If Story

▽ 2


保健室に向かうと、そこには保健医の姿しか見えなかった。尋ねると、早くに試験を終えた葵は今ベッドで休んでいるのだという。

「ついさっきまで長谷部がいたから、起きてるとは思うよ」
「え?なんであの人が」
「お見舞いだって。大変だね、あんなのに執着されて」

どこか面白がるような保健医の声で気が付く。彼はおそらく美智と彰吾が葵に何をしているのか察しているのだろう。その上で、何もせず楽しんですらいる。

「先生はどうして……」
「何?」

止めてくれないのか。そう言いかけて颯斗は口を噤んだ。自分も同じだからだ。葵にとっては、見て見ぬフリをして助けてくれない存在であることは颯斗も保健医も同等。

「いえ、失礼します」

颯斗は会話を切り上げ、葵のいるベッドへと向かった。

保健医の言う通り、葵は起きてはいたものの、ベッドの中で丸まったまま布団から出ようとしない。

「具合、まだ悪いですか?」
「ううん、そうじゃなくて……ちょっと、待って」

上擦った声に、ほんのりと紅い頬。そして颯斗に剥がされまいと布団を強く握り締める手。さっきまで居たという来客が葵に何か悪戯していったのだと察しがついた。

「あぁ、えっと、その、居ないほうがいい、ですか?」

気を使って声を掛けてみたものの、葵は首を横に振ってきた。出て行ってほしいと言われたほうがよほど有り難かったのだが、颯斗は仕方なく傍に置かれた椅子に腰を下ろす。

「これ、どうしたんですか?」

こういう時には雑談でもして気をそらしたほうがいい。だから颯斗はなぜか枕元に置かれたアルミのパッケージを指差し、尋ねてみる。大方、保健医が与えたのだろう。そう思ったのだが、送り主は彰吾らしい。

「またほしい、これ」
「美味しかったんですか?」

初めて口にしたものが珍しかったのかもしれない。そんなもので良ければ、値段も大したことはないし、コンビニでいくらでも手に入る。颯斗が代わりに買ってきてやることぐらい何でもない。

でも葵がこれを求める理由は味ではなかったらしい。

「うれしかった」

相変わらず表情の変化は乏しいが、それでもこの些細な贈り物を葵が言葉通り喜んでいるのは伝わってくる。

あの上級生が葵に何をしているのかを知っている颯斗からすれば、こんなものはただ気まぐれに与えたものだと思う。そこに葵への優しさや労りなどちっとも存在しない、と。

それは被害者である葵が一番わかっているはずではないのだろうか。

そんな調子だからあの上級生たちを付け上がらせるのだと、酷い言葉を葵に投げかけたくもなってしまう。

「こんなもの、持って帰れませんよ」

葵が叱られないようにという親切心なんかではない。これは明らかに意地の悪い発言だった。自分の嫌な一面に気が付き、颯斗はすぐに後悔する。

「……うん、さよなら、する」

葵も自分の置かれた状況はよく理解はしていたようだ。悲しげに頷く葵を見て、なんでもっと優しい言葉を掛けてやれないのだろうと、そう思った。

「今度買ってきます」

颯斗が慌てて取り繕っても、葵はもう表情を和らげることなく、伏し目がちないつもの顔つきに戻ってしまった。

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