If Story

▽ 3


「それなら葵にいずれ嫁を貰わせるしかない。どちらか選べ」

例え紙の上でも葵を誰かと結びつけるなんて、馨自身の再婚よりももっと有り得ない。それに、だ。

「葵に女は抱けませんよ。そういう体に育てましたから」
「言葉を慎め」

沈黙を貫いてはいるもののこの場にはギャルソンが常に控えている。当然会話の内容も彼の耳に入っているだろう。柾は馨と葵の関係が表沙汰になることを懸念しているが、馨にとってはどうでもいいこと。

だから素知らぬフリをして、ナイフで切り分けた赤身の肉を口に運ぶ。

「いくつか目星は付けている。いずれ引き合わせるつもりだ。だが、いくら藤沢の名があるとはいえ、これでは向こうから断られる」

どうやら柾は葵の結婚相手探しに随分前のめりらしい。馨の結婚は過ちだったとでも考えているのだろう。もう失敗は許されない、そんな気迫を感じさせる。葵本人にも宣言するためにこうして食事の場を設けたようだ。

自慢の息子をこれ、と表されるのは気分が悪い。だが確かに、まともに会話もできず、容姿だけでなく中身も文字通りお人形のような葵は、結婚相手として見限られることが十分に有り得る。馨にとっては何も困らないが、藤沢家直系の血筋を守るために、柾が躍起になるのも無理はない。

「まずは十六になるまでに表に出せるようにする。これは絶対だ」
「十六になるまで?もしかして、葵の誕生日会でも開くつもりですか?」
「あぁ、ちょうどいい機会だろう」

藤沢家と縁のある面子を揃え、葵を跡取りとして披露する段取りなど、馨は何も聞かされていなかった。もちろんそんな計画に従う気はさらさらない。だからこそ馨の耳に入れなかったのだろうが、不愉快だ。

「誕生日は葵と二人で過ごしますので。ちょうど学校も夏休みですし、涼しいところに旅行にでも行こうかと」
「そんな言い分が通ると思うのか?」
「通るか通らないかなんて知りませんよ。もう何年も前から、十六を迎える過ごし方は決めているんです。邪魔はしないでください」

親の命令を“邪魔”と跳ね除けると、柾の表情はいよいよ険しくなった。いつもしかめ面なせいで眉間に深く刻まれた皺が際立つ。どうしても血の繋がりを感じさせる柾の顔を見ながら、ああいう年の重ね方はしたくないものだと馨は心の中でぼやいた。

馨と会話しても埒が明かないと判断したのか、柾は再び葵に向き合い始めた。学内での人とのコミュニケーションを増やすことを命じたり、表舞台での立ち居振る舞いを指導する機会を今後設けると提案したり。馨に許可なく勝手なことばかりを並べ立てる。

葵もそれが馨の意志に反することだと分かっているからか、困ったように柾と馨の顔を見比べては曖昧に頷くことしか出来ないようだった。

結局、葵はほとんど料理に手を付けられないまま最後のデザートが運ばれてきた。飲み物すらロクに口を付けられなかったらしい。

「葵、もうお爺様のことは気にしなくていいから。食べていいよ」

慣れない環境に置かれてすっかり疲れた様子の葵が哀れだ。フランボワーズのソースが掛かった可愛らしい色のムースは、きっと葵の口にも合うだろう。だから食べるよう促せば、興味深そうに皿を見つめていた葵の表情が和らいだ。

スプーンで掬われたムースがゆっくりと葵の唇に収まる。馨にとってはその桃色の唇のほうがよほど美味しそうに見えた。

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