衣は恐怖を覆う為の

 頭が痛い。二日酔いにも似ているそれは吐き気がないだけまだマシだ。
 まさかこの歳になって泣き寝入りするとは思わなかったけれど、気分は昨日よりうんといい。泣きに泣いて身体中の毒素を出し切ったんだと思う。あれほど感じていた恐怖も一晩寝たら多少は薄らいだ。と思うのは、やっぱり楽観しすぎだろうか。

 空は明るい。太陽の柔らかい光が木々の隙間からこぼれていて、黄昏の黒雲は綺麗に晴れていた。リンクが光の雫を集めて解放してくれたのだろう。

 金の狼は私が目を覚ました時にはもういなくなっていた。
 少し寂しいなと思ったけれど、彼の本業(?)はトワプリンクに奥義を教えることだ。私なんかにそうもかまっていられないだろう。

 大丈夫、なんとかなるはず。
 たとえここが森のどの辺りかわからなくても。
 きっとなんとかなるはず。
 そういえば昨日から何も食べてなかったなと思い出しても。
 なんとか……
 ……そういえば元々帰れる場所ってないんじゃなかったっけ?


「……路頭に迷った」


 ここは森のど真ん中だけど。
 そんなツッコミを脳内でしていると、近くの茂みがガサリと揺れ動いて鳥の巣が頭を出した。いや、正しくは鳥の巣を頭に乗せた人の頭、だ。


「君……こんなところで何してるんスか?」


 その返事は不覚にも、口ではなくお腹の方から出た。





10_遭遇





 お腹は確かに空いている。
 そりゃあもうお腹と背中がくっつくくらいに空いている。
 ボゴブリンに刺されて倒れて以降何も食べていない。それに村の中を全力疾走したし、森の中を彷徨い歩いたりもしたから。

 が、しかし。
 この何が入っているかわからない紫色の液体を前にするとどうしても手が止まってしまうのですが!空きっ腹の手をも止めるキコルさんの料理の恐ろしさよ……イリアの作ったトアルかぼちゃのスープが恋しい。
 そうは言ってもせっかくの好意を無駄にする訳にもいかないので、恐る恐る一口頂く。うん。ダメだこれ。多分HPが2分の1くらい減った。一口だけなのに。

 できるだけ笑顔を崩さないようにしつつ体内でダメージを受けている私をよそに、キコルさんは心底美味しそうにスープを食べている。やはり製作者である彼自身にダメージはいかないのか……そんなキコルさんは一度手を止めて、そういえば、と頬にいっぱい溜まったスープを飲み込んで言った。


「一人で森に入るなんて無茶するなぁ。しかも女の子がそんな格好で。危ないからもうこんなことしちゃダメっすよ?家出か何か知らないッスけど」
「そんな格好?うわあ……」


 言われて確認すると、怪我をして包帯を巻かれた時のままの格好だった。それも昨夜のどさくさで土で汚れてしまったままの。確かにこれで森の中を駆けていたのは無謀というかなんというか。顔も泣き腫らした後のままだろうし、人様に見せられる格好じゃなかった。
 私は一口しか減っていないスープを置いた。


「あの、この辺で水浴びできるところって」
「フィローネの泉しかないっスね」


ですよねー。




 トワイライトから解放されたフィローネの泉は神秘的で清らかな雰囲気を取り戻していた。水も澄み切っているし、天気もいい。トワイライトの薄ぼんやりと明るい感じも嫌いじゃないけれど、やはりこの場所はこんな風に澄んだ空気の方が合う。

 懐かしい場所だ。私が最初にいたのもここだったし、リンクに問い詰められた時もこの場所だった。つい最近のことなのに、もう随分前の事のように感じる。
 あの時とは随分状況が変わってしまった。襲撃にあったトアル村には子供たちもイリアもいない。リンクは今頃森の神殿の攻略中だろうか。それとももう先に進んでいるのだろうか。ゲーム内の時間経過を現実換算するとどれくらいになるかわからないけれど、早くてもカカリコ村の手前あたりだろう。後でそれらしい人は通らなかったかキコルさんに聞いてみよう。

 包帯を解いて矢を受けた傷を確かめる。刺されたはずの左胸には傷跡すら残っていなかった。綺麗に治るものだなと感心しながら、フィローネの泉の奥、少し水深が深いところで全身を水の中に沈める。
 冷たくて気持ちがいい。少し前まではこんなところで裸になるなんてと抵抗があったけれど、やはり背に腹は変えられないとなると、人間適応するものだ。

 と、突然私のすぐそばの水がごぼこぼと沸き立ち出した。
 ここから湧き水が急に出てきたなんてことはないだろう。まして温泉でもあるまい。
 何かいやな予感がする。二回も死にそうな目にあった経験というべきか、直感というべきか。とにかく身の危険を感じて私は岸辺へ足を向けた。
 沸き立つ水は人の形に見えるほどに隆起していく。こんなことが起こるなんておかしすぎる。自然現象としてこんなことが起こるのだろうか。でなければきっと魔物だ。でもトワプリにそんなモンスターがいただろうか。水辺の敵を思い返しながら、ふと頭によぎったのは時のオカリナに出てくる水の魔物。


「……ダークリンク?」


 もしくはモーファか。それにしては人間っぽい形だし、核らしきものも見当たらないけれど。どっちもトワプリには出てこないからきっと別の何かなんだろうけれど、悪いものには間違いないはずだ。
 足を取られながら水際まで走る。とにかく逃げなくては。なんとかして、自力で。昨日のような幸運はきっともう続かない。


「……っ!?」


 足を取られて体が水面に叩きつけられた。水に引っかかったわけじゃない。
 足首を誰か、、に掴まれた。人間の手だった。水温よりも冷たい手。


「やめっ……ゲホッ!……は!」


 私を水の中に引きずり込んだ人間の姿は見えない。見えないまま、がむしゃらにもがいてその手を振りほどこうとする。けれどその手は離れるどころか、喉元にも絡みついた。この浅瀬に無理に沈めるように、私の顔を水面下に押し付ける。

 息ができない。苦しい。
 昨日と同じように、私はまたされるがままに蹂躙されるだけだ。
 水面の向こうから揺らめく二つの赤い光が私を見下ろしている。無機質な魔物の目が。

 がぼっと大きな水疱がそれらを歪ませた。泡はどんどん増えて、逆に私の中の酸素が減っていく。
 息がもう続かない。どうして、また。こんな。
 視界が完全に黒に染まるのと同時に、私の意識も黒に飲まれていった。


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