7.俺は君の王子様になれなかった、それは謝らない

「シャオンドールさん、コアラはそんな酷い事を言わないと思いますよ。
ほら、コアラさん、落ち着いて。何があったの?」

一緒に仕事をしていたミオンが、困ったように微笑んで、慌てた様子のコアラを宥める。

「アルディオンさんが、キティを連れて行って、それでサボ君が起こって、今、地下室で戦っているの」

それを聞いたミオンは目を丸くした。
私も似たような顔をしているだろう。
なんてたって、アルディオンもサボも仲間と争うタイプではないからだ。

……唯一争ったと言えば、酒の席でふざけてアルディオンが頬にキスしたときぐらいだ。
あの時、仲裁したのはマオだった。

けれど、もう、そのマオはいない。私は仕方がないと椅子から立ち上がり、コアラを連れて廊下に出た。

「何でアルディオンはキティを連れていったのかしら?」

「……わからないです」

「……そう」

コアラは何かを知っている様子だったが、私は情報局長ではないので、特に問い詰めるつもりはない。
アルディオンとサボがいるという地下に向かって、白衣のポケットに手を入れて悠々と歩いていたら、コアラに腕を引っ張られて、加速させられた。

「シャオンドールさん、早く!」

「はいはい、そんなことをしなくても、大丈夫よ」



地下に着くと、アルディオンの秘書官が上司と参謀総長を正座させていた。



「ほらね、大丈夫でしょ」

手に持った鞭を手に打ち付けて、無症状で淡々と秘書官は二人に説教をしている。

「誰が後片付けをすると思っているのでしょうか。
喧嘩をするなら、猫を置いて、外で喧嘩をしてください。
邪魔です。迷惑です。何で息しているのでしょうか。酸素が減るので迷惑です」

「にゃー」

サボの隣に同じく座った二本の尻尾を持つ猫が鳴いた。
おやおや、珍しい。

「サボが拾ったのは、ただの猫じゃなかったのね」

元気のない猫を抱き上げると、金色の目がこちらを見てきた。
サボが殺気をアルディオンだけでなく、私にも向けてきたが、無視をする。それに秘書官が鞭を手に打ちつけた音で牽制をした。

「猫は九つあると言われてるけど、貴女は何個目かしら?」

喋れない猫なのか、にゃーと答えただけで何もわかる言葉を発することがなかった。

「放せよ、シャオンドール」

秘書官に冷たい目で睨まれているというのに、サボは低い声で私に言う。

「はいはい、盗らないわよ」

サボの腕の中にキティを戻すと、私への殺気が止んだ。
宝物を守るかのように、抱えているサボは年齢よりも幼い少年に見えた。

「……部屋へ戻る」

「どうぞ。片付けは先生にやって貰いますので」

サボは返事もせずに、コアラと私の横を通って地上への出口に向かった。

「何で俺だけなんだよ、机壊したのはサボだろ」

「元はと言えば、先生が猫を奪って殺したからでしょう。
人の飼い猫を殺すなんて、先生らしくないですね」

「それはマオが惨めったらしく猫になっているのが悪い」

コアラがぎくっとして、慌ててサボの背中を見たが、とっくにサボは頑丈なドアの向こうへ消えていた。

「あら?あの猫、マオだったの?」

「ああ、サボは知らねえようだけどな。コアラちゃんと言っておけよ」

アルディオンは煙草を火を点けて加えると、石床に大の字に寝転んだ。

「俺はもう知らねえ。やることはやって、まだマオが生きているんだ。
俺の手に負えねえよ」

「……先生、やっぱり殴らせてください」

バシンッと鞭を広げて床に叩きつける秘書官。

「なんでだよ!」

「折角、帰ってきたマオ姉さんを殺すなんて勿体ない。
捕まりましたが、任務は成功したので、それでいいしょう。この悪魔顔野郎」

「悪魔面じゃねえよ」

淡々と鞭を振り降ろすのを、ぎりぎりで転がってアルディオンは避ける。

「人の命を勿体ないなんていう貴女も大概よ。……さて、話がまだ見えないわ。コアラ、アルディオン、全部話しなさい」

「全員、キティがマオであるのを信じるのが私、不思議よ……」

コアラが観念したように、話し始めた。













『生と死に関しては仲間の言葉を聞くな、俺の言葉を信じろ』

そう、マオを拾った頃から、俺は教えて来た。
質の悪い娼館で吟遊詩人の真似事で、お伽話、異国の噂、娼婦たちの蚊帳の中での話を語っていた幼い少女を仲間に引き入れた。
何でだろう。あの黄金の瞳を世界の果てのような場所に置きたくなかった。

『死ぬべき時に死ねないと、一生の呪いになる。
何故、死ねなかったのかと、一生の呪いになる。
だから、死ぬべきだと思ったら、死ね。
だから、生きる時は精一杯生きろ」

にこにこ、と天使のような笑みで敵地で情報を集めてくるようになった少女の頃、サボが現れた。
同じ年頃の少年にあいつは興味を持った。そのうち、恋をした。

『アル先生。私、死ぬのが怖い。でも、先生の言うように死ぬべき時に死ねなくて、呪われるのも怖い』

なら、諜報員なんてやめちまえ、そう言ったが、マオは幸せそうに首を振った。

『私、サボが好き。でも、アル先生も好き。だから、先生が期待してくれるうちは諜報を続けるわ』

あの綺麗な黄金色の瞳で、好き、と言われたらどんな男もイチコロだろう。

だから、死にぞこなった、と猫の目で泣くマオが哀れで仕方がなかった。

『先生、私死ねなかった。奥歯に仕込んだ毒でも、ピルケースの毒を全て飲み干しても死ねなかった。
アル先生、私、どうして舌を噛み切って死なないんだろう。そこまで勇気がない人間だったのかな。
サボが好き。でも、私はアル先生の言う通り呪われてしまった……死ぬ覚悟が出来なかった』

……生きてもいない、死んでもいない愛弟子の首をこの手で折った。
世界で一番聞きたくない音が手の中でした。













夕食、食堂に現れなかったサボ君が心配になり、私は食事を持って探すことにした。
その前に、部屋の鏡でポーカーフェイスが出来ているかしっかり確認した。

アルディオンさんはお手上げだということで、シャオンドールさん達には普通に受け入れて貰って、口止めをした。
私が言わなければ、顔に出なければサボ君にマオちゃんが帰ってきたことはわからない。

部屋を訪ねただけで、直ぐにサボ君もマオちゃんも見つかあった。

ドアをノックして、サボ君の声で「入れよ」と言われから入った。
中に入るとベッドの上に座り、片足を組んでできた空間にマオちゃんを入れているサボ君がいた。静かに俯きながら、マオちゃんの体を撫でる。
マオちゃんはいつもなら顔を上げると思っていたのだが、熟睡した様子だった。

「サボ君、ご飯持ってきたよー」

出来るだけ明るい声で言ったが、サボ君は短く「ああ」と言ったきり何も言ってくれなかった。

……沈黙が怖い。

「そういえば、シャオンドールさん曰く猫は九つ命があるんだって」

「一つはアルディオンに消されたけどな」

サボ君の声が低くなる。
話題、失敗、失敗。

「でも、あと八つ分サボ君の傍にいれるね」

「……そうだな」

「……サボ君、何か悲しんでる?」

椅子を持ってきて、サボ君の前に座った。
……暫くの沈黙のうち、サボは口を開いた。

「マオさ、前に言ったんだ。生きて帰って来る約束はできない。
あいつは死ぬ覚悟をしていたんだ。命を粗末に扱うなら良かった。説得が出来た。
でも、あいつは信念を持って死ぬ覚悟していた。
……だから、あんなにキラキラと輝いていたんだな。
だから、俺……

マオが持っていた自分用の毒を全部すり替えたんだ。

マオが生きているなら、どんな場所でも助けに行く自信があったから」


……私は言葉を失った。


だって、サボ君が薬をすり替えたからマオちゃんが生きていて、
サボ君が薬をすり替えたから、マオちゃんは死に損なったと苦しんでいる。

神様がいれば、なんて残酷なことをしてくれたんだ。
マオちゃんの命が天秤に乗った瞬間に、救われない物語が始まってしまった。









『死ぬべき時に死ねないと、呪われる』









……アルディオンさんは何て魔法をかけてしまったのだろう。








私は気がつけば、サボ君の部屋を飛び出していた。
そして、涙で視界を歪めながら、辿り着いた船着場で、
海に向かって泣き叫んだ。

(生きて欲しい、そう願うは罪なのか)

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