If Story

▽ side颯斗


一限の試験が終わったあと様子を覗きに行けば、葵の顔色はいくらか回復していた。それでも、保健医の勧めで今日は最後まで教室には戻らずに保健室で受験していくことになった。

思い返せば、今日は朝からいつもと違っていた。

普段の起床時間の二時間も前に颯斗の携帯に連絡をしてきたのは、馨の秘書ニコラス。彼は迎えの時間と場所が変わったことを伝えてきた。

その時は寝ぼけていてあまり理解出来ていなかったから、颯斗を乗せた車が行き着いたのが高級ホテルとして名の知れた所で随分驚かされた。

居心地の悪さを抱えながらロビーで待っていると、ニコラスに付き添われて葵はエレベーターから現れた。どうやら宿泊していたらしい。その姿は見えなかったが、葵と共にここに泊まっていた相手は馨に違いない。

ニコラスには別れ際、葵の食事状況を確認された。学校できちんと昼食を取っているか、その答えは知っていたが打ち明けられるはずもない。

戸惑う颯斗を見て、ニコラスはただ“否”と捉えたらしい。颯斗にとっては冷徹で感情の見えにくい印象の彼が、ほんの一瞬悲しげに眉を顰めたのが意外だった。

そういえばその際、彼は三日間、葵がほとんど何も口にしていないことを打ち明けてもきた。車を降りてほどなく、歩くこともままならなくなった葵を見れば、ニコラスの誇張ではなく事実だったのだろう。

三日と表現したからには、土日だけでなく金曜の試験以降から葵の身に何かあったようだ。もしかしたら馨とずっとホテルで過ごしたのかもしれない。

解答用紙に向き合いながらも、頭の中では延々と葵のことを考えてしまう。ちっとも集中出来なかった。

ロビーがあれだけ豪華だったのだからきっと客室も優雅な内装をしているはず。その室内に置かれた広いベッドで父親に抱かれる葵の姿。全ては颯斗の思い過ごしかもしれないが、一度描いてしまった淫らな光景が頭から離れない。

「じゃあな、颯斗」
「……あぁ、また」

今日の全ての試験が終わり、友人達に声を掛けられてようやく颯斗は現実に戻ることができた。中学からの友人とは未だ交流はあるものの、日に日に距離が開いていくのを実感している。

当然だ。颯斗は葵の傍に居なくてはならない。登校も下校も一緒。葵を自宅に送り届けてから、彼らの遊びに混ざることもあるけれど、颯斗の分からない話題やノリが増えていって虚しい気分にもなる。

今だって、彼らはこれから共に昼食を食べながら試験勉強をしに行くのだという。颯斗はもう誘われもしない。

颯斗の特殊な状況を彼らは理解しようとはしてくれる。憐れんでもくれる。意地悪をされているわけでも、故意に仲間はずれにされているわけでもない。だからこそ、颯斗を落ち込ませる。これはどうしようもないことなのだ、と。

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