誰よりも笑っていてほしい君だから




「久しぶり、でもないかしら。無事にゾルディック家に辿り着けていて良かったわ。」

試しの門の内側。
新たな客の気配にミケが遠くから近付いてくるのを感じながら、私はゴン達に声を掛けた。

「ルーエルの言った通り、ゾルディック家って街で有名だったよ!なんか観光バスが出てて、それに乗ってきたんだ。でも・・・」

そこで悔しそうに唇を噛み俯いたゴンに、きっとゴトーさんと電話でひと悶着あったんだろうなと苦笑する。

「門は通せない。そして試しの門から入らないと、この子に食い殺されるからやめろって言われたんでしょう?」

そう言うと同時にザザザッと木々が揺れる音がし、大きな獣の息遣いがそばで響いた。

「うぉっ?!でたっ!」

レオリオがビクッと肩を揺らし、咄嗟に後退る。
クラピカもゴンもミケの姿を前に緊張しているようだ。
初めてミケを見るであろうエレフも、自然界に生きる動物のどれとも違うミケの異色さに僅かに表情を強張らせている。
そんな彼らを通り過ぎ、私はゆっくりとミケに近付いた。
後ろでレオリオの「おいっ」と止める声が聞こえたが、止まることなくミケの前まで来る。

「久しぶりね、ミケ!」

そう言ってミケに笑いかければ、ミケはその無機質な目を僅かに細め、クォンっと小さく鳴いた。
スッと頭を低くしたのでその頭を撫でてやれば、気持ち良さそうに目を閉じる。可愛らしい子だ。


「私、ミケとは結構仲良いのよ?」


そう言って笑った私を、彼らは呆然と見つめていた。










   

         











「・・・認められてるんだね、ミケに。」

ミケの頭を撫でる私に、ゴンはポツリと呟いた。
その瞳はどこか悔しさが滲んでいるようで...

私がゴンへと声を掛けようとした時、ミケが私の手の下でピクリと耳を震わせた。
フッと本邸のある方へと目を向け、一度私を見てからミケはその方向へと走っていく。
その場にあった威圧感が消え、みんなが肩の力を抜いた。

「ゴン、ミケに与えられてる命令って聞いてる?」

そんな中、まだ腑に落ちない顔をしているゴンに私は声をかけた。

「『侵入者は噛み殺せ。ただし、試しの門を開けて入ってきた者は攻撃するな』だよね。」

「そう、あの子はそれを忠実に守ってる。
私も初めてゾルディックの依頼を受けた時、試しの門から入ったわ。その時に今と同じようにミケが傍まで来た。」

あの時の光景が脳裏に浮かぶ。
木々を揺らしながら駆けてくる獣。
目の前でピタリと止まり、私を威圧的に見下ろす無機質な瞳。

「ミケの瞳を見たときにね、思ったの。


"私に似ている"って。」


ハッとしたようにゴン達が私を見る。
彼らに私の過去は話した。
ミケのしていることと私のしていたことは真逆のことだ。

だけど、その道しか与えられなかった・・・・・・・・・・・・・


そこは、同じだ。

「ミケの瞳を見たときね、私安心したの。ミケを見ながら私、こう呟いてた。」


"あなたもなのね。"


って。

「まぁ、ミケはゾルディックの人達が好きだから命令に従ってるんだけどね。ミケにはちゃんと自分の意志がある。
機械みたいだと思うかもしれないけど、あぁ見えてちゃんとミケも自分の目で見て、物事を考えてるのよ。」

なんて言って肩をすくめて笑えば、レオリオはどこか安心したように笑ったくれた。
ゴンとクラピカは相変わらず複雑な表情をしていたけれど。

「俺も・・・ミケと仲良くなれる?」

ゴンの呟きに、私は笑みを消して小さく首を横に振った。
そのことに、小さくだけど目を見開いたゴンに私は真剣な眼差しを向ける。
そして、


「ゴンは、キルア以外のゾルディック家の人達を好きになれる?」


ゴンにとっては刃のような言葉だっただろうか。
ハッと見開いたその瞳に小さな亀裂が入るのを私は確かに見た。
それでも、伝えなきゃいけない言葉がある。

「これからゾルディックの人達に会いに行くんでしょう?ゾルディックには、ゾルディックの生き方がある。きっとそれはゴンの考え方とは相容れないわ。
話してみて変わることもあるかもしれない。でも、ゴンの目的は何?」

「俺の、目的・・・」

「キルアの言葉で聞きたいんでしょう?キルアがこれからどうしたいのか。どう生きていきたいのか。」

「・・・・・」

「ミケは、自分の家族を嫌っている人を好きにはならないと思うわ。まぁ、それは人間でも同じでしょうけど。
だからね、時には諦めることも必要なの。あれもこれも欲しがっちゃったらきっと本当の目的に辿り着けなくなるわ。」

「・・・・そう、だね。」

この顔は納得してなさそうだなぁ、と苦笑する。
俯いて唇を噛みしめるゴンの頭にそっと手を乗せ、私は励ますように笑った。

「慌てなくてもいいんじゃない?
今は無理でもこれから先...ゴンが色んな物事を見て感じて歳を重ねて行けばきっと、同じ目線で話し合える日が来るわ。
それまでは、難しいことは考えず突っ走ればいいの!それが子供の特権なんだから!」

――ね?と笑ってゴンの頬を両手で挟む。
ゴンは目をぱちくりさせ、しかし次には満面の笑みを浮かべてくれた。

「・・・うん!ありがと、ルーエル!!」

その笑みに安堵し、私はゴンから手を離した。

「それじゃ、私は先に行くわね。」
「ルーエルはゴトーさんに電話したの?」
「えぇ、許可はもらったわ。“私だけ”ね。」

そう言ってエレフを見れば、エレフは肩を竦める。

「俺はダメだとさ。だから俺も修行に混ぜてくれたら嬉しいんだけど...」
「ゴン達は自分の力で門を開けて会いに行くんでしょう?エレフもね、そうしたいみたいなの。」
「そうしなきゃ会えないみたいだしね。」

私達の会話に快く頷いたのはゴンだけだった。
クラピカは難色を示すだろうと思っていたけど、レオリオは予想外。
私が少し驚いてレオリオを見ると、レオリオはどこか考える素振りを見せ、一つ問題があると言った。

「ゴンの奴、ハンターライセンスで入国すりゃ無期限で滞在出来るのに、ライセンスは使いたくないって言いやがってよ。普通の入国ビザでここにいるから、ゴンだけ滞在が限られてるんだ。」
「それはいつまで?」
「もう二週間もねぇ。俺達は先に修行をつけてもらってるからある程度門を開けられる見込みはついた。だが・・・」

そう言ってエレフを見る。

「お前、力は強いほうか?」
「いや全く。」
「だよなぁー。・・・悪いが、エレフが俺達と同じタイミングで門を開けられないなら容赦なく置いていくぜ。」

レオリオのその言葉にエレフはニッと口の端を上げた。

「もちろん。でも、必ず同じタイミングで開けてみせるさ。

自分の力でね・・・・・・。」

その言葉の真意が分かるのはおそらく私だけだろう。
クラピカには居心地悪い思いをさせてしまうかもしれない。
それでも、ゴンとレオリオがいるから上手くやってくれるだろうと...。

(二人に甘えすぎ、かしらね。)

心の中で苦笑する。
だけど、もう私からクラピカにはお願いなんて出来ないから...。

会話する私達の輪から少し離れたところにいるクラピカを盗み見て、私はそっと息を吐いた。






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守衛小屋から伸びる舗装された道をしばらく歩いていくと、少し開けた場所に出る。
そこには二本の石造りの柱が、まるで敷地を分ける門かのように立っていた。
しかしそこに扉はなく、代わりにいるのは一人の少女。

「久しぶりね、カナリア。」
「お待ちしておりました、フレイヤ様。執事室にて、ゼノ様がお待ちです。」

わお。まさかのゼノさん自らのお出迎えですか。

「それはそれは...お待たせするわけにはいきませんね。」

苦笑しながら足を彼女の方へ進めれば、彼女は綺麗な所作でスッと身を引き私に頭を下げた。
まるで感情のない人形のように洗練されたその動きに、私は彼女の前で動きを止める。
カナリアは、顔をあげようとしない。

だからこれは、ただの私の独り言。


「あなたは、ミケになる必要はないのよ。」 


ハッと息を呑む音に気付かないふりをして、私は執事室へと足を進めた。






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「お久しぶりです、ゼノさん。ご足労おかけして申し訳ありません。」

執事室、客間。
ゴトーさんに案内され部屋へと入れば、ゼノさんがソファに座ってお茶を啜っていた。

「おぉ、久しぶりじゃな。なに、暇しておったからの。むしろ有難かったわい。」

スッとコップを置き、立ち上がる。

「じゃ、行くか。」
「はい。」

私はゴトーさんに一礼してゼノさんの後に続いた。



「して、今回の要件はなんじゃ?仕事ではなかろう。」
「・・・(ゴトーさんから聞いてはいるけど私の口から聞きたいってとこか。)キルアに会いに来たんです。」
「ほぉ、キルアに。はて、お前さんキルアと面識はあったかな?」
「仕事関係ではないですね。今回ハンター試験で一緒になったんです。」
「ふむ、なるほど。して、あやつは合格したのかの?」

・・・意地悪ね。聞かなくても分かってるはずなのに。

先程からのゼノさんの言葉にムッと頬を膨らませる。
そんな私に気付いたのか、そういう顔をさせたかったのか、(おそらく後者だろうな。)ゼノさんはハッハッハと笑った。

「そんな顔をするでない。なに、最近孫とあまり会話が続かんくてな。久しぶりにこうやって話したくなっただけじゃ。最近みーんな冷たいからのぅ...」

「あはは...」

笑うしかない。

「ルーエルはいい娘じゃな。どうじゃ、うちに嫁に来んか?」
「ゼノさん、そういうとこだと思います。」

私の言葉にゼノさんは首を傾げていたけど、多分というか絶対にこういう反応になること分かってて言ってると思う。
だから周りに冷たくあしらわれてるんだと思いますよ、ゼノさん。


「キルアは、どうしていますか?」

おかしいのぅ...とぼやきながら前を歩くゼノさんに、私は本題を切り出した。
キルアのことを聞くならゼノさんかシルバさん。そう決めていた。
だから、執事室に来てくれたのがゼノさんで本当に良かったと思っている。
これがキキョウさんならおそらく本題にすら入らせてもらえずに着せ替え人形だ。

ゼノさんは私を一瞥すると、また前を向いた。

「わしはキルアからルーエルのことは何も聞いとらん。あやつはハンター試験のことを家族の誰にも話してはおらんよ。帰ってくるなり自ら独房に入った。」

ゼノさんの言葉に、前に向けていた視線を落とした。
私が気落ちしたことをゼノさんは気付いているだろう。
私に視線を寄越すことなく、それでもゼノさんは私が一番欲しい言葉をくれた。

「・・・ミルキの奴もそろそろ疲れてきた頃じゃろ。独房の様子でも見てこようかの。」

パッと顔を上げる。
絡み合った視線は、『ついてくるなら好きにせぃ』と告げていた。




  * *




ゾルディック家本邸に足を踏み入れるのは二年ぶりくらいだろうか。
あの時と変わらない重圧感。でも、職種は違えど同じプロとして仕事をしている人達特有のこの雰囲気は、心地よくもある。

「今日はキキョウさんは...」

本邸にいるのであれば真っ先に顔を出すだろうキキョウさん。
しかし玄関を通り過ぎ長い廊下を歩いている今でさえ彼女は私の前に姿を現さない。

「本邸にはおる。おそらくシルバのところか...まぁ、夫婦喧嘩の最中じゃろ。」

「あぁ...」

なるほど。
私が本邸に来る、しかもキルア関連で。
その連絡を受けたシルバさんは、同じくその情報を得たであろうキキョウさんを呼び出し私とキルアが接触出来るように計らってくれた。
おそらくキキョウさんはこのタイミングで呼び出された意味を分かっている。
そしてそれら全てを予測した上で、ゼノさんはこうして私を迎えに来てくれたのだろう。

(本当に、頭が上がらないなぁ。)


「ゼノさん、ありがとうございます。」

私に言えるのはお礼だけだ。

「ハッハッハ、何をお礼を言われることがあるのか。わしは話し相手が欲しかっただけじゃよ。」

「...はい。」


本当に、この家は温かい。





――――ギギギ...

と軋んだ音を立て、目の前の扉が開いた。


「ミルキ、そろそろ疲れたじゃろ。交代するか。」
「コフー。コフー。ゼノじぃちゃんに任せたら拷問にならねぇだろ!」
「まぁ、否定はせんな。」
「ほら見ろ。交代はしないよ!こいつ、全然反省しねぇんだもん!!」
「ふぅむ...困ったのぅ。客が来とるんで席を外してもらいたいんじゃが。」
「は?客が?そんなの応接室でいいだろ。なんでここなんだよ。」
「わしの客じゃなくて、キルアの客だ。」

「え――?」


ゼノさんとミルキくんが会話する中、か細く聞こえた会いたかった人の声。


「キルアの客?なんだよ、ゴンとかいう奴か?あいつらならまだ守衛小屋辺りのはずだぜ。」
「そやつらじゃない。お前もよく知る娘じゃ。」
「は?女?」

ゼノさんの視線が私の方に向く。
私は一つ頷き、扉の中へと足を踏み入れた。

「フレイヤ...」

小さく息を呑みながらこぼれたその声は、間違いなくキルアのもので。

――ゆっくりと視線を交わす。


「――――っ、」


泣きそうに見開かれた大きな瞳に映る私。
その瞳の中に映る私が、小さく微笑んだ。


「キルア。」


あぁ、やっぱり。
そんな泣きそうな顔より、私はやっぱり。


「会いに来たよ。」




―――君の、笑顔が見たい。








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