#5 物語が終わるその前に
#5 物語が終わるその前に
ティーチの行方の手がかりを掴み、俺はグランドラインをストライカーで疾走する。天候は良好、これ以上悪くなることはないだろう。
でも、何故か、嵐の前の静けさを感じた。
ログが指し示す次の島のその次が、ティーチが数日後にいるだろう島だ。次の島で何とかログポースを短縮させる方法を採らないとティーチに追い付けない。
降り立った島は何もなかった。町の面影は未だに残っているが、災害が通り過ぎたかのように荒れていた。前の島で聞いた情報では穏やかな町があると聞いていたが、違った。
壊れた船があるだけの港にストライカーを繋いで、町の入り口に向かった。門には「ようこそ、カロールへ」という看板が鎖ひとつでぶら下がっているだけであった。
風に揺れるのを見上げて、物寂しさを感じた。
ログがどのぐらいで溜まるかは分からない。でも、気は進まないけど、家捜しすれば記録なり、置き去りにされたログポースも見つかるかもしれないなあ。
「その前に、腹ごしらえするか・・・・・・」
災害が通ったと思ったが、これは人災だ。穏やかな町を誰かが襲ったのだ。
レストランに目星を付けて、中に入ると人の気配がした。店のテーブルに座っている1人の女。
「トキ・・・・・・」
「・・・・・・エース」
荒れた店に不釣り合いに作られたトキの茶席。モビーの甲板で見慣れた食器でお茶を飲み、スコーンを食べている姿。
最後に見たときよりも遙かに顔色が悪く、頬を少し痩せていた。
「どうして、追ってきたの?」
酷く泣き出しそうな顔をして迎えたトキの傍にまだ壊れていない椅子を引きずってきて、座った。
スコーンに手を伸ばして、食べるとほのかに甘かった。
「泣くなよ、トキ」
「・・・・・・」
じわり、と涙を浮かべたトキだけれど、俺が泣くなよ、というと目をごしごしと拭って、いつもの感情がなーんにもない目を向けてきた。
「お帰りくださいませ。ここでエースはモビー・ディック号にお帰りください。ティーチを追いかけてきたことに関しましては、わたくしを追ってきてしまわれたということにして、何も言いません」
「もう、ここまで来たら後に引けねえよ」
「引けない、ではなく引くべきです。まだ貴方は死ぬべき御人ではありません」
見つめ合いが続く。ガラス玉のような瞳は真っ黒で吸い込まれるのに、何も見えない暗闇を感じさせるものがあった。泣いている顔やちょっと笑っている顔は見たことは既視感を覚えるのに、どうしてもこの瞳は異質なものに感じる。
「では、こうしましょう」
ガラス玉のまま、口元だけを笑わせて、人差し指を口元に持ってくる。まるで内緒話をするかのように。
「貴方のご兄弟の居場所について教えて差し上げます。正確な場所は分かりませんが所属はわかるので、ティーチを追うのと同じくらいの時間がかかるでしょう」
「ルフィなら最近会った」
「いいえ。もう1人の方です。サボは生きていますよ」
・・・・・・言葉を失った。目を見開き、浮かんだのはサボが出航した日のこと。・・・・・・いや、まさか。そんな。
「向こうはルフィとエースが死んだと思っているなんてことは、微塵にも思っていらっしゃらないです。だから、向こうはわざわざ知らせにいこうとはならないでしょう」
何をでたらめを、その言葉だけは出ない。
「サボ・・・・・・」
「少し、考えてみてください」
自分が飲んでいたカップに紅茶を新たに入れて、俺の前に置いた。それから、彼女が立ち上がる時に「ログは明後日には溜まります」と言った。
紅茶を一気に飲み干した。じわり、と暖かな温もりが胸に広がる。
ぐらり・・・・・・
ほお、と息をつくとまもなく視界が歪んだ。重い瞼に、はっきりしない意識。いつも俺は食事中にでも眠ってしまうが、それとは違った異常な眠気。
「まさ、か・・・・・・」
あいつ、紅茶に・・・・・・何か・・・・・・睡眠薬を・・・・・・。
・・・・・・。
「ごめんなさい、エース。ごめんなさい、ごめんなさい」
テーブルに突っ伏してしまうと、背中に暖かな毛布の感触と傍らに何かを置く音。そして、俺の膝に落ちる重みと体温。
「必ず絶対、助けるから。私、もっと頑張るから」
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