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……
…はい?
私の頭は混乱していた。
と、とりあえず深呼吸だ。すーはー、すーはー…よし、大丈夫。
ここはどこ?自然公園です。では、なんで破壊光線が頭上を過ぎて後ろにあったベンチを粉々にした?
いや、なんでこちらに向かってきた。
考えられる理由はいろいろとあるが、とりあえずランスさんにお礼を言うべきだろう、と脳が結論を導き出した。
「ランスさん、ありがとうございました」
けれどランスさんは何も答えずにすくっ、と立ち上がった。
帽子を抑えながら後ろを見るランスさん。
その目がいつもよりも冷たさを帯びていて、思わずすくんでしまった。
「…なかなか短気な方なんですね」
無機質な声。
そこには何も感情がこもっていなかった。
咄嗟にランスさんが誰のことを言っているのか分からなかったが、体を動かして視線の先を見て分かった。
「妹が目の前でちょっかいを出されていて黙って見ていると思うかい?」
朝方に聞いた声を耳が捉える。
相棒のカイリューをボールに戻し、マントを靡かせてこちらへと歩いてくる人に私は頭を抱えた。
「非常識ですね」
懐から出したモンスターボールを宙に投げ、キャッチするランスさん。…ま、まさか。
「売られた喧嘩は買う主義なのですよ、私」
いやいやいや。
落ち着けって!こんな民間の場所でポケモンバトル!?って、よく見たら他にもやっている人たちがいた。…と、ちっがーう!
「ランスさん、落ち着いてくださいよ!」
慌てて立ち上がって、ランスさんの腕をくいくいと引っ張る。
このままではまずい。いくらランスさんが幹部とはいえ、うちの兄さんには勝てないだろう。
だって…――
「そうか。なら遠慮はいらないよな」
「ちょっと、2人とも!」
「レイム。そこから離れてくれないか」
すっ、と片手を上げる兄さんの手にはボール。
カチッ、とボールが開く音がし、現れたカイリューは地面へと降り立った。
「カイリュー」
兄さんの声にカイリューは一声鳴く。そして光が収縮されていく光景を見ながら私は息をついた。
相変わらず人に向かって技を使うんだから…っ!
慌ててランスさんを見るとなぜか楽しそうな表情をしている。なんでだ。
「ランスさん?」
「ロケット団幹部を嘗めては困りますよ」
ふふふ、と怪しく笑うランスさん。な、なんでそんなに余裕なんですか!?
光が限界まで集まる。ぎゃあああっ!死ぬっ…
「頃合いですね」
ぱちんっ、と指を弾く音に瞑っていた目を開ける。
「マタドガス、煙幕」
愉快そうにランスさんが言った直後、黒煙が辺りを包んだ。
「やはり兄妹揃ってバカなのですね」
茜色に染まった道を歩きながらランスさんは話しかけてきた。
あのあと、騒ぎを聞き付けた警備の人たちが駆けつけてきて(当然だろーなぁ)逃げ回っていたのだ。
…兄さんはどうしたのかなぁ。
まぁ、元は兄さんが吹っ掛けてきたことだ。事情聴取も自業自得である。
「私はあんな人を兄だなんて認めません!」
「戸籍はどうあがこうが兄妹ですよ」
「…うわーんっ、ランスさんが苛めるっ!」
メソメソ、と顔を手で覆うがランスさんから言葉は返ってこなかった。
仕方がなく、泣くフリをやめて少し先を歩くランスさんの隣に並ぶ。
「レイム」
前を歩きながらランスさんは話しかけてくる。
なんですか、と返すと少しの間があった。
「あの時、逃げ出すチャンスだったのですよ」
あの時、と聞いて首をかしげたが、すぐに兄さんに言われた言葉のことだと気づく。
確かに、あの時は逃げ出すチャンスだったのかもしれない。
けれど不思議なもので、そういう選択肢はなかった。ランスさんも一緒に逃げなきゃ、って考えていた。
今思うと絶好のチャンスだったんだなぁ。
――けど。
「確かに絶好のチャンスでしたよね」
「本当ですよ。明日から貴方を見ることがなくなり、快適な日々を過ごせたかもしれないと思うと惜しいことをしたと思います」
「ひ、酷い…」
そ、そこまで言うか…
いくらなんでも酷い。
と、しょげる私の頭にぽん、と温かい手が乗せられた。
「顔をあげてはなりませんよ」
「へ?…はぁ、分かりました」
「今から言う質問に答えなさい」
私たちは立ち止まる。
はい、と返事を返すとランスさんは静かに言った。
「今なら引き返せます。道は2つ。我々と行くか、それとも故郷に帰るか。どちらかを選びなさい」
静かに告げられた言葉に私は頭を上げようとするが力をかけられて上げれなかった。
道は2つ。
なんで今聞くのだろう。遅すぎる。今の私の答えなんか、決まっている。
「私はランスさんの部下ですよ」
頭に乗っていた手をそっと退け、ランスさんを見る。相変わらず何を考えているのか分からない目だ。
道具だろうと構わない。もう決めてしまったから。この人に付いていくって。
じっとランスさんを見つめると、ランスさんはやれやれとため息をついた。
「後悔はしませんね」
「もちろんですよ。私、頑固者ですから!」
「使い方が違いますよ。貴方はまず言語力をつけた方が良いのでは」
「そ、そこまで言うんですか…」
再びしょげるとランスさんはふっ、と笑って歩き出した。
慌てて後を追いかける。
「ランスさん!」
ギュッと腕に抱きつくとランスさんは一瞬狼狽えた。その反応に思わずにやけるとガン!ゲンコツが降ってきた。
「い、痛い!」
「急に何をしてくるのですか、貴方は」
「いいじゃないですか!それよりも、見てください!夕焼けが綺麗ですよ!」
「…えぇ、まるでトマトケチャップをぶちまけた感じですね」
「…その発想はなかったです」
「これが固定概念に捕らわれる愚かな貴方と斬新なアイディアを生み出す私との差ですよ」
「すごく上から目線ですね、それ!?てか、愚かとか酷いですよ!」
「お黙りなさい。そして私から離れなさい。重たくて仕方がない」
「お、女の子に向かってそれはないですよっ…!」
いつも通りの会話。
夕日を浴びながら私たちはアジトへと歩き出した。
たいしたもんだ、君の度胸
(まさか我々以外に技を人間に使う人がいるとは)(相変わらず兄さんってば容赦しないよなぁ…だからチャンピオンになれたのか)