ゆがみをただして


彼は目を離すとすぐに消えている。
昨日の夜にはいたのに、朝になるといなくなっているのだ。
私の本が山積みになっているテーブルの上には二つ折りにされてある紙。それに目を通し、近くに置いてあるゴミ箱に投げ入れた。
毎回書いてあることは同じだ。

「ちょっと出掛けてくる」

たったそれだけだ。
どこに行っているのか知らない。…いや、検討はなんとなくついている。彼は先日四天王をやめた。それから察することは出来る…けれど、あくまで予想だ。彼から聞いたわけではない。――聞いても答えてくれないのだから。それでもしつこく聞いていたが、最近は聞くのをやめた。うるさいと思われたくなかったというのが理由だ。
彼との会話も少なくなってきている。というか「お帰り」しか言っていない気がする。

同居を初めて約1年――そろそろ潮時なのかな。
バッグに洋服や本を詰め込んでいく。
先に好きだと言ったのはどっちだっけ。あれ、私だっけな。まぁ、どっちでもいいや。

よっ、と小さな掛け声をかけてバッグを肩にかけ、家の中をぐるりと見回した。慣れ親しんだ彼の家ともこれでお別れだ。

1歩前へ出る。
あまり入れていないはずのバッグがやけに重く感じた。



私の故郷の名はエンジュシティ。秋になると紅葉がとても綺麗な街だ。また数々の神話が残る街でもある。
久しぶりに帰ってきた。

「ただいまー」

そう言って家の中へと入る。が、返ってくる言葉は無い。元から承知だ。この家に住んでいるのは私だけなのだから。
リビングに行き、置いてあるソファの上にバッグを放り投げ、自身もソファに座る。
……少し埃っぽい。最近は帰ってきていなかったからなぁ。掃除も勿論していないわけだ。
ちょうど天気もいいし…掃除でもやるか。
やっていれば少しは気も晴らせるだろうし。



天気というものは突然変わるものである。

「さっきの晴れが嘘みたい」

窓の外を見て私はため息を洩らした。
その間にも水滴がガラスを濡らしていく。
視線をはずし、壁に掛けてある時計を見た。時刻は午後8時。
…そろそろ彼は自分の家に帰ってきただろうか。まだかな。遅いときは日付を跨ぎそうな時もあるし。
そこまで考えて私は自分を嘲笑った。どうしてそんなことを考えるのだろう。
もう関係ないのに。私はあの人の元を去ったのだ。
関係ない、関係ない。なのに気がつくと彼のことを考えている。
長年想ってきた心は簡単には消えやしないということか。

埃っぽくなくなったソファの上に腰を下ろし、ぼんやりとする。
今日は何の番組をやっていたっけ。最近はテレビなんてつけていなかったからなぁ。ずっとポケギアのラジオだったっけ。
あ、読みかけの本があるな。どこまで読んだっけ…――

――ピンポーン

思考を停止させる音が家の中に響いた。
この音はチャイムだ。こんな時間に一体誰が…

玄関に急いで行き、

「はい、どなたですか」

ドアを開ける。
すると――

「よかった…ここに、いたんだな」

ずぶ濡れになりながら立っている彼がいた。












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