(青峰視点)



とりあえずどこか行きましょうか、とあいつらを視界にも入れず俺に告げたテツを見て、ずるずると火神を引っ張りながら先に黄瀬の方が公園から出ていってしまった。見失うと困ります、追いましょうと隣から冷静な声が聞こえる。俺たちのはもうデートじゃねぇよな、尾行だよなこれ。そして、髪色やら背丈やらで目立つ二人を、ギリギリと歯を食いしばっている元相棒と共に追っているというわけだ。


「火神っちはどこ行きたい?アンタが決めていーよ」

相変わらず火神に対しては、俺やテツと話す時の忠犬っぷりは身を潜めて、生意気だ。黄瀬は挑発的な光を目に宿して腕を絡めた。くすりと笑う姿はいつもの可愛さはねえけど、小悪魔風でそれもいいな。遠くからでも睫毛なげえのが分かる。唇ぷるぷるだし…ってそんなんどうでもいいんだよ。くっつき、すぎ、だ、っつーの!

「俺はどこでもいーけど…」

ほんのり赤くなった顔をそむけながら火神はボソボソと答えた。あーテツはんなことしねえもんな、わざと吐息を首にかけるとか。

「どこでもいいって…」

必要以上にくっついていた体を更に寄せ、黄瀬は耳元で何か囁いた。

ポカーンと固まっていた火神は、次の瞬間、ぶあっと顔から首にかけてを真っ赤にした。あわわと口をパクパクさせているが、何の言葉も出ていない。よほどびっくりしたらしく、ぴたりと歩みも止まった。今にも火神の頬を平手打ちするんじゃないかと思うほど怒りで震えているテツの肩を押さえて、俺たちも距離を保つため立ち止まった。

「青峰くん、彼なんと言ったんですか」

「俺も聞こえなかったよ」

「愛の力でそれくらい何とかしてくださいよ…!」

いつも冷静で落ち着いてるテツにしては考えられない無茶ぶりだ。案外火神にベタ惚れだな。

「なっ…きせ、ちょ、えっ」

「冗談っスよー、それに 休憩 って言ったでしょ? 火神っち、何考えてたんスか?」

いたずらが成功した子どもみたいにけらけら笑うと、黄瀬は未だ立ち止まっている火神を置いて歩き出した。俺、黄瀬がなんて言ったのか分かったわ。

「あいつ、ラブホに休憩しにいくかとか言ったんじゃねえの」

「………なっ…」

火神と同じく硬直し無表情のまま顔をトマトみたいにしたテツに、一つの疑惑がうまれた。

「お前らまさか…まだヤってねえの?」

「……ええ、そうです」

テツは少し拗ねたようにわずかに眉を潜めた。まじか、こいつら天然記念物か。俺たち性欲真っ盛りの男子高校生だぜ。

「付き合ってどんくらいだっけ?」

「3ヶ月と少しくらいですよ…青峰くんたちは3年ですか?」

「あーまだ3年はいってねえ、な多分」

おいコラ!からかったのかテメェ!!と黄瀬を追う火神の後ろ姿を見て、俺たちも一定の距離を保ちながら歩き始めた。
テツは、はぁと薄くため息をついた。影も薄く、瞳も髪も色素が薄い、こいつが吐く息はひどく透き通っていそうだと思った。

「ディープは?」

「……何度か」

羞恥からか白い肌が蒸気している。火神ってアメリカ育ちだから大体経験済みなイメージだったけど、意外とピュアピュアなんだな。俺はキスした後のとろんとした黄瀬を見て、その先やんねえとか絶対ムリ。
中学時代はテツの隣は俺で、俺の隣はテツだった。わんおんわんするっスよ!って毎日飽きもせず俺につきまとっていた犬っころはあの頃から大事だけど、隣にはいなかった気がする。恋愛感情みてえなもんは、これまでもこれからもこれっぽちもないけどテツが特別だったのは確かだった。
でも、テツが出した透明な息を火神が吸って火神の熱い息をテツが飲み込むのかと考えると、とても自然で決まりきったことのように思えた。火神は浄化され冷静になって、代わりにテツが炎を灯す。
運命の人に出会えて良かったな、なんて柄にもないことを思って、くしゃりと頭を撫でた。

「何ですか?」

「早く出来るといーな」

セックス、と言ってニヤリと笑うと、うるさいですよと尖った声が返ってきた。いい位置に頭があるからそのまま首を触ったり髪をぐしゃぐしゃにしていると、ふと前から視線を感じた。数メートル先を歩く黄瀬が捨てられた犬みてえな顔して、ちらちらこちらを見ている。俺と目が合った途端ぎゅっと唇を結んで睨んできた。ぷいっと顔を背ける仕草に顔が緩む。

「あー黄瀬かわいい」

「昔からバカップルですね、君たちは…」

「わざと可愛いこぶる時よりああいう無意識の」

「もう分かりました」

呆れたと目が語っている。ぼさぼさにしないでください、とペシンと手を叩き落とされる。相変わらず熱いのか冷めてるのか分からねえ奴だ。



  *  *  *


黄瀬と火神を追って着いた先はショッピングモールだった。無難だな。いや無難だからこそ黄瀬が何をするか予測がつかない。

二人は真っ先にスポーツ用品店に向かった。テツはでかい本屋の前で一瞬立ち止まり、前を歩く火神もそれを見つけた瞬間こちらを振り返った。行きたいだろ?と申し訳なさそうな目が言っている。その表情にピキリと青筋を浮かせたテツは、すたすたと歩き出した。今さら思い出したようになんですか、といじけた声が小さく聞こえてきた。


「新しいバッシュが欲しいんス」

あいつの買い物なげえから大変なんだよな。黄瀬自身は結構即決だけど、店員とすぐ仲良くなるから他のもん紹介されたり握手ねだられたりしてるうちに、店にいた女が集まってきて、あっという間に身動きが取れなくなる。その固まりから離れたところで待つ俺が、手をふると、すぐに駆け寄ってくる姿には無条件で撫で回してやりたくなる効果があると思う。
一度女の群れの中から連れ出そうとしたことがあるが、俺まで巻き込まれ、ギャーギャー騒がれてメアド聞かれてと、どっと疲れた覚えがあるからそれ以来関わらないことにした。
黄瀬がバカ女共と認識しつつ笑顔であしらってることは知っているから、嫉妬もしないしな。

「もしかして黄瀬くんですか?」

ほら来た、二人組のいかにも自分が可愛いことを知っていますといった風の女共。女が苦手らしい火神はすぐに黄瀬から離れるに違いない。そしたらその隙にテツを押し付けて仲直りしてもらって――

「ごめん、こいつ今プライベートだから。わりいな」

と年上だろうそいつらに無邪気に笑って片手をあげる火神を見て、黄瀬と共にピシリと俺も固まった。テツだけが何の違和感も感じていない。

「…アンタ、そういうのアメリカ仕込みっスか…」

顔を真っ赤にして不機嫌そうに言う黄瀬を見て、ああすげえ照れてると分かって、自分でも驚くくらいイライラした。誰が他の男にそんな顔していいっつったよ。

「は?意味わかんねえ」

「……天然の方か…」

「火神くんかっこいいです。あれで紳士なのがたまりません」

隣からテツが褒め称えている言葉がしたが、そんなのどうでもいい。黄瀬ぜってー今キュンとしただろ、ありえねえ火神のくせに。黄瀬に可愛い顔させやがって、それ俺の役目だから。今日帰るときに一発殴りてえ。

「もーバッシュはいいっス…」

予想外のところで心臓が高鳴ったことに疲れたのかぐったりしている黄瀬を見て、テツが少し勝ち誇ったようにいい放った。

「火神くんなめてたら痛い目みますよ」

みるとしたら俺だ、と確信せずにはいられなかった。


「あのお店行きたいっス!」

「彼は女の子ですか」

すっかり火神ショックから立ち直り元気にアクセサリー店を指差す黄瀬とは反対に、げんなりとテツは悪態をついた。

革製の細い紐にシルバーリングを通したネックレスがやたら気に入ったようで、掲げてみたり自分に合わせてみたりしながら鏡の前から動かない。

「それ欲しいのかよ」

「んー…迷ってるっス」

「まあ似合ってるけど、お前には少しゴツいんじゃねえ?」

火神に生返事を返して、黄瀬はまだ離れる気はないようだった。あいつがこんなに悩むなんて珍しいな。火神は隣にいるのは無駄だと判断したらしく、ふらふらとウォレットチェーンのコーナーに行った。

「長いですね」

「俺もう飽きたわ。 テツもたまにはこーゆーのすれば?バスケの時とか前髪邪魔じゃねえの?」

「特に感じたことは…青峰くん、どこに行くんですか」

「テツそこにいろよ、見失うから」

俺自身あまりごちゃごちゃしたものは付けないし興味もねえけど、暇潰しに店内をまわっているとリストバンドを見つけた。何でも売ってんだなここ。足を踏み出そうとして、そこに火神を見つけ何故かすばやく棚に隠れてしまった。出ていきづれー、どうすっかな。



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