サイレントサイレン(生物委員会)











それは三年生合同の実技の授業が終わって、ペアを組んでいた藤内と帰りかけた時だった。
飼育小屋のそばに、しゃがみこんでいる人影がある。


「一平?」


声をかけると、小さな背中がびくんと跳ねた。


「い、伊賀崎先輩…」


一平が恐る恐るといった表情で、ぎこちなく振り返る。その足元に…割れた小さな壺が見えた。

ギクリと、表情が強張ったのを自覚する。


「…逃げたのか」


思ったより冷たい声が出てしまい、途端に一平の瞳から涙が溢れ出して、ごめんなさいと声を上げて泣き出した。
チラリと割れた壺を見やる。

逃げたのは…毒アリか


「藤内…悪いけど、竹谷先輩呼んできて」

「あ、うん。分かった」


藤内が駆け出すと、一平の涙を拭いながら問うた。


「大丈夫か。どこも噛まれてないな?」


しゃくりあげながら頷いたのを見て、とりあえずホッとする。
そして膝を折って一平と目線を合わせた。


「一平…いつも言ってるだろう。毒虫が逃げたら、絶対一人で捕まえようとしちゃダメだ。すぐに僕か竹谷先輩を呼べって」


一平が俯いたのを見て、溜め息をつく。


「あのな。もしもお前が噛まれて大事になったら、責任とるのは竹谷先輩なんだぞ」

「!」

「毒虫が逃げた時、たまに久々知先輩か尾浜先輩が捕まえるの手伝ってくれるだろ。どういう時か分かるか?」


一平がきょとんとして、ふるふると首を横に振る。
今まで竹谷先輩が、久々知先輩や尾浜先輩を連れてくることがたまにあった。
一年生は気まぐれの好意ぐらいにしか思っていないのだろうが…


「もし万が一の事があった時、冷静な判断と適切な処置が出来ないと自覚するくらい、竹谷先輩が疲れてる時だ」

「え…」


一平が目を見開いたのを見て、たいてい五年ろ組が野外実習から帰ってきた日だな、と付け加えた。
一平の目を真っ直ぐに捉えて、真剣な目を向ける。


「いいか。生物委員会は学園で唯一、命の危険がある委員会だ」


生物委員会では、毒虫はもちろん、狼など獰猛な生き物だって飼育しているのだ。
責任者である竹谷先輩は、常にあらゆる事態を想定し、下級生を守らなくてはならない。よく解毒の教本を読んでいるし、善法寺先輩に噛み傷の応急処置のレクチャーを受けている姿も見かける。

危険がある委員会だから、少しでも自分に不安があるのなら、六年生だろうと先生だろうと引っ張ってくるだろう。

だから久々知先輩も尾浜先輩も、いつだって嫌な顔一つせずに来てくれるのだ。
何かあった時、竹谷先輩をフォローするために。


「なぁ一平。僕らのために、こんなに頑張ってくれてる先輩たちを…悲しませちゃダメだろう?」












そうだったんだ。全然知らなかった。

竹谷先輩がそんなに頑張ってくれているのに、僕は自分が毒アリを逃がしてしまったことしか考えてなくて…

丁度その時、竹谷先輩がやって来るのが見えた。三治郎と虎若と孫次郎もいる。


「今の話、虎若たちに言うなよ。お前も知らないふりしてるんだ。竹谷先輩が久々知先輩たち連れてきにくくなる」


ボソッと呟いて、伊賀崎先輩が立ち上がる気配がした。
伊賀崎先輩はいつから知ってたんだろう。
久々知先輩や尾浜先輩が来てくれた時も、竹谷先輩を心配するような素振りは全然見せなかったのに。


「すまん、遅くなった!どこも噛まれてないな?」


伊賀崎先輩と同じことを聞かれた。

そういえば、伊賀崎先輩も逃げた毒虫より先に、僕のこと心配してくれてたっけ


「…なんだよ」


伊賀崎先輩を見上げると、僕の考えてることが分かったのか、そっぽを向かれてしまった。




「伊賀崎先輩」






僕は






「生物委員会で良かったです」













隣で先輩が笑った気がした























【番外編】





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タイトルはtalking×bird様からお借りしています。




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