(静雄視点)



「シズちゃんさぁ、」

何だかめんどくさい話が始まる気がした。



プリンをめぐる話



「俺とプリンどっちが好きなの!?」

そこは私と仕事じゃね。プリンて。
と呆れたけど、臨也の目にうっすら涙が見えたから、めんどくさいけど可愛いなコイツと思い直した。

土曜日の仕事が終わり、いつものごとくその足で臨也の家に向かい、テレビの前でプリンを食べていたらいきなりこれだ。いつまで経っても――恋人になった今でも――やっぱりコイツの考えていることは分からない。
臨也は黒いエプロンを着けていて、確か「夕飯作っちゃうね」と言ってキッチンに消えた気がするのだが、もう終わったのか。そんなことよりこの黒いエプロンは臨也の細い腰を強調させていてとても良い。裸なら尚いいのに。

「なんでだよ?」

もちろん答えは決まってるが、握った両手をぷるぷるさせて怒りに震えてる臨也を見るのが楽しかったので、このまま話を続けてみることにした。

「だって、シズちゃんいつも俺の家来たら、すぐソファに座って『プリン』って…」

ついにうつむいた臨也の顔が見えない。もったいねえ。あと俺はそこまでプリンねだってねえ、多分。

だけど、ここは素直に謝って、存分に甘やかしてやろう。幸せな週末を自分の手で潰す必要なんてないからな。

ソファに座っていた俺の、ちょうど目の前に立っていた臨也に手を伸ばそうと思った、ら
臨也はブンと音がなりそうな程素早く顔をあげた。

「うおっ!」

びっくりした。ていうかなんだコイツ。思いっきり泣いてんじゃねえか。鼻も目も真っ赤で涙はギリギリ零れてないけど、その中で意志の強い瞳が俺を睨み付けている。たまらん。

「シズちゃんはさぁ!俺の努力とか一切分かってないんでしょ!君が今食べてるそのプリン!」

先ほどの殊勝な態度が嘘のように、びしりと細い人差し指で指差されたのは手元のプリンだ。
臨也の指にはまるシルバーリングはいつ見てもエロい。こいつは常に誘っているのか、俺を。

「これね、シズちゃんがいつも食べてるコンビニプリンとは訳が違うの!東京一プリンが美味しいって特集されてる高級パティスリーの限定プリンなんだよ!まぁ君は?ずーっと食べてて気付いてもなかったみたいだけどねぇ!」

毎日喧嘩に明け暮れていた時のように、俺がイライラする長セリフを吐かれたが今となっては全くイライラしない。むしろムラムラする。
あの時癪にさわっていたのは、臨也の人を見下した目とか、高みの見物をしている余裕そうな表情とか、張り付けた冷たい笑顔だ。

だけど今のコイツは、実は大きな目にゆるゆる揺れる水膜を作って、真っ赤にした鼻も頬に出来た歪な涙の跡も気にしないで、いつもの論理立てたうざってえ思考もなく、ただ俺に文句を言うことでいっぱいいっぱいだ。
こんなにいじらしい臨也を、俺より付き合いの長い新羅も、最近可愛がってるらしい来良の後輩も、きっと誰も見たこともないのはすごく気分が良い。
今ならどんな悪口を言われても平気かもしれない。

「まぁシズちゃんの舌はコンビニプリンで充分だろうけど!俺はシズちゃんがいつ「あ、家でプリン買って食えばいいじゃん」って気付くか、心配だったんだよ!だったらシズちゃんの薄給じゃ買えないようなプリンあげればいいじゃんって思ったけど、」

…前言撤回だ。今でもちょいちょいイラつく。お前の中の俺のイメージはアホすぎだろ。
ていうか、なんだ、お前はマジで俺がプリンを食べるためだけにお前ん家に来てると思ってたのか。そんなもんのために池袋から新宿まで毎週毎週来るわけないだろうが。
そもそも池袋‐新宿間の電車代よりコンビニプリンの方が安いんじゃねぇの。



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