If Story

▽ 4


食事を終えて、共にエレベーターでロビーには降りるが、柾とはそこでお別れだ。葵の肩を抱いて足を止めれば、違和感に気付いた柾がこちらを振り返る。

「では、私たちは今夜ここに泊まりますので」
「……正気か?」
「ええ。久しぶりの外食で疲れたようですし、少しでも早く休ませてやりたいので」

既に部屋は押さえている。その事実を告げれば、彼はこめかみに筋が立つほど苛立ったようだ。

親子で同じ部屋に泊まることぐらい何ら問題ない。だから馨は堂々と宣言したのだが、二人の関係を知っている父は、今夜行われることを勝手に予想して怒り出したのだろう。

だがここは格式高い場所。公衆の面前で騒ぎ立てるような無様な真似をするほど、彼は冷静さを失う男ではない。柾は馨をきつく睨みつけ、そしてお付きの者と共にエントランスを出て行った。

「お部屋は51階です」

柾の姿が見えなくなると、傍にいた馨の秘書がカードキーを手渡してきた。食事の場に付き合わせなかった彼には部屋の手配と、宿泊の準備をさせていたのだ。

「それでは明日10時にお迎えに上がります」
「……チェックアウトできるかな?」

明日は土曜日。さらにもう一泊したとて、葵の生活に支障はでない。だから馨が悪戯っぽく問いかけてみれば、秘書はそれも心得ていたようだ。二日分の着替えを用意してあると告げてきた。

気の利いた答えに満足した馨は、まだ展開が読めていない様子の葵の手を引いて、降りたばかりのエレベーターに乗り直す。

「そういえば、お泊まりするのは少し久しぶりだね」

ガラス張りのエレベーターから見える夜景に興味がある様子の葵を後ろから抱き締め囁くと、こくりと頷きが返ってきた。

まとまった休みが取れれば、二人で旅行に出掛けることはあった。けれど帰国してからは、馨がそれなりに仕事に忙殺されていたせいで、こんな過ごし方をするのは初めてだ。

「柾との食事はつまらなかったけど、たまにはこういうのもいいね」

他に乗客がいないとはいえ、家以外の場所で触れ合うのはそれなりに緊張するらしい。頬に口付けてやると、葵は大袈裟なくらい肩を跳ねさせた。こんな風に可愛らしい反応を見せられたら、やはり一刻も早く食べてしまいたくなる。

目的の部屋にカードキーをかざし、ロックが解錠される電子音が響くまでのわずかな時間すらもどかしい。

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