6.青い月を呑み込み、青い薔薇を摘む

   サボは朝から不機嫌だった。
昨夜は満月だったため、私はサボの傍にいなかった。だから、どうして彼が不機嫌かわからない。

サボが自発的に朝起きて、乱暴にバスルームのドアを開けて、シャワーを浴びた後、濡れた髪をそのままにタオルを肩にかけたまま膝に私を乗せて、黙って椅子に座っている。
それでも、ゆっくりとした手付きで私の背中を撫でる。

「……」

朝食の時間はとっくに過ぎているが、サボが朝からこの状態だから、私も朝食を食べれていない。

「……はあ、畜生」

サボは苛立った様子を隠すこともなく、煙草を取り出して、火をつける。紫煙が立ち登り、サボは前髪を書き上げて、舌打ちした。

機嫌が悪いねえ、お兄さん。

私も心の中で溜息を吐いて、サボの膝の上で体を起こし、サボを真正面に見て見上げる。

「にゃー」

何があったのよ、話してご覧なさい。

と、私はサボを見つめた。

「……あ、そうか。お前の飯、まだだったな」

ご飯の催促じゃない!と私は思ったが、サボは点けたばかりの煙草を灰皿に押し付けて消して、私を抱えて移動した。
棚の上には本と一緒に私の猫缶があった。
それを取ると、サボは一緒においてあった缶切りで開けて、床にあった餌皿にそれをあけた。

「ほら、ご飯だぞー」

サボは不機嫌を隠しつつも、笑顔で私にご飯を勧めた。
お腹が空いていた私は、サボに穴が空くほど見つめられた状態でご飯を食べ始めた。

「……マオは何処に行ったんだろうな」

私のことで怒っていたのか。


「マオが帰ってきたら、お前のこと絶対に気に入るよ」

……それには、私が二人必要ですけど。と、心の中で笑った。
食べ終わると、私は起き上がって、ドアの方へ行く。

そんな話より、外へ行こうよ。

ドアをカリカリすると、サボは「出たいのか?」とドアを開けてくれた。
するりとドアを通って外へ出ると、サボも後ろからついてきた。

「時々、いなくなるけど、お前いつもどこに行くんだ?」






キティについて行くと、方向的には俺の執務室の方向だった。

お前、俺に働けって言っているのか。

案の定、俺の部屋の前に着いた。そして、その前には「丁度いいところに!」と書類を持った仲間がいて、にこやかに抱えた書類の山を俺に渡してきた。

「……キティ、お前のせいだぞ」

キティを見ると、にゃーと嬉しそうに鳴いた。

『サボ、良かったね!お仕事来たよ!……だから、早く腰に回った手を放して』

……マオの言葉が蘇る。
俺から離れたマオが、廊下の方へ駆けて行って、振り返って『また後でね』と、笑いかけてくる。

幻だ。

俺は流石に幻に縋るほど、狂っていない。

渡された書類を抱え直して、俺はキティと共に執務室に入った。













マオちゃんと約束はしたものの。一人でマオちゃんにかけられた魔法を解く方法を見つけなくてはならない。
私は資料室に篭り、片っ端から資料を開いた。けれど、闇雲に探してもマオちゃんが遭遇したような事例は見つからない。

「あーーーもう、せめて、悪魔の実だったらなあ」

「何が悪魔の実だったら、だ?」

ぎくっとして、振り返ると、資料棚のフォルダとフォルダの間から顔を覗かせている情報局長のアルディオンさんがいた。
にいっと口元を吊り上げて、棚を周り座り込んでいる床の私の隣に座った。

「え、っと……その……」

誰もいないと思っていたし、見つかるとも思っていなかったから、言い訳を考えていなかった。

「あ、ちなみに、コアラ」

「なんでしょう?」

「“情報専門”の俺に嘘ついても無駄だぜ?」

そうだ、この人は情報を扱うことに関してはスペシャリストだ。彼の部下に当たる諜報員たちは彼が仕込んだ。
マオちゃんを育て上げたのも、このアルディオンさんだ。

「……も、もしも。マオちゃんが帰ってきたらどうします?」

「……何で死ななかった、と言うさ」

ここは禁煙なのに、アルディオンさんは気にした風もなく、煙草に火を点けて煙を吐いた。

「諜報員には、精一杯生きろと言っている。それは、捕まった時に胸を張って悔い無く死ぬためだ」

「……」

「だから、俺は言うさ。何で死ななかった。悔いがあったのか、引き止めるものがあったのか?
俺が子供の頃から、あいつを育てた。悔い無く死なせるためにな」

私の頭に手を置いて、がしがりと頭を撫でてくる。

「どっかの“王子様”が引き止めてしまったんだろうな。
俺も焼きが回ったなあ。そんなマオを諜報員のままにしとくなんてな」

「その王子様ってサボ君?」

サボ君、見た目は王子様かもしれないけど、どちらかと言えばマオちゃんにとっては野獣だよ。

「あいつ以外に王子様がいたら、サボはそいつを殺すだろうよ」

靴底で煙草の火を消すと、アルディオンさんは素早く動いて、両腕を私の左右に伸ばして、棚に置き、

「さあ、何を知っている?コアラ?」

悪魔顔負けの笑みを浮かべていた。
喉の奥が引き攣った。確か、アルディオンさんは拷問、尋問にも精通していたはず。

……マオちゃん、サボ君には言わないって約束だったから、この人にバレても大丈夫、だよね?
















「サボ、入るぞ」

「勝手に入っているだろ、アルディオン」

サボの執務室に入って行くと、苛立った様子で書類仕事をこなす、サボがいた。机に大人しくいるのは、キティ……


マオが膝の上にいるからだろう。


ずかずかと乗り込んで、椅子に座ったサボが俺を見上げると同時に、マオの猫首を掴んだ。

「おい、何するんだ。放せよ」

すると予想通り、青筋立ててサボが怒り出す。
おいおい、サボがこいつがマオということを知らないって本当か、酒の席でマオにキスしたときぐらいキレてるぞ。

「俺はこいつに用があるんだよ」

「情報局長殿が猫に何の用ですか?あ?」

「柄が悪いぜ、“王子様”」

ドアのところからこっそりと覗き込んでいるコアラに向かって、マオを放り投げると危なげなくキャッチした。
コアラがマオに向かって何かを囁く。幸いだろうか、沸点に達しているサボには気づかれていないだろう。
囁かれたマオがぎくり、とした様子で固まり、俺の方を見つめる。

ゴキっ、と手を片手だけで鳴らして、俺に向かってくるサボをいなして、容赦なく、手加減なく、首に向かって手刀を落とした。

「てめっ、ころ、す……」

おーおー、若いっていいね。

どさりと、床とキスしそうになったサボを支えて、執務椅子に向かって放る。椅子がぎりぎりのところで奴を支える。

「さて、“マオ”。お喋りしようか」

「……アル先生、サボに酷いことしないでくださいよ」

観念した様子で口を開いたマオは、生き残ってしまったのにちっとも幸せそうではなかった。

「そうか、悪かったな」

にいっと笑うと、マオは溜息を吐き、コアラはひいぃと声をあげた。



……どうして、俺の笑顔は女子供に嫌がられる?











目が覚めると、執務室の天井が見えた。俺はどうやら、ソファに寝かされたらしい。

いや、意識が消える前何が……あ?

「あの、野郎!」

「……サボ君、起きちゃ、った?」

起きがあると、ソファの横にはコアラがいた。
俺はコアラの肩を掴んだ。

「あの悪魔面、何処に行きやがった?キティ、連れて行った訳じゃないだろうな?」

「さ、サボ君も悪魔面……キ、キティはアルディオンさんが連れて行っちゃった」

それを聞くと俺はソファから起き上がり、制止を促すコアラの声を無視して、部屋を飛び出した。

アルディオンの執務室のドアを蹴破って、入ると秘書官が涼しい顔で「アルディオンさんなら、尋問室よ」と言った。


俺は踵を返すと、尋問室に向かった。



降り階段を駆け下りるのももどかしかった。
何故だが知らないが、嫌な予感がする。

尋問室の鉄扉を2回蹴り、扉を飛ばすように無理矢理開けると、其処は……全てが終わった後だった。

「キティ?」

首が変な方向に曲がり、床に倒れているキティがいた。

「……サボ、これで良かったんだ。お前のためでも、こいつのためでも」

呆然とする俺の横を通りながら、煙草を取り出す。
俺はアルディオンの胸倉を掴み上げた。

「この野郎、キティを殺しやがったな!」

「ああ、殺したさ。それが一番だ。しに……は?」

アルディオンは横目でキティの方を見た。そして、この場には似つかわしくない、間抜けな声をあげた。

俺も釣られて、キティを見た。そこには可哀想なキティがいるはずだったが……。

「にゃ……?」

え、と言いそうな目でこちらを見ているキティがいた。
ゆらゆらと、その背には2本の尻尾が揺れていた。

「化け猫か?」

「キティ!」



俺がアルディオンから手を放し、キティに駆け寄った。

(可哀想なお嬢さん、魔法をかけてあげよう)

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