たいしたもんだ、君の度胸
ちょっと一区切り。
朝は忙しい。素早く支度を済ませ、食堂へと向かう。そんな忙しい時間にポケギアが音をたてた。着信音。瞬時に理解し、表示も見ずに電話ボタンを押した。
「よっ、レイム!」
苛つくほど爽やかな声に私は硬直。次の瞬間には電話を切っていた。夢であると信じたい。しかしそんな私の願いは通じなかった。
数秒後、再び電話が掛かってきたので嫌々通話ボタンを押す。
「もしもし」
「酷いじゃないか。電話を切るなんて」
「ごめん。手が勝手に動いて」
「…まぁ、それはいいとして。今日は暇かい?」
「んな訳あるか。アンタと違って私は忙しいんだって」
「…兄ちゃんに向かってアンタは感心しないな」
「うっさい。とにかく暇じゃないから」
「そこをなんとか。半休とってよ」
「無理」
キッパリと言い切ると電話の相手――兄さんはふて腐れた。絶対ふて腐れたに決まってる。
「レイム。兄ちゃんはな、久しぶりにお前と話がしたいんだ」
「私はしたくないんだけどね」
「…午後1時に自然公園で待っているからな!」
「はぁ!?ちょ、待って……」
ぶちっ。
通話を一方的に切られてしまった。慌てて兄さんに電話を掛けるが出てくれなかった。
…あんのバカ兄貴ぃぃぃ!!
「楽しそうですね、レイム」
「…不法侵入ですか、ランスさん」
いつの間にか人の部屋に勝手に入り、壁に寄り掛かっているランスさんに怒る気力も起こらない。
「話し相手は?」
「……兄さんですよ」
この人、絶対分かっていて聞いてるよね。表情が今の状況を面白がっているっていう表情だし。
「貴方の兄ですか」
「そうですよ。…ランスさん、半休貰えます?」
「それは貴方次第ですよ」
くつくつと楽しそうに笑うランスさん。
いいよね、笑えて。私はちっとも笑えないんですけど。
「仕事はたくさんあります。早くしないと終われませんよ」
そう言葉を残すとランスさんは部屋から出ていった。
ぱたん、と閉まるドアの音と同時に私はその場に倒れたのであった。…誰か、胃薬をください。
ぽかぽか陽気の午後。
こんな日は絶好のお昼寝日和だ。あー眠いわぁ…
「歩きながら眠らないでくださいよ」
ガッ!と思いっきり足を踏まれ、思わず悲鳴を上げた。
公園内の人たちが何事かとこちらを見たが、そんなことよりも足の方が痛かった。
「痛いぃぃぃ!!何するんですか、貴方はっ!?」
「おや失礼。足が勝手に動いてしまいまして」
ふっ、と鼻で笑うランスさんに殺意が芽生える。
そもそも、なんでこの人まで着いてきているんだ。
「ランスさん、帰ってくださいよ」
「貴方はいつから私に命令が出来るほど偉くなったのですか?」
「うっ…た、確かに。で、でも、兄さんと会ったって意味がないじゃないですか」
「そんなことはありませんよ。貴方をからかうネタが出来ます」
ふふっ、と怪しく微笑むランスさんに私は素早く目を背け、辺りを見回す。
昼間ということもあり、自然公園には子供たちや大人たちがたくさんいる。
「えーっと」
きょろきょろと見回し――見つけた。いや、見つけてしまった。
この場には不似合いな格好。あぁ、一発で分かっちゃう自分が嫌になる…
「あの人ですか」
隣に立っているランスさんが目を細めてベンチに座っている兄さんを見る。
「……ぷっ」
あ、小さく吹き出した。
ですよねーうん、すごく分かる。
「さすが貴方の兄ですね。アホでバカだ」
口元を抑えながらランスさんが言うのを聞き、複雑な心境になる。
「あんなの兄じゃないですっ」
「可哀想ですよ」
「ニヤニヤしながら言うことじゃないですよね」
しかし、その格好はないだろう。
こう、なんというか…フスベシティでならその格好はいいと思うよ。けどね、子供たちで溢れる自然公園でだと変質者に見えるのは私だけではあるまい(だって、近くを通る大人たちのあの目!)。
「…帰りたいです」
「おや、どこへ行くのですか」
くるっと背を向けるとランスさんに手を引かれた。仕方がなくランスさんと向き合うと…
「せっかくここまで来たというのに」
耳元で囁かれる。
な、ななな…っ!?
なんで耳元で言うの!
「ラ、ランスさん!」
「顔が真っ赤ですよ」
「う、うるさいですっ!そっそもそもランスさんがわる…」
言い終わる前にどん、と軽い衝撃。
…へ?なんで…
見るとランスさんがうんざりとした表情で私の肩を後ろへと押したのだ。
軽い衝撃だったけど地面に尻餅をつくのには十分で。
勢いよく尻餅をついたのと同時に鈍い衝撃。
顔をしかめ、ぽつりと何かを呟いたランスさんを見上げる。
「まったく…」
被っている帽子を抑えながらすっ、としゃがむ。
その直後。
――眩い閃光が頭上を通過していった。
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