「いや…ないだろ」 リストバンドを手にとっては元の場所に戻して、という行為を繰り返している。黄瀬のこと言えないくらい悩んでんじゃねえか。 誰かさんを思い出させるマリンブルーが特に気になってるみてえだ。 あげたいならさっさと買えばいいのに。何を悩んでるのか、と不思議に思って理解した。俺たちもそうだった。今でこそ、これ青峰っちに似合うと思って!と黄瀬は撮影で使用したものなどをなんの躊躇もなく持ってくるし、俺も黄瀬が好きだって言ってたものを見るとついつい買ってしまう。でも一番最初、今でもつけているピアスを買っていった時は、黄瀬は嬉しさのあまり泣くわ俺は恥ずかしすぎてキレるわ大変だったもんだ。 調子狂う。あいつら見てると色々思い出しちまうな。 「青峰くん、出ていきますよ二人」 いつの間にか隣にいたらしいテツに心臓が跳ね上がった。だからお前は人を何回驚かせれば気がすむんだ。あれ、と続けて口を開こうとしたのでぱしりと目を掌で隠した。顔が赤いのくらい自覚してるっつの。 * * * 「食いすぎだろ」 「可愛いじゃないですか」 ショッピングモールの中にあったファミレスに入り、火神は大量の飯を食い始めた。オムライス、ハンバーグ、スパゲティにカレーライス………俺もうお腹いっぱいだわ。向かいに座る黄瀬はアイスコーヒーだけ飲んでいる。一つ後ろのテーブルに腰を下ろして、俺たちも飲み物を注文した。 火神は手当たり次第にぱくつき、行儀悪く口の端にグラタンのホワイトソースをつけた。正面のテツが悶絶しているのが目の端にうつった。 「ついてるっスよ」 とんとんと黄瀬が自分の頬を指差したが、火神が拭いた場所は少しずれていた。嫌な予感がする。 すぐに動けるようにと少し腰をうかせた俺の勘は当たった。 「もー」 人差し指でそのソースをすくいとると黄瀬は自分の口元にそのままそれを運んだ。 「黄瀬、それはさすがにナシ」 ぎりぎりでセーフだ。口に入る前に黄瀬の手首を掴んで止めた。ゆらりとテツの黒いオーラが復活したのを感じた。 「あ、青峰っち…!」 「お前やりすぎだバカ」 びっくりして、俺だと分かった途端顔を真っ赤にして、でもすぐに引き締めようと眉をひそめ口を真一文字に結んだ。離して、と振られる腕が寂しいと訴えている。ったく、めんどくせえな。 「もう終わりだ、こっち来い」 向かい側では既にテツのお説教なのか小言なのかとりあえず先が長そうなことが始まっていた。長椅子の上で火神がひざまづきをしている。ご愁傷様だ。 「いやだ、この浮気者」 どの口が!お前が一番危険人物だっただろうが!!と怒鳴りたい気持ちを何とか抑える。へそを曲げた黄瀬の機嫌を直すのは意外と大変だったりするのだ。黄瀬はストローをつまみながら、ずずーっとアイスコーヒーをすすっている。伏した瞼が薄いピンクになっているから、怒ってるっつーか悲しかったんだなと思った。 「おいで、黄瀬」 恥ずかしさを押し込めて両手を広げると、見ないようにと下を向いていた黄瀬が堪えきれず顔を上げた。眉を八の字にして、うう、と口をへにょへにょにして、ガバッと抱きついてきた。 くぅーんと効果音が聞こえてきそうなくらい俺の肩や首に顔を押しつけて、強く抱きしめられる。背中を撫でて、黄瀬の髪の匂いを胸いっぱいに吸い込んだところでハッと気が付いた。 ここファミレスだった。 「テツと火神、場所変えるぞ」 「まだ全部食べてな…」 「火神くん、僕の話まだ足りませんでしたか?」 「もうお腹いっぱいです」 赤司に似た笑みを浮かべたテツをせかし、俺から離れようとしない黄瀬の耳にキスして説得して何とかファミレスから出た。 シャツのすそを掴んでぐずぐずと後ろを歩く黄瀬の手を掴み、隣へと引っ張って朝いた公園へと歩いた。後ろではテツが火神にシカト攻撃を始めたようだ。やっぱこっちの組み合わせのが安心すんな。 公園に到着し、ベンチに座ると、黄瀬がすぐさま膝の上に乗ってきた。首に唇が何度も触れてくすぐったい。アホ峰…と涙に濡れた響きが耳元で聞こえた。 「わりいって」 「…なんで黒子っちとデートしたんスか」 「あーテツが火神に嫉妬されたかったんだってよ。んで、最近お前の束縛減ってたから俺もノっちまった」 「……減ってない」 「憧れるのはもうやめるとか言った頃から――」 「違うっスよ!!」 肩口で喋っていた黄瀬はがばりと起き上がった。肩に置かれた手に力がこもった。 「憧れんのやめようって決めてもいちいち青峰っちがかっこいいから、距離置こうと思って、それで…頑張った、けど、無理だった」 そんな顔されたら誰も責められるわけないだろ。しかもなんだよその理由は。俺はそんなことで飽きられのかとかマンネリかとか悩んでたっていうのか?本当なんだよそれ。 「はあああ……」 「でも良かったっス、青峰っちが黒子っちのこと好きになっちゃったのかと思った」 心からホッとした顔で情けなく笑うから俺が悪かったと反省してしまう。それなら火神っち奪ってやろうと思ったんスよ、とか性格悪いセリフも愛情と比例してるから嬉しいなんて俺も笑えないくらい黄瀬にハマってんじゃねえか。 「後で黒子っちに謝らなきゃ」 「テツすげえ怒ってたぜ」 「え…俺黒子っちに嫌われたくないっスよぉおお」 急に慌て出す様子に尻軽くさかったことも火神にキュンときただろうことも許してやろうという選択肢を加えておいた。つか、火神とテツはどこ行ったんだ。辺りを見渡してもその姿は見えない。もう帰ったのか。 「それにしても黒子っちもこんなことしなくてよかったのに。火神っちいつも嫉妬ばっかっスよ、必死に隠してるけど」 黄瀬が言い放った衝撃的な種明かしに、全身の力が抜ける。じゃあ今日一日、俺たちは一体何のためにすげえ居心地悪いWデートなんかしたんだ。火神が隠したりするのが悪い。やっぱり今度会った時一発殴っとくことに決めた。 「あ、青峰っちこれ。あげる」 いきなり黄瀬が差し出した袋の中身は、散々あの店で悩んでいたネックレスだった。 「お前のじゃねえの?」 「本物は青峰っちがくれるでしょ?」 照れ隠しに笑って、黄瀬はシルバーリングを触った。今はこれが俺のって印っスよ。 火神と一緒にいる時でも俺で頭を一杯にしてたのはすげえ気分がいい。サンキューな毎日つけるよ、と言って軽くキスすると満足そうに笑った。 「今度は普通にWデートしたいっスね」 正直もう勘弁だと両手あげて降参したかったが、なんやかんや火神とテツが少しずつ暖かいものを育んでいることを知り、黄瀬と付き合ったばかりのウブな気持ちを思い出せたから有意義だった、かもしれない。 もう二度とやりたいとは思わないけど。 君を奪って逃げる (お仕置きなしとか思ってねぇよなぁ?) (やっぱそっスよね…) ――――――――――――― リクエスト有り難うございました! 20121123 |