03


「誰……」
 居間に辿り着く前に最初の一人に出会った。
 目は前髪で隠れ、白飯の入った茶碗を片手に持った長身の男。黒髪だが、前髪の左側が赤く染められていてはじめにそこに目が行ってしまう。
「ああ、シグラ。丁度良かった。この子、今日からここに住むことになりましたので。是非仲良くしてくださいね」
 イヅチは少年の肩に手を置いてシグラと呼ばれた男に笑いかける。
「わかった、名前は?」
 目が隠れているため、彼がどんな表情をしているのか一切わからない。
「名前……そういえば分からないですね。この子、記憶喪失で言葉も分からなくなってるみたいなんですよ」
「え……じゃあ、イヅチさんが、命名、すればいい」
 途切れ途切れに言葉を発することはどうやら癖のようだ。
「そうですねえ。では、『アオギ』なんてどうでしょう? 青い布かぶってますし。あ、そうだ、着替えもしないといけないですね。このままだとあまりにもみすぼらしいです」
 拾われた時から今まで、マントのような濃い青の厚手の布を羽織ったままでいた少年に、イヅチは何か着せるものはないかと自分の持っている服を思い出しながら考え込んだ。
「アオギ……俺、シグラ。よろしく」
 黙り込んだイヅチの横で、アオギの目の高さまで屈んだシグラは無表情のまま挨拶をする。
 けれどアオギは素早くイヅチの後ろに隠れると、そこからそっと顔を出しシグラを睨みつけ威嚇した。
「イヅチさん、アオギ、睨む。俺、嫌われた」
 睨むアオギから顔を背け立ち上がると、シグラはしょぼんとしたまま持っていた白飯を箸ですくって口に運ぶ。
「違いますよ。この子はちょっと警戒心が強いみたいで。なかなか時間がかかるかもしれないですね。それよりシグラ、食べるならちゃんと座って食べなさいね。では私はちょっとアオギに着せる服を探してきます」
 その言葉にこくりと頷くと、シグラは目の前の和室に入って行った。

「これなんてどうでしょうか?」
 自身の部屋へとアオギを連れてくると、イヅチは箪笥の中身を次々と引っ張り出す。
 けれどアオギはイヅチに服を見せられてもピクリとも反応を見せず、押し黙ったままその作業を眺めているだけだった。
「ふう……。どうやら特に好みもないらしいですね。私の服では大きすぎるのは改めて分かりましたし。どうしたものか」
 顎に手を当てて考え込んだイヅチは、しばらくすると名案が浮かんだらしく、笑顔でアオギの手を引っ張ると、部屋を後にした。
 そして次に入った部屋はベッド2つと机2つだけの、とてもシンプルな部屋。それぞれ2つずつあるということは2人で使っている部屋だと見て取れるけれど、そこには誰もいない。
「ちょっと失礼しますよ、キリカ、セリカ」
 そういうと、部屋の主らしい人物の名前を告げて一直線に押入れに向かっていくイヅチ。
「ほーら、ありました! これならアオギにも入るでしょう」
 押入れの中にある3段の引き出しを漁り取り出したのは、無地の黒いTシャツと迷彩柄の半ズボン、そして下着。
「さすがに今履いている下着では不衛生なので、それは洗っておきますから代わりにこれを履いていてください。少し大きいかもしれませんが」
 どうやらこの部屋の主はアオギと背格好が近い者のようだ。といっても少しばかり大きいようではあるけれど。
「まずはお風呂からですね。案内しますから、こちらへ」
 そう言って、言葉を理解していないアオギに変わらず話しかけるイヅチはやっぱりアオギの手を引っ張っていく。まるで自分の子のように。
「ここがお風呂場ですよ。さ、お風呂から上がったら、これで体を拭いて、これを着てくださいね。私は台所のほうにいますから」
 手に持っていた洋服一式をカゴの中に収めると、イヅチは風呂場のドアを閉めて出て行ってしまった。
 取り残されたアオギは首を傾げ、渡されたタオルを手に持って突っ立っているしかなかった。

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