羊たちに鎮魂歌(兵+金)
・一は→六年
学園に、曲者が侵入した。
その報せはすぐさま広がり、は組にも伝わった。
「だから学園の警備が強化されてるのかぁ…」
「曲者って…雑渡さん?」
「いや、違うらしい」
誰にしろ、小松田の追跡を振り切ったのだから凄腕なのは確かだろう。
「委員会も停止、各自身辺注意か……今日は百mダッシュを五百本ほどしようと思ってたんだがな」
さほど残念なそうな様子もなく、金吾が立ち上がった。
「後輩の魂抜かないでよ、体育委員長。…どこ行くの?」
乱太郎が苦笑いで尋ねる。
「きり丸と兵太夫のとこ。あいつら、まだ知らないだろ」
教室にいない二人の名を告げると、乱太郎は人好きのする笑顔を見せた。
「よろしく。気をつけて」
「…気をつけるのは、曲者に対してか?」
その問いに、乱太郎はふふっと笑っただけだった。
***
金吾が長屋の廊下を歩いていると、ふいに物凄い轟音と悲鳴が響き渡った。
とっさに身構えて辺りを見回し、長屋の戸が一つだけ開いているのに気が付く。
さっきの轟音と悲鳴が聞こえたのも、恐らくこの部屋だ。
…誰の部屋か、確かめるまでもない。
金吾は溜め息をつくと、その部屋に足を向けた。
「兵太夫?今なんか凄い音が…って、なんだその格好」
金吾が顔を出すと、女物の着物を身に纏った兵太夫が振り返った。
「きり丸のアルバイト手伝って、帰ってきたとこなんだよ。まったく…なんで女装なんか」
「そりゃ、は組じゃきり丸と兵太夫が一番似合うからだろ」
立花先輩みたいだ、と金吾が笑って柱にもたれ掛かった。
「あ…、金吾危な」
ヒュンッ
スパンッ
壁から飛び出した針を、金吾が隠し持っていた忍刀でいとも簡単に切り落とした。
「…ちょっと、飛んできたもの何でも切るなよな。弁償だよ?」
床に落ちた針の残骸を拾いながら、兵太夫が眉間に皺を寄せながら文句をたれる。
「あ、悪い……俺のせいか!?」
今や兵太夫と三次郎の部屋は、一年の頃が可愛く思えるぐらい、罠の巣窟と化している。
よっぽどの理由が無い限り、は組は誰も入らない。
「入っていいよ。カラクリ解除したから」
兵太夫の言葉に、金吾はゆっくり慎重に足を踏み出した。
「あーあー、気絶してら」
曲者が落ちたらしい、床に開いた穴を覗き込んで、やれやれ溜め息をつく。
「ていうか、この人誰?」
「曲者。丁度お前ときり丸に知らせに来たんだがな。遅かった」
兵太夫は、ふーんと興味なさ気に押し入れから忍装束を引っ張り出した。
「…お前、幻術使ったのか?」
その言葉に兵太夫がピタリと動きを止め、金吾を見やる。にぃっと赤い唇の端を吊り上げ、妖艶な笑みを浮かべたかと思った瞬間、兵太夫の漆黒の瞳が目の前にあった。
「使ったけど…?それが、何?僕が幻術使っちゃダメだった?」
細い指が金吾の頬を撫でる。
「………っ…」
学園一の幻術の使い手の瞳に吸い込まれそうになる感覚を覚え、金吾は無理矢理兵太夫を押しのけた。
「…馬鹿、やめろ。この部屋に入った曲者の不運に同情しただけだよ」
お前が女装してるときの幻術はタチ悪いからな
思わず出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。後が怖すぎる。
なに言ってんの、と兵太夫が頬を膨らませた。
「金吾の部屋でも同じことだろ。ぼこぼこにするくせに」
「………まぁ、な」
ふふ、と笑うと兵太夫は素直に離れて手ぬぐいで化粧を落とし始めた。
「ねぇ金吾。すぐ着替えるからさ、ご飯一緒に食べない?」
打って変わって無邪気に笑った兵太夫を見て、金吾の脳裡にいつか聞いた言葉が思い浮かんだ。
『兵太夫は、末恐ろしいよね』
「…まったくですよ、綾部先輩」
「え?」
「なんでもない。先生に報告の方が先だろ?行くぞ」
「あっ、ちょっと待ってよ金吾!」
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タイトルはtalking×bird様からお借りしています。
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