを見上げた。デュエル塾のなかで一番大きいあのビルは、レオ・コーポレーションのお膝元であるレオ・デュエル・スクール、通称LDSである。世界規模で展開している有名なデュエル塾であり、召喚方法ごとにわけられたコース制のカリキュラムがある。私立のプロデュエリスト養成所という側面もあり、学校制度にデュエルモンスターズの要素が加わったいわばエリート養成所である。はやい話がデュエリストにもなれる学校だ。初等部から高等部まで存在し、そこからプロに羽ばたくものも多く存在する。だから、彼の言うとおり、LDSはわけあって13歳になるまでデュエルモンスターズに触れることすら許されていなかった昴が入れるようなところではなかった。
「お父さんからいえるのは、ひとつだけ。絶対にあぶないことはするんじゃないぞ、昴。もしなにかあったら、お父さんは昴が何を言おうともやめさせるからな」
「うん、わかってる。それが約束だもんね、絶対守るよ!……だって、ずっと我慢してたんもん」
「ああ、そうしてくれ。そうじゃないと、お母さんも悲しむからな。それはいやだろう?」
「うん、わかってる」
昴は大きくうなずいた。それが昴がデュエリストになることを最後まで反対していたお母さんとの約束でもあるからだ。今日は最新鋭のソリッド・ビジョンのテストプレイのため仕事に出ているお母さんを悲しませないためにも、いつか復帰してもらうためにも。
昴のせいで、プロデュエリストのお母さんは、デュエルをやめてしまった。それは昴がまだ小さかったころのはなしだ。アクションデュエルをするお母さんを応援するのが大好きだった昴は、お母さんのデュエルを観戦しにお父さんと出掛けた。お母さんの休憩時間中、応援に駆け付けた昴を喜ばせようとお母さんは実体化したモンスターに昴を乗せた。自由に会場を駆け回るモンスターに乗って、無邪気に笑っていたことまではぼんやり思い出せるのだが、その先は覚えていない。昴が覚えているのは気付いたら病院に寝ていて、今にも死にそうな顔をしたお母さんが何度もごめんなさいといいながら泣いていたことだけだ。お父さんから教えてもらった話だと、はじめは、ふわふわ雲の上を歩いている感じがして、楽しいと笑っていたらしい。そろそろ降りなさい、といわれたけど、やだ、とモンスターにしがみついて離れない。お母さんがモンスターに降りるように指示を出し、昴は嫌だと駄々をこね、しがみついて離れない。モンスターはゆっくりと降り始めたが、駄々をこねる昴は暴れてしまい、足を踏み外して落ちたという。真っ逆さまだったらしい。試合相手のモンスターが受け止めてくれなければ死んでいたとお父さんは言う。さいわいケガは無かったけれど、たくさんの人がいる前での事故である。その出来事がきっかけでお母さんはスランプに陥り、そのリカバリーが出来ないままデュエリストを辞めてしまったのだ。専業主婦になったお母さんと昴のため、お父さんはあちこちを転々とすることになり、それにあわせて昴は何回も転校を繰り返すことになった。
昴はデュエリストのお母さんが大好きだったし、デュエルモンスターズが大好きだったから、とっても悲しかった。だから、ずっと言い続けた。僕もデュエルモンスターズがやりたいって。お母さんがいいよっていってくれたのは、昴が12歳になる誕生日のことだ。そして、そのとき、お父さんはある冊子を渡していったのだ。ここに引っ越すよって。それがここ、舞網市だったというわけである。お父さんは今、アクションデュエルマシンの技術者としてあるレオコーポレーション傘下の会社で働いている。お母さんはテスターという形ではあるが、そこに雇われている。少しずつ、昴の夢は現実味を帯び始めているのだ、興奮するなという方が無理な話である。
「ねえねえ、お父さん。僕が入ってもいい塾ってどこなの?遊勝塾!ここから見える?」
「たのしみなのはわかるが、昴。今日は荷物の整理で忙しいから、落ち着いてからにしよう。それに、遊勝塾のことなら、お母さんに聞いた方がはやいだろう」
「あ、そっか。はーい」
どんなところなんだろう、と胸を躍らせながら、昴はだんだん近づいてきた新しい家を見上げた。
1週間後、昴はお母さんから教えてもらった電話番号にどきどきしながら電話をかけた。
『もしもし、遊勝塾です』
「もしもし、おはようございます。僕、比嘉昴といいます。遊勝塾の柊修造さんはいらっしゃいますか?」
『塾長ですね、わかりました。少々お待ちください』
「はい」
しばらくして、女性ではなく男性が電話に出た。
『もしもし、ただいま変わりました。塾長の柊です!』
「あ、お、おはようございます!僕、比嘉昴っていいます。昨日、僕のお母さんが電話してると思うんですけ」
『ああ、比嘉さんとこの昴君だろう?話は聞いてるよ!しっかり電話できるなんて大きくなったなあ!』
「あ、は、はい、ありがとうございます」
『いやあ、あのときはあんなに小っちゃかったのに、もう13歳なんだって?時間が流れるのは早いなあ。昴君の話は聞いてるよ、デュエルモンスターズを始めたいんだってな!それならうちの塾に入ってくれれば、なんでも教えてあげよう!」
「ほんとですか?ありがとうございます!柊さんはお母さんと一緒でプロのデュエリストだったんですよね?デュエルモンスターズを始めるなら、ちゃんとした人に教えてもらった方がいいってお母さんが教えてくれたんです。なので、よろしくお願いします!」
『いい返事だ!こちらこそよろしくな、昴君!遊勝塾は昴君が来てくれるのをいつでも待ってるぞ!さっそくなんだが、昴君がこれそうな日を教えてくれないか?』
「あ、はい。えーっと、僕、学校が終わったら大丈夫です。今日も土曜日だし、明日も暇だし、大丈夫です!」
『お、それなら、今日の午後はどうだ?うちに見学に来てみないか?』
「え、いいんですか?それなら、ぜひ!えっと、なにかいるものってありますか?」
『そうだな、ノートと筆記用具をもってきてくれ!遊勝塾でデュエルモンスターズのルールを勉強してみよう』
「はい、わかりました!」
『いやー、うれしいね。ご縁っていうのはどこに転がってるのかわかんないもんだ。あのとき助けられてホントによかったと思うぞ、昴君!』