If Story

▽ 2


馨一人で入浴を済ませ、戻ってきてもまだ葵はペンを握っていた。時折悩むような仕草をして、答えに辿り着けば嬉しそうに口元を少し綻ばせる。

普段はあまり目にすることのない葵の表情の変化を、馨はカウチソファに体を預け、使用人が注いだワインを口に運びながらジッと見つめていた。

経験させたことのない学校生活に、葵はすぐに音を上げると馨はそう踏んでいた。ずっと部屋に閉じ込め、極力外部との接触をさせてこなかった葵がやっていけるはずがない。やはり馨が用意した鳥籠の中で暮らしたいと、そんなことを葵から求めてくるかもしれないとさえ考えていた。

けれど、時折体調は崩しつつも、案外葵は前向きに学校に通っているらしい。面白くはない。

「追試や補習に引っ掛からなければいいよ」

馨との時間が制限されることがない程度の成績が保てればそれでいい。だからそう声を掛ければ、葵はペンを動かす手を止め、そしておずおずと立ち上がってこちらにやってきた。聡い葵は、馨の機嫌が降下していることに気が付いたのだろう。その原因が自分にあることも。

馨の機嫌をとりにきた葵を、両手を広げて迎え入れてやる。

「葵に必要なのはパパだけ。それでいいからね」

膝の上に横抱きの形で導き、そう言い聞かせる。

葵にはアメリカに渡る前に全てを失わせた。母親も弟も、隣に住んでいた幼馴染の兄弟も。葵の面倒を見させていた使用人だけはしばらく傍に置いていたが、馨が葵に施す調教に苦言を呈し始めてからは遠ざけた。

そうして馨以外の全てを葵の周りから排除してやったのだ。

やむを得ず付き添わせている少年も、葵の心に入ることは許さない。幸い、颯斗のほうも葵に特段の興味がないのか、嫌々送り迎えに付き合っている様子だから馨は安心していた。

これだけ美しく育てた葵に興味を持たれないのも、それはそれで癪ではあるのだが、下手に手を出されるよりはずっといい。

「葵は誰のもの?」
「……パパの、もの」

馨の前では余計な言葉を発しない葵も、この問い掛けにはきちんと言葉を紡いでくれる。何度も繰り返したやりとり。けれど、何度誓わせても足りない。

「そうだね。パパだけのものだ」

強い言葉で言い直せば、葵の瞳が少しだけ揺らぎをみせた。本当ならこの蜂蜜のような色をした瞳に映るのも、馨だけでいい。他のものなど何一つ映したくない。

「……んっ」

葵の背中を支える手を脇腹に滑らせ、そして胸元をくすぐってやるとすぐに愛らしい吐息が漏れる。パジャマのコットン生地が肌に擦れる感覚すらこの子を鳴かせてしまう。

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