聳え立つ門が守るもの




「あ、クロロ。人形を調べる前に少し行きたいところがあるの。」

パーティの帰り道。
クリストフの屋敷がある街を出たところで私は思い出したようにクロロに声を掛けた。

「行きたいところ?」
「えぇ。パドキア共和国なんだけど...」

私がそう言えばシャルは何のことか思い当たったようで、あぁ、と声を漏らした。

「この前言ってた会いに行きたい子がいるってやつ?」
「そう。あまりエレフを待たせすぎるのも悪いし、最終の飛行船に間に合えば、と思ってね。」

シャルと私の会話にクロロは首を傾げ、隣にいるシャルに詳細を求める。

「ルーエルがハンター試験で出来た友達がパドギアにいるんだって。
その子に会いに行きたいんだよね?」
「うん。ハンター試験中に喧嘩別れみたいになってしまったから...」
「なるほど。俺は別に構わない。人形は手に入れたからそう急ぐこともないしな。それより...」

そこで言葉を切ったクロロは何かを考えるように顎に手を当てた。

「ルーエル、さっきエレフ...と言ったか?」

チラッと私に視線を投げるクロロに私はふふっと笑みをこぼす。

「あら、クロロ。その名前、気になるの?」
「質問をしてるのはこちらなんだがな。」

はぁ、とため息を吐くクロロに私は悪戯に笑んで「ハンター試験で出会った友達の一人なの。」と答えた。

「今度クロロにも紹介するね。」

私の笑みとシャルが何も言わないことからクロロはおそらく自分の推測が当たっていると確信したのだろう。
諦めたように息を吐き、「楽しみにしている」と笑みを浮かべた。
















「お待たせ、エレフ!」
「いや、思っていたより早かったよ。仕事お疲れ。」

パドキアの飛行場の近くにあるホテルに泊まっていたというエレフ。
私が昨夜連絡を入れたからか朝の内にチェックアウトを済ませて迎えに来てくれたらしい。
昨夜着ていた派手な真紅のドレスは飛行船の中で着替え、今は赤と緑を貴重とした民族衣装風のロングワンピースを着ている。
もちろん髪も目も元の色に戻し済みだ。

「交渉がすんなりいったからね。飛行船の最終に間に合って良かったわ。」

さて...とポケットから携帯を取り出しメールを確認する。
宛名には“レオリオ”の文字。

「ゴン達はまだキルアには会えてないみたい。
試しの門を自力で開けるために特訓してるんだって。」
「試しの門?」
「そ、ゾルディック家の正門よ。片側2トン、両扉で4トン、1から7までの扉があって押した人の力の強さによって開く扉の数字が変わるの。」
「よんとっ!?はぁ?!え、いや普通に考えたら無理だろ!!なんちゅう扉作ってんだよ...」

呆れ顔のエレフに私はゾルディック家のある聳え立つ山へと目を向けた。

「暗殺一家だもの。試しの門は外部の者を弾き出す為の門でもあるけど、でも同時に家族をも試す扉でもある。
きっとゾルディックの家は先代から自分の家族を死なせない為の工夫をたくさんしてきたんだと思うわ。」

他人に厳しいだけじゃない。
ゾルディック家はきっとそれ以上に家族に、自分に厳しく在るのだと思う。

だからこそ、あの門で人を選ぶ。

自分達に見合う“強さ”の持ち主を見極めるために。

「...なるほどね。そのキルアって子は生まれた時からそんな場所で育ってきたんだな。」
「えぇ。でもきっとそれは悲観することではないわ。キルアが身に着けた強さや技術は他ではきっと得られなかった。
それを何に使うかはキルアが決めることだもの。
どう育ってきたかなんて関係ない。これから自分がどうしたいかでいくらでも未来は変えられるわ。」

――私が旅団のみんなと出会って、そしてビスケやゴン達に出会ってこれからの生き方を決めたように、ね。


そう言って微笑めば、「そこに俺はいないわけ?」と頬を膨らませるエレフ。

「あはは、そんなことないわ。エレフがいなかったら私の魔術の上達はなかった。
それに...旅団とゴン達の間で悩んでたときに、エレフっていう旅団を知っている人に出会えて私は心がとても軽くなったのよ。
世の中、旅団を悪く言う人達ばかりじゃないんだって...嬉しかった。」


――本当に、出会えて良かった、エレフ。


素直な気持ちを伝えたのに、エレフは何故だか言葉を詰まらせてそっぽを向いてしまった。
エレフが拗ねるから伝えたのに...






  ・
  ・
  ・
  ・








「ふんぬぬぬぬぬううううっ!!!!!」

「頑張れゴン!」
「いけっ少し動いたぞっ!!」


「おー、やってるねぇ。」

ゾルディック観光ツアーバスに揺られること数十分。
目の前に聳え立つ門の向こう側から、つい最近まで一緒だった馴染みの声が聞こえてくる。

「これが試しの門...で、でけぇ..」
「すごいでしょ。ちなみに一番上の7の門は256トンよ。」
「は、はは...」

頬を引きつらせながら遥か上を見上げるエレフ。

「ちなみにルーエルは開けられるの?」
「私は自分の力だけだと1が限界ね。念を使えば3くらいまでは開きそうだけど試したことはないかなぁ。」

さて、と。
この様子を見るに、ゴン達はまだ試しの門をクリアしていないようだ。

“特訓している”ということは誰かに修行をつけてもらっているということだろう。
そんなお人好しなことをするのは守衛のゼブロさんかシークアントさんか...

(おそらくゼブロさんだろうな。)

以前ゾルディックに依頼の話をしに来たときに出会った二人を思い浮かべる。

「門の向こうにゴン達いるみたいだし、一声かけて私が開けてもいいんだけど...」

なんとなくゼブロさんかシークアントさんに声かけてからの方がいいかなぁ、と思いその場で悩む。
守衛室を見たところ人はいないみたいだし、門の中にいるのだろうか?

と守衛室を覗きながら首を傾げていると、おい、とぶっきらぼうな声が後ろから飛んできた。

「そこで何してる。」
「あ、いや、友達に会いに来たんですけど...」
「はぁ?またかよ。なんだ?キルア坊っちゃんか?」

不機嫌を隠さずに話す目の前の男にタジタジしながら受け答えするエレフ。
困ったように私へと目線を向けたので、私は苦笑しながら守衛室からエレフの隣へと移動した。

「お久しぶりです、シークアントさん。」
「あ?....ん、お前...」
「フレイヤです、情報屋の。その節はどうもでした。」
「あぁ、あの時の嬢ちゃんか。なんだ、今日も仕事か?」
「いいえ、今日はキルアに会いに来たんです。彼も一緒に。」

そう言って隣のエレフへと視線をやる。
シークアントさんは、最近キルア坊っちゃんの客がやけに多いな...と半目になりながら呟いた。
その呟きにクスリと笑う。

「ゴン達ですよね?」

そう問えば、シークアントさんは僅かに目を見開いた。

「なんだ、知り合いか?」
「えぇ、ハンター試験で友達になったんです。」
「あーなるほど、それでアンタもキルア坊っちゃんに会いに来たってわけか。」
「はい。あの、レオリオからここで特訓をしていると聞きました。
ゼブロさんかシークアントさんの計らいかな?と思ったんですけど...」
「あぁ、それは俺じゃねぇ、ゼブロだ。数日前に小屋に連れてきて一緒に生活してるぜ。
勝手なことしたら怒られるってーのに、ゼブロのやつ久々に嬉しそうな顔してやがる。」

そういって鼻で笑う彼の顔もどこか楽しそうで。

「あら、シークアントさんも楽しそうな顔してますよ?」

笑ってそう言えば、彼は少し肩を跳ねさせフンッとそっぽを向いてしまった。
口は悪いがとても仲間思いで心優しいシークアントさんだ、きっとブツブツ文句を言いながらもゼブロさんの提案を許したのだろう。

もちろん、自分も怒られる覚悟で――。


「あ、シークアントさん。一つお願いがあるんですけど...」
「あ?なんだ?屋敷に電話しろならいくら嬢ちゃんでも無理だぞ。」
「それは分かっています。本邸ではなく、執事室に繋いで頂きたいんです。」
「執事室?なんでまた。」
「今回アポ無しで来てしまったのでお邪魔しても問題ないか許可を頂こうかと...」
「あぁ、なるほどな。そっちの坊主はともかく嬢ちゃんは確かに客人だ。分かった、待ってろ。」

そう言うとシークアントさんは守衛室に入り電話を手に取った。
私とエレフも守衛室にお邪魔させてもらい、傍で待機する。
何回かのコール音のあと、「はい、こちらゾルディック家執事室。」という無機質な声が聞こえた。

「守衛室のシークアントです。今ゾルディック家の客人が来ているのですが、入邸の許可を頂けるかご連絡させて頂きました。」
「客人?本邸からそのような客が来るとの連絡は来ていない。」
「はい、アポ無しで来てしまったので今電話で許可を頂けないかとのことで...」
「なんだ、またキルア様の友達とかぬかすんじゃねぇだろうな。もしそうならぶち殺すぞ。」
「っ、!」

ざわっと、電話越しにですら感じるほどの殺気にシークアントさんは小さく息を呑んだ。
そんな彼に私はスッと手を差し出し、目だけで代わるよう促す。
シークアントさんは少し躊躇いながらも、ゆっくりと私に受話器を渡した。

「はぁーい、ごきげんよう!私があなたがぶち殺したいキルアの友達よん!!」

語尾にハートが付きそうなテンションでそう言う。
後ろでシークアントさんとエレフがギョッとしたのが分かった。
電話の相手―ゴトーさん―は受話器の奥でざわりとオーラを揺らすと、低く唸るように「なんだクソアマ...」と呟く。

「ふざけているのか知らねぇがキルア様に友達はいねぇ。仮にいたとしてもお前みたいなクソアマなど論外だ。
ゾルディック家の方々の目に触れさせるのすら汚らわしい。ぶち殺されたくなければ今すぐお家に帰ることだな。」

ピリピリと電話越しに痛いほどの殺気が伝わってくる。
そんな彼に、私はクスリと笑った。

「あら、酷く冷たいですわねぇ、ゴトーさん。」
「ぁあ?」
「私の事、お忘れですの?以前お会いしたことがあるのに...酷いですわ。」

ふぅ、と溜め息を吐くとゴトーさんは少し殺気を弱め、以前?と疑問を口にする。

「まだ分かりませんか?フレイヤです、情報屋の。」

お嬢様口調をやめて苦笑しながらそう名乗れば、受話器からガタンっと慌てたような音が聞こえた。

「ぇ...あ、え?!情報屋の...フレイヤ様ですか!!?」
「はい。情報屋のフレイヤです。」
「も、申し訳ありませんっ!!!あの、以前お会いした時と口調が...といいますか、雰囲気があまりにも違ったもので、判断がつかず・・・。」
「ふふ、分からないように振る舞いましたので。成功したようで嬉しいです。」

そう言って笑えば、ゴトーさんは脱力したように「冗談がキツイです。」とこぼした。

「ごめんなさい。でも、キルアの友達として来たことは本当ですよ。」

声のトーンを落とし、その事実を伝える。
そんな私にゴトーさんも先程までの柔らかな雰囲気を引き締めた。

「・・・フレイヤ様のことはゾルディック家の方々も信用しております。貴女様がキルア様のお友達であられる事は我々としても喜ばしいこと。
今日来て頂けたことも、ゾルディック家の皆様は喜ばれることでしょう。しかし・・・」

そこで言葉を切り、少しピリッとした空気を出すゴトーさん。

「それはフレイヤ様のみです。後ろにいる連れの方をゾルディック家に入れるわけには行きません。」

その言葉は、主を守る立派な執事そのもの。
何より感心したのは私がエレフの存在を彼に伝えてはいないことだ。
おそらく電話越しの息遣いを聞き分けたのだろう。

「さすがですね、気付きますか。」
「えぇ、これでもゾルディック家の執事ですから。」
「お見逸れしました。」

電話越しに軽く笑い合い、私はその条件に相槌をうった。
ゴトーさんもその事に安心したようで、「本邸に連絡を入れます」と言って私との電話を切る。
ツーツーという電話の切れた音を確認し、私はシークアントさんに受話器を返した。

「...と、いうわけだから、ごめんエレフ。一緒には行けないわ。」
「あぁ、話の流れ的にそうなるだろうとは思ってたよ。俺もゴン達と向かうことにする。
ちゃんと試しの門、自分の力で開けてから会いに行かないとな。」

そう言ってニッと門の方を見るエレフに安心する。

「良かった。」
「?なにが?」
「いや、こんな門で友達を試すなんてって批判するかもって。」

「あぁ...まぁ、そう思わないわけじゃないし、きっとゴンならそう言うんだろうなって思う。
事実、こんな門の中で閉じ込められるようにして自由に人生を歩めないキルアを可哀想だとも思うしね。
でも、各家には各家のルールがある。その家の者と友達になりたいなら、まずはルールを知って受け入れなきゃだろ。
そいつが生きてきた場所を否定するのは違うなって俺は思うからさ。」

目の前に聳え立つ門を見据えながら、エレフがポツリポツリと言葉をこぼす。
真剣な彼の横顔を見ながら、私は心がじわじわと暖かくなっていくのを感じた。

「そう思ってくれるエレフで、本当に良かった。」

そう言ってそっと微笑む。
そんな私をエレフは首を傾げて見ていたけど、私はそれ以上を言葉にはしなかった。


「じゃ、私はさっそく中に入ろうかな。」

グッと伸びをして空気を変える。
ふぅ...と小さく息を吐き、門に両手を添え、

そして、グッと思いっきり力を入れた。


ゴゴゴ...と鈍い音を立てながら開いていく門。
数字は【 T 】だ。

「え、門が開いていく?!」
「ゼブロさんか?」
「いや、ゼブロさんは先程まで屋敷にいたはずだ。なら、シークアントさんか...」

聞こえてくるそんな会話に、試験依頼の声達に、私は小さく笑んだ。
そして門が彼らの顔を見せるくらいにまで開いたとき、同じように私の姿を確認した彼らは、小さく目を見開いた。

「ごきげんよう。」

にっこりと、そう声を掛ける。
そんな私の姿に三人はそれぞれ違う反応を見せた。

「とりあえず、エレフ。門は開けてるから先に中に入って。話はそれからよ。」

エレフは頷くと、私の腕の下を通り中へと入る。
それからシークアントさんへと目を向けると、彼は首を横に振り守衛室を指差した。
その仕草に、分かりました、と一つ頷き私も門をくぐった。


門が、重たい音を立てて閉じる。




まるで、中と外を遮断するかのように――。






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