If Story

▽ side美智


いつも密室で過ごしているせいか、食堂のような開けた空間で葵と対峙するのは少し妙な気分だった。葵が心なしか楽しげな表情を浮かべているから余計かもしれない。

転校してもう二週間以上経つが、一度もこの食堂に足を運んだことはなかったらしい。近くにある購買もそう。だから視界に入るもの全てが新鮮なのだろう。

ある意味学生にとっては欠かせない場所を訪れなかった理由を尋ねれば、“財布を持っていない”なんて想像だにしなかった答えが返ってきた。だから今葵の目の前にある定食は美智が買ってやったものだ。

「で、財布持ってないってさ、そもそもってことだよね?」

券売機の前や、料理を受け取る列で話し込むわけにもいかない。席についてようやく美智は先ほどの会話の続きを切り出すことが出来た。

「転校してから今まで一回も昼食食べてないの?」

初めて葵を迎えに行った日、昼休みが始まっていたにも関わらず、葵は何もせずじっと席に座っていた。たまたまだと思っていたが、もしかしたら毎日ああして過ごしていたのだろうか。

まさかと思って尋ねたというのに、返ってきたのは肯定の頷きだった。

「秋吉は何してんだ?あいつが食事の世話する前提ってことだろ」

葵に食事させるよりも抱く時間を優先したかったはずの彰吾も、さすがに呆れた顔をしていた。美智もそう思う。

「颯斗は、お友達とごはん食べに行くので」

美智たちの疑問を解決する答えではなかったが、なんとなく察しはついた。

颯斗は葵に必要以上の関心を寄せないように努めているようだが、故意に食事を抜かせるような人物ではないと思う。おそらく葵が財布を持たずにいるだなんて気が付いていないのだろう。

葵もこの調子だから、自分から助けを求めることもしなかったようだ。

「葵、本当に一円も持ってないの?」

こくりと頷く葵は、それ自体を疑問にすら感じていないらしい。

「中学までもそんな感じ?」

影の薄い部類ではあったが、颯斗が中学からここの生徒だったことぐらいは把握している。当然それまでは颯斗ではない、誰か別の人間が葵について世話を焼いていたはずだ。颯斗よりはまともに面倒を見てくれたのか。それが気になって問えば、これもまた予想外の回答が返ってきた。

「ずっとおうちにいました」
「……ずっと?学校行ってなかったってこと?」

聞けば、葵はつい最近まで国外で過ごしていたらしい。そして誇張ではなく、本当に家の中だけで育ったのだという。

さすがに驚きはしたが、どこか納得もいった。葵がこれほど世間知らずな理由が理解できた気がしたからだ。

それにしても、聞けば聞くほど葵の父親の異常さが際立つ。

葵に世話役をつけるのも、最低限の金すら持たせないことも、家と学校の往復さえわざわざ車を用意することも。過保護というよりも、葵を決して逃がさぬように囲っているとしか思えない。

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