「だけど、そんなの、っ餌付けみたいで嫌なんだよバカ…!!」 整えられた眉が下がって子どもみたいな顔になったかと思うと、俺に向かって抱きついてきた。というか倒れ込んできた。 首にきつく腕を巻き付けて、顔の側で嫌々するみたいに首をふられると、臨也の匂いに包まれる。理性がぐらぐらしてきた。 「黙ってないで何とか言えよ、単細胞…」 しゃっくり混じりにそんなこと言われても怒る気になれる訳がない。 持っていたプリンを置こうと、ものすごく、ほんとにすごく、残念だったけど臨也の腰を掴んではがそうとすると、更に強い力でしがみついてきた。 「…っ、めんどくさいと思ってるんでしょ、でもやだ。別れないから。俺の性格知ってて付き合ったシズちゃんが悪いんだよ」 肩口を濡らす水の量が増えて、さっきより更に泣いているんだと分かった。 プリンからここまで妄想出来るなんてすげえ奴だ。 「臨也」 耳元で囁くとピクリと身体が震えた。 「俺も抱きしめてぇから、これ置きたい」 空いてる方の手でさらさらした猫っ毛をすくと、ぐずぐず鼻を鳴らしながらもしがみつくのをやめてくれた。 真正面から見ると、そりゃもう雨に濡れた捨て猫みたいな表情が可愛くて下半身にキュンときた。 何故かそのまま膝の上から退こうとするので、腰を引き寄せて、素早くプリンをローテーブルの上に置いた。 力を加減しながら、普通の人間にしてみたら少々強めに抱き締めると、腕の中の臨也が息を詰めた気配がした。 「お人好し…」 さっきまで素直で可愛かったのに、いや別に素直じゃなくても全然可愛いけど、今度はグイグイ俺の肩を押してきた。 んだよ、強すぎたか? 「なんだよ、臨也」 力は弱めたけれど腕を離す気はさらさらない。首元に顔を近付けて、跡をつけようと薄く唇をあけた瞬間、泣き止んだと思っていた臨也はまたはらりと一筋涙を流した。 「なっ!?」 キスマークはだめだったか? 泣く理由が思い当たらず困って顔を除きこんだら、これ以上泣かないようにか唇をきゅっと結んだ臨也に睨まれた。 「またそうやってごまかす…」 どうやら「プリンと私どっちが好きなの?(プンプン)」などという馬鹿げた質問は本気だったようだ。 「ばーか。デコピンすんぞ」 「頭割れちゃうじゃん」 「割れねぇよ臨也くんよぉ」 俺の膝に抱えられて散々ちょろちょろ泣いたくせに、まだ意地をはっているらしいこの馬鹿はプイと顔を背けてしまった。子どもか!同じ20代とは思えない仕草だ。可愛すぎる飼いたい。 両手で顔包み、無理やりこちらを向かせる。何やらグキッとかいう音が聞こえたような気がしないでもない。 真っ直ぐ目を見ながら、顔近づけお互いの額を合わせた。 「なぁに、本当に頭割る気?」 「ちげえよ、黙って聞け。てめえの自慢の頭でよく考えろ。お前今まで俺に何してきた?数えきれないくらいの嫌がらせを忘れたとは言わせねえぞ」 「っ、忘れるわけないだろ…!シズちゃんのくせに嫌味たらしいんだよ。嫌いなら嫌いって」 「臨也。なら分かるだろ」 「分かるよ、嫌いなんだろ」 「ちげえ!!!」 目をそらさないように支えていた手を頬からはずし、ぎゅっと強く抱き締めると、耳の傍で吠えた。 「好きに決まってんだろうが!いくらお前の顔が良いからって、好きでもねえのに時間探してまで一緒にいたいって思わねえよ。 あんなうざってえことされても殺されそうになっても好きだったんだよ。今更何されても離すつもりはねえ」 小さく鼻で息をする音が耳元で響いたかと思うと、臨也は俺の背中に腕をまわしてきつく抱き締め返してきた。 この暖かい体温を、肩を湿らせ始める水分を、必死で吐かれた空気を、誰が他の奴に渡してやるもんか。 プリン?笑わせやがる。卵と牛乳とまぁ詳しくは知らねえが、甘いだけのお菓子に臨也が負けるはずがねえ。ありえねえだろ。 「シズちゃん、失礼だよ…っ」 こんなに辛くて苦くてしょっぱくて、甘ったるいコイツに勝てるもんなんてない。 何をもってしたって比べようがねえんだ。 最初の予感通りめんどくさい話ではあったが、こんなんでコイツが幸せになるなら何度でも言ってやろうと思った。 そして、泣き止んだら、伝えたいことがもう一つ。 もっと泣いて、もっと怒って、そういうの見たいんだ、だから結婚しよう × 20121102 |