笑顔と涙と交渉と




彼らの隣に並ぶ為だけに、今まで必死に修行をしてきた。
会って、強くなった姿を見てもらって、またあの時のように笑い合いたいと...。

彼らに会ったら一番に、4年前のことを謝りたい。

『何も言わずにいなくなってしまってごめんなさい。』
『ずっと連絡を取らなくてごめんなさい。』
『心配をかけて...ごめんなさい。』


そして、安心させてあげるの。


『私、強くなったよ。もう、大丈夫だよ。』


って。

















――狙うなら、まずは大袈裟な反応をしてくれそうな人。


「こんばんは。ご機嫌いかが?」

使ったのは移転魔法陣。
警戒しながら辺りを見回していた彼のすぐ後ろに現れて声を掛ければ、彼は反射的に大きな腕を私に向かって振り翳した。
それをひらりと躱し、こちらを向いた彼―ウボォー―の前に着地する。

目が合うと同時、彼はこれでもかと目を見開いた。

―4年前より随分大きくなったかしら?
そしてちょっとだけオジサンになった気がするわ。

なんて思ってクスクスと笑う。
そんな私にウボォーもニヤリと口角を上げた。

「元気そうじゃねぇか。」
「えぇ、相変わらずよ。」
「なんだ、少し生意気になったか?」
「ふふ、そうかもしれない。ウボォーは少し老けた?」
「ガハハっ!そうか老けたか!!ルーエルも言うようになったなぁ!」

大きな口を開けて豪快に笑うウボォー。
その豪快さも、笑い方も、4年前と全く変わってない。

そのことがとても嬉しい...。


「心配をかけてごめんなさい。ただいま、ウボォー。」

そう言えば、ウボォーはハッと鼻で笑った。

「俺は他の奴ほど心配はしてなかったぜ。ルーエルは生きてる。これは当然の事だろ?」

自信満々にそう言い切ったウボォーに面食らう。
だけどその言葉に隠された彼の想いの深さに、喉元に熱いものが込み上げた。
じんわりと熱くなった目頭を誤魔化すように私はハハッと笑う。

「えぇ、そうね。私は絶対に死なないわ。この先も絶対、ね。」


―強くなったよ。誰にも負けないくらい。


そんな想いを込めてウボォーを見つめれば、彼はゆっくりと微笑み頷いた。
そしてその笑みを崩すと、どこか諦めたようにため息を吐き両手を上げた。

「俺の負けだ。あんな風に後ろを取られちゃあ、死んだも同然だからな。」

そんなウボォーに目をぱちくりさせる。

「いいの?今からやりあうのかと思ってたわ。」
「言ったろ、後ろをあんな風に取られた相手に正面から勝負しても勝てねぇよ。」
「・・・ごめんなさい、私、魔法を使ったのよ。きっと魔法なしなら後ろを取れないわ。」
「魔法もルーエルの力だろ。持ってるもんを最大限活かすのはズルでも何でもねぇさ。」

当たり前のようにそう言ったウボォーに、どこか心につっかえていた物が取れた気がした。

『魔法は、ズルでも何でも無い。』

そうだ。
私は魔法を使うことも精霊に頼ることも、どこかズルをしているような気持ちでいたんだ。

「ありがとう、ウボォー。」

きっとウボォーはただ当たり前のことを言っただけ。
でも、私にはその言葉がとても大きなものに思えた。

「まぁでも、今のは他の奴らには通用しねぇぜ。・・・ほらよ。」

そう言って後ろに目線を送るウボォー。
彼の視線の先、路地裏から姿を現した二人に私は口角を上げた。

「見つけたぜ。」
「先に仕掛ける奴を間違えたな。」

こちらに歩いてくる二人に、私はふふっと笑みを溢した。

「間違えた?まさか。来てくれると思ったから先にウボォーに仕掛けたのよ?」

そう言った私に三人は目を見開く。

「なに?!じゃあ俺は使われたってことか?!」
「で、俺達は見事に誘われたっつーことか。」
「っかぁー!!やられたぜぇ。」

片手で顔を覆うノブナガ。
だけどその顔はどこか楽しそうで。
もちろんそれはフィンも同じ。

二人はニヤリと笑うと、私へと一歩踏み出した。
私も構える。

「わざわざ誘ったっつーことは、二人いっぺんに相手するってことでいいんだよな?」
「えぇ、飛行船の最終まで時間ないでしょう?本当はフェイタンも来るかと思ったんだけど...」
「フェイはこの先で待ってるぜ。」
「・・・そう。じゃあ早く行かないとね。」

私がそう言うとノブナガは豪快に笑った。

「カッカッカ!えらく強気だなぁ、ルーエル。反抗期か?」
「反抗期?・・・ってなに?」
「・・・・やっぱルーエルはルーエルだな。」
「...何が言いたいのよフィン。」

どこか遠い目をしたフィンにむぅ、と頬を膨らます。
でもそんなやり取りも懐かしいわけで...
自然と顔が綻んでいくのが分かった。

「んじゃ、やるか。ノブナガ、お前タイマン向きだろ。俺が隙きを突くぜ。」
「おう。間合いに入ってくんじゃねーぞ。」
「んなヘマすっかよ。」

二人の会話に思わず首を傾げる。

「あら、作戦バラしていいの?」
「随分と舐められてるみてぇだからな。俺たちもこれくらいのハンデはやるよ。」
「ふふ、絶対に後悔するわよ、フィン。」
「おうおう、言ってくれるじゃないの。んじゃ、行くぜっ!」

グッとノブナガが足に力を入れたかと思えば、一瞬にして私の間合いに入って来る。
目の前で抜かれた刀に、私は身を引きながら右手に細剣を召喚した。
そのままノブナガの刀を受け止める。

キン――っと甲高い音が路地裏に響いた。

「ほぅ...ルーエルも刀を使うか。」
「まだ不慣れなんだけどね。剣で戦えるようになりたいとは思っているわ。」
「なるほどな、今度修行つけてやるぜ。」
「それは有り難い、わっ!」

グッとお互いに獲物に力を込めた後、距離を取る。
その瞬間後ろに気配を感じて私は咄嗟に結界を張った。

ガツンッと重い音を響かせ、結界はフィンの拳を防ぐ。

「ぁあ?なんだ?なんか壁みたいなのにぶつかったぞ。」

弾かれた拳を見つめながら首を傾げるフィン。
――その瞬間を私は逃さない。

「フィンクスっ!!!」

ノブナガの叫び声にフィンが慌てて構えたが・・・

「遅い。」

チャキ...っと小さな音を立て、細剣がフィンの喉を捕らえた。
背後から絡め取るように首元にあてがったやいばに、フィンが息を呑む。
そして、ゆっくりと詰めていた息を吐いた。

「負けだ。」

両手を上げてそう言ったフィンに私は満足気に頷くと、そっと彼から離れる。
そして未だに驚き目を見開いているノブナガに一瞬で詰め寄り、細剣を振り下ろした。
もちろん受け止められるのは承知の上。

私が狙うのは、触れ合った刃――。

ふわりと冷気が私達を包む。
その変化に気付いたノブナガが眉を寄せる。
が、次の瞬間ノブナガは大きく目を見開いた。

ピキピキと細い音を立てて凍っていく刀。

触れ合った部分から始まり、ノブナガが握っている柄の部分にまでどんどん広がっていくその氷に彼は舌打ちし、刀を手放した。

丸腰になった彼の懐へと一瞬で入り込み、細剣を逆手に持ち柄の部分で彼の胸を討つ。
が、さすがノブナガ。すんでのところで手のひらを“堅”にして受け止めた。

そんな彼に私は悪戯に笑い、舌を出す。
その表情で察したのだろう、ノブナガはしまった、と慌てて手を引こうとしたがもう遅い。
柄の部分に触れた彼の手は一瞬にして氷に包まれた。

「・・・・」
「・・・・えへ。」

肩を竦めて笑えば、ノブナガは呆れたように盛大にため息を吐いた。

「俺の負けだ。」

その言葉を受け、私は氷魔法を解除してノブナガから離れる。
そしてゆっくりとフィンとノブナガに向き合い、苦笑した。

「強く...なったでしょ?」

――安心、してくれたかなぁ。

どこか自信無さげにそう言った私に二人はゆっくりと近付くと、わしゃわしゃ!っと乱暴に髪を撫でた。
双方から伸びた手にグリグリされ、思わずわわっと声を出してしまう。

「すごい成長だなぁ、ルーエル。大したもんだ!」
「いや、正直驚いたぜ。舐めてかかってたのは俺たちだったかもな。」

――強くなったな、ルーエル。

二人の言葉に、またじんわりと目頭が熱くなる。

「ノブナガ...フィン...。心配をかけて、ごめんなさいっ」

大人にね、なったと思うの。
でもね。

やっぱり、彼らの前ではまだまだ子供なんだ、私。

『おかえり』と笑ってくれる彼らに、私も『ただいま』と、笑顔でそう言った。








ーーー・・・








「・・・来たか。思てたより早かたね。」

「フェイタン...。」


路地を進んだ先、そこに佇む一人の少年(身長的)
に私は足を止めた。

「久しぶり、ね?」

なんと声を掛けていいか分からなかったから、取り留めのない言葉になってしまった。
そんな私にフェイタンは答えることなく、スッと構えをとる。
その行動に思わず苦笑し、私も構えをとった。


それは、ほんの一瞬の出来事。

私とフェイタンの距離が縮まりお互いの拳がぶつかり合う。
一つ防げば次の攻撃、一つ防がれたらまた攻撃。
これの繰り返しを何十回しただろうか?
それでもまだほんの数十秒程度しか経っていないのだろうけど...。

蹴りを防がれたと同時、私達は一旦お互いに距離を取った。

「ふん。このスピードについて来れるようになかた。」
「えぇ。でもまだ本気じゃないんでしょう?」

――本気でやってよ。

とは、言わない。
あの頃とは違うと分かっていても...
それでもやっぱり私にとって、ううん。フェイタンにとっても、この言葉は辛い過去だから。

「ワタシの本気、ルーエルに見せると思うか?そんな簡単に手の内見せるほどバカじゃないよ。」
「そういうと思ったわ。」

肩を竦めて笑えば、フェイタンもフッと笑った気がした。

「でもあのスピードは余裕そうだたね。仕方ないからもう少しあげてやてもいいよ。」
「本当?じゃあ、お願いします!」

思い出すね、4年前の修行の日々を。
あの頃はフェイタンはつまらなそうに、とても低速で私の相手をしていた。
私はそれについていくのに必死で...。

それでも、彼はずっと付き合ってくれたんだ。
この速度に慣れたら、もう少し速く。それをクリアしたらまた速く。
そうやって一歩ずつ、優しく手を引きながら私を成長させてくれたね。

「ふん、大きな口叩いてた割には辛そうね。」
「そん、なことないわ!まだまだ、いける!」

フェイタンの拳を防ぎながらそう言うが、先程から私は防戦一方。
彼の攻撃を防ぐことに手一杯で自分から攻撃出来ずにいた。

必死に隙を探すがそんなものあるわけもなく。

(・・・このままじゃ、負けちゃうっ)

グッと唇を噛み締めたとき、ふと服の隙間から見えたフェイタンの口元。
何かを堪えるように歪められた口元に、ハッとする。
繰り出される拳を注意して見てみると、僅かに震えているのが分かった。

――泣いて、る?

なぜそう思ったのかは分からない。
フェイタンの目は潤むことなくしっかりと私を見据えていたから...。

だけど何故だろう?そんな気がした。

そう思った瞬間、私はフェイタンの拳を風魔法を使って受け流し体制を崩した彼の背後へとすかさず回る。
一瞬のことに身体を強張らせた彼を安心させるように、ぎゅっと抱き締めた。

「フェイタン...いつもいつも、心配ばかりかけてごめんなさい。大丈夫、生きてるよ。私、強くなったよ。もう...大丈夫だよ。」

ぴくりと、フェイタンの肩が小さく動いた気がした。
次第に力が抜けていく彼の身体に、ゆっくりと抱き締めていた力を緩める。

「・・・団長はこの先よ。時間ない分かてるか、ささと行くね。」

ポツリと、私の方を向くことなくそう言ったフェイタン。
彼の声音がいつもより少しだけ弱々しくて...。

「うん。・・・ありがとう、フェイタン。また後でね?」

私はその場に佇むフェイタンに背を向け、先へと進む。
フェイタンから、返事は無かった。







・・・ーーー








複数の人の気配がする。

数十メートル先に、おそらく団長がいる建物があるのだろう。
気配の感じからして彼らは私の存在に気付いている。

(うーん...4人同時に相手するのは流石に無理な気がするなぁ。)

シズク、フランクリン、コルトピ、ボノレノフ。
いずれもどんな能力を使うかは分かっていない。

正面突破するか...バラけさせるか...

路地の先を見つめながら考えていると、どこからか音楽が聞こえてきた。
それは聞き覚えのある、懐かしい音――。

「・・・ボノ?」

小さくそう呟けば、路地の先から誰かが近付いてきた。
身体中穴だらけの彼は、そう...間違うはずもない――

「久し振りだな、ルーエル。」
「ボノ!」

いつも私に楽しい音楽を聞かせてくれて、時にはそのメロディに乗せて歌ったりもしたね。
寡黙だけどその音色が何よりも彼という人を私に教えてくれていた。

「外の世界に出て、強くなったか。」
「えぇ。もう、守られるだけの私じゃないわ。」

真っ直ぐに彼を見つめてそう言えば、彼は一つ頷き構えた。
ボクシンググローブをつけた彼の戦闘スタイルはおそらくボクシングに近いのだろう。

(接近戦か...。五月雨桔梗で間合いを取ってもいいけど、懐に入り込まれた時が不利か。)

ただ、拳で戦うにしても彼とはリーチが違い過ぎて不利なことに変わりはない。

(うーん、やりにくそうだなぁ。)

そんなことを考えながら私も構える。
じっと睨み合いが続く中、先に行動を起こしたのは私。

真正面から突っ込んでいき、彼の顔面へと拳を振り翳す。しかし彼の顔面に当たる直前、私はその拳をピタリと止め、相手の視界から消えるように背後へと回り込んだ。そして右足を振り上げる。

――ガッ

鈍い音が路地に響く。
頭を狙って振り上げた足は、しかし彼の右腕によって阻まれた。
そのまま思いっきり足を弾かれ体制を崩される。

――ボノから視線を外したのは一瞬だった。

しかし顔を上げた次の瞬間、私の目のすぐ横を掠めたボノの拳。
ひやりと、肝が冷えた。

咄嗟に彼と大きく距離を取る。
傷を負ったわけではない。だけど、私の心臓は忙しなく動いていた。

(接近戦はダメだ...力量差がありすぎる。)

先程の一振りで分かる。
私の顔ギリギリを掠めた拳。
ボノは敢えて狙いを外した。私を牽制するには十分すぎるほどの威力と、正確さを持って。

――どうする?

ツ―...と頬を汗が伝ったと同時、私は横から感じた殺気にその場から大きく跳躍した。
私と入れ替わるよにしてその場に降り注いだのは複数の銃弾。

機関銃マシンガン?!」

地面を抉った銃弾の数に目を見開きながら、私は銃弾が飛んできた方向を見た。
そこにいたのは――、

「ちゃんと避けたな。」
「その為に殺気飛ばしたしね。良かった、ちゃんと避けてくれて。」

「フランクリン...シズク...!」

指の先から煙を出すフランクリンと、昔よく遊んでもらったデメちゃんを持ったシズク。
再会の喜びと同時、3対1はキッツいなぁと苦笑する。

(コルがいないのがまだ幸い、かな。)
 
距離を取るために着地した廃ビルの屋上。
あの場に待機していた4人の内の一人がこの場にいないことに僅かに安堵、したのもつかの間。

不意に、私の視界がガクンッと揺れた。

「―――え?」

突然の浮遊感。急激に落ちていく身体に、私は咄嗟に自分の足元を見た。

「――――っ?!」

目の前の信じられない光景に目を見開く。
そこには、あるはずのものがなくなっていた。

(どうしてさっきまで立ってたビルがなくなってるの?!)

そこまで気付いて、私はハッと辺りを見渡した。
廃ビルがひしめき合う路地裏。
確かに、私がいたのはそんな場所だった。

そんな場所だった・・・、のだ。


ストン、と着地する。
目の前のあり得ない光景に、私はしばし呆然とした。

「どうして...さっきまであったビルが全部なくなってるの?」

廃ビルがひしめき合う路地裏は、しかし今は何もない更地になっている。
あれだけあった建物は一体どこへ消えてしまったのだろう?
そんな私の疑問に答えるように、背後から声が掛けられた。

「あー疲れた。さすがにあの数はしんどいね。」

ふぅ、と溜め息を吐きながら出された声は幼い。
そして私はその声を知っている。

「・・・コル。」

半ば呆然としながら、私は彼の名を呼んだ。

「ねぇ、もしかしてスタート地点から見えていたビルは全部つくり物?」

私の考えが正しければ、コルは具現化系。
そして具現化したビル一つ一つが“円”の役割をしているのだとしたら――、

「うん、そうだよ。既存のものもあるけど、殆どはボクが具現化したもの。」
「・・・なるほどね。」

私はふっと息を吐きながら前髪をかき上げた。

「最初から、私の動きは把握されてたわけだ?」

じっと彼らの先にある1軒の廃屋を見て、そこにいるであろう、クロロを思う。

(見事ね。)

それは勝負の組み立て方に対して。

「勝つためには駒の位置を把握しておかなくては、だものね。」

――だけど、それはこちらも同じ。

ニッと、私は口角を上げた。
雰囲気の変わった私にボノ達が一斉に構える。

が、もう遅い。

ぶわり――と私を囲むように風が巻き起こる。
周囲が蒼白い光に包まれると同時、私の下に大きな魔法陣が浮かび上がった。
それは一瞬で彼らの足元まで広がっていく。
異変を感じた彼らがその場から飛び退こうとした瞬間、パキンッと甲高い音が響いた。

作り出したのは、氷の檻。

彼ら一人一人を捕えたそれは、フランクリンの拳を持ってしても壊れない。
それを確認し、ふっと息を吐き魔法陣を消す。
完全に捕えたと踵を返した私は、しかし次の瞬間横から伸びてきた拳に反応が遅れてしまった。

「―――っ、」

咄嗟に左腕を盾にしたが、ガツッと何とも鈍い音が響き左腕に激痛が走る。
目の前で「あ。」という顔をしている彼女に、私は思わず苦笑した。

「完全に不意をついたと思ったんだけどな。」
「それはこっちのセリフよ。どうやって抜け出したの?...シズク。」

さっと私から距離を取ったシズク。
私はシズクを捕えたはずの氷柱を見やった。
地面から伸びた4本の氷柱。
他の3人をガッチリ捕えているそれは、しかし一つだけもぬけの殻である。

「デメちゃんを盾にして空間を作っただけだよ。」

シズクの言葉に私は、なるほど、と納得した。

「具現化系だったのね。」
「うん、出し入れ自由だし便利だよ。」
「絶対に捕えたと思ったのに誤算だったなぁ。」

はぁ、と溜め息を吐くと、シズクは捕えられた3人に目を向け首を傾げた。

「こっちも誤算だったよ。こんな方法で抑えられると思ってなかったし。私はまぁ能力的にラッキーだったかなって。」

でも、と言葉を続けるシズク。

「私も負けだね。攻撃くらっちゃったみたい。」

そう言って布が真っ二つに裂けた腕を持ち上げる。

「ルールはルールだし、もう追いかけないよ。ごめんね、負けてたのに攻撃しちゃった。」

腫れた私の左腕を指してシズクは謝罪の言葉を口にした。
少し気落ちしているように見える彼女に私はううん、と首を横に振る。

「服が破けたのは偶然よ、狙ったわけじゃない。
むしろこれは逃げられた私の落ち度。本来ならまだ勝負はついていないはずだわ。」

だけど、と私は情けなく笑った。

「飛行船までの時間がないから、今回は私の勝ちで甘えさせて。」

そんな私にシズクも小さく笑う。

「うん、いいよ。今度また組手しよう。」

話が一段落ついたところで、彼らを囲っている氷柱を解いた。
急いで彼らに駆け寄り怪我がないか確かめる。

「氷で怪我、してない?」

「問題ない。」
「ボクも大丈夫だよ。」
「腕に掠ったがかすり傷だ。問題ねぇよ。」

ボノとコルは上手いこと囲めたようだ。
だけど身体の大きいフランクリンは氷柱の距離を少し見誤ってしまったらしい。

「そっか...ごめん、まだ未熟ね。」

そう言って目を伏せた私の頭に、フランクリンの大きな手がふわりと乗る。

「いや、大したもんだぜ。ボノとの戦いから見てたが、いい身のこなしをしてる。強くなったな。」

懐かしい、彼の大きな手。
いつも私の頭を優しく撫でてくれていたその手の温もりは、今も全く変わっていない。
私は優しく微笑むフランクリンを見上げて、うん!と大きく頷いた。

「私、外の世界に出て強くなったわ!
私ね、次にみんなと会うときは、みんなの隣に立つって決めてたの。」
「そうか、そりゃ頼もしいな。」

ははっと笑ったフランクリン、それに同意するように頷く3人に私も満面の笑みを浮かべた。

「あのね、シズク、フランクリン、コル、ボノ...」

改めて彼らに向き合う。

「心配をかけて、ごめんなさい。
4年間...なんの連絡も取らなくて、本当に...」


ごめんなさい。


ゆっくりと、頭を下げた。
彼らはそんな私に暖かく笑み、団長の元へと送り出してくれた。







ーーーーー・・・







――キィ...

と古びた扉を開ける。
朽ちた屋敷の中央に一人腰掛ける男。

「クロロ。」

私は、そっと彼の名を呼んだ。
彼は私に言葉を返すことなく、ただただゆっくりと微笑む。

(マチとパクはどこ・・・?)

気配を探るが見つけられない。
“絶”で気配を断っているか...。

視界の端でキラッと光ったものに私は目を細め、ふっと小さく息を吐いた。
気付かれないように右手で魔力を練る。
その場から一向に動かない私に、クロロは挑発的に言葉を投げて寄越した。

「どうした、ターゲットが目の前にいるのにだんまりか?」
「あら、クロロにしてはえらく安直な言葉ね?」
「ふっ、そう思うか?」
「えぇ。罠に嵌めようとしているのが見え見えね。」

まぁ、私を試しているのだろうけど――。
おど けたように肩を竦める。
そんな私にクロロは可笑しそうにクスクス笑った。

「なるほど、少し甘く見過ぎたか。俺の知ってる子は猪突猛進な節があったからな。」
「・・・むぅ、酷いわクロロ。せめて鹿くらいにしておいてよ。その方が可愛いわ。」
「なるほど、馬鹿・・、か?」

ほぅ、と感心したように聞いてくるクロロに自ら墓穴を掘ったことを知る。
私はカァァと顔を赤くしてブンブンと首を振った。

「ち、違うわよ!そういうつもりで言ったんじゃない、わ!!」

言い終わると同時、魔力を練っていた右手を横に薙ぐ。
その動きに合わせるように、水が宙を舞った。
キラキラと僅かな月明かりを受けて光る水滴。
それは私とクロロを隔てるように網目状・・・に輝いている。

目の前の光景にクロロが僅かに目を見開いた。
そんなクロロに私はくすりと笑う。

「罠、みっけ。」

おそらくマチかパクの能力なのだろう。
クロロの前には複数の糸が張り巡らされている。
上手く闇に紛れ込んでいた糸は、しかし水に濡らされその全容を明らかにした。

「驚いたな、気付いてたのか。」
「ここが完全に真っ暗なら気付かなかったわ。」
「なるほど。」

クロロは満足気に頷くと、さて次はどうする?と私に目で問う。
そんな彼の視線に、私はゆっくりと水滴のついた糸に触れた。

「この糸、持ち主のところまで伸びてるのかしら...」

それは、ほとんど確信に近い呟き。
にやりと笑う。

次の瞬間、パキンッという音を立てて目の前の糸が全て凍った。

全てが凍るコンマ数秒前、僅かに緩んだ糸に持ち主が糸を手放したことを知る。
そして私は、その動いた気配を見逃さない。
彼女・・が飛び退いた先へと私も一瞬で移動し、そしてその手を握った。

同時、シャン――と氷の砕けた音が部屋に響く。
氷の欠片が月明かりを受けてキラキラと私達の周りを舞った。

「捕まえた...マチ。」
「―――っ、」

驚いたように見開かれた彼女の目には、大粒の涙。
その瞳にしっかりと私を映し、マチはくしゃりと顔を歪めた。
ぽろぽろと溜まっていた涙が溢れる。

「マチ...ただいま。」
「ただいま、じゃないよバカッ!ほんと..アンタは昔からっ・・・」

私の腕にしがみつきその場に膝をついたマチ。
それに合わせて私もしゃがみ込む。
肩を震わせるマチを私はゆっくりと抱き締めた。

「マチ...本当にごめんなさい。」

後ろに感じたもう一人の存在にも、声を掛ける。

「パクも...。」

そっと後ろを振り返る。
そこには小さく苦笑したパクが立っていた。

「おかえりなさい、ルーエル。元気そうで本当に良かったわ。」

優しく私の頭を撫でるパクの手の温もりに、じんわりと目頭が熱くなる。

「・・・ここまでだな。」

そう言って立ち上がったクロロ。
私の前まで歩いてくると、そっと私と目線を合わせるように膝をついた。

漆黒の瞳が、優しく細められる。

そして――、



「よく頑張ったな、ルーエル。おかえり。」



「―――っ、」

泣かないって決めていたのに、もう無理だった。
今まで堪えていたものが一気に溢れ出す。

「ぅ...ふぇっ、ク、ロロっ、会いたかったっ!!!会いたかったよぉぉっ!怖かった...とっても怖かったの...っ!痛くて、怖くて、どこにも逃げられなくてっ!!」

子供のように泣きじゃくる私に、マチは私からそっと身体を離し背中を擦ってくれる。

「...っ、みんなに、ね、迷惑掛けちゃだめだって。醜い姿を見せたくないって思ってね、滝にね、身を投げたのっ!!」

こんなことを話したいんじゃない、と頭の隅で思うけど止まらなかった。
いつの間にか周りにはみんなが集まっていて。

「だけど、っ、結局みんなに迷惑掛けちゃったっ!!心配、掛けちゃった...!

本当に、っ、ごめんなさいっ!!」


泣き叫ぶように、そう言った。

――あぁ、自分はなんて子供なんだ。

4年前と全く変わってないじゃない、なんて頭の片隅で苦笑する。
だけどきっと...ヒソカに襲われたあの日から、私はこんな風に泣き叫びたかったんだ。

怖かった、と。
みんなに会いたかった、と。

やっと...
突っ張っていた心が解けた気がした。






・・・ーーー






ゴウンゴウン...

と飛行船のエンジンが響く。
無事に最終便に乗れた私達は、ミンボ共和国へと向かっていた。

「落ち着いたか?」

今後の話し合いの為に飛行船の食堂スペースに集まった私達。
目を真っ赤に腫らした私に、クロロが小さく笑いながら聞いてくる。

「えぇ、お陰様で。ごめんなさい、テストの最中だったのに...。」
「いや、ルーエルの実力は分かったから問題ない。
それに少し安心した。」
「安心?」

首を傾げた私にクロロは苦笑した。

「ルーエルは成長して大人になったと思う。それは前の戦いを見て実感した。
だけどどこか...そうだな、距離を感じたんだ。俺達の知らないルーエルの姿に戸惑ったとでも言うべきか...。」

そう話すクロロに他の団員が頷く。

「あの頃の素直さが抜けたよな。」
「おぅ、結構チクチクと皮肉ってくるし。」
「いやぁ、生意気になったもんだぜぇ!」

感心したように話すウボォー、フィン、ノブナガに頬を膨らます。

「失礼ね!まぁ...確かに生意気にはなったと思うけど。」
「それも成長の証だ。外の世界に出て純粋でいられる方が珍しいしな。」
「・・・クロロ、それ褒めてないわよね?」

随分と酷い言いようだ。
だけど...なんだろうな。前よりもみんなと近い気がするの。

そんなやり取りが楽しくてみんなで笑い合った。





 * *




「さて、そろそろ依頼の話でもしましょうか?」

一通りの雑談をした後、私は本題を切り出した。
彼らも先程までと表情を一変させる。
私が話そうと口を開いた瞬間、クロロがそれに待った掛けた。

「その前に、一つ確認しておきたい事がある。」

真剣な声音。
何を聞かれるか、ある程度の予想はついていた。
そしてその答えも、私の中ではもう決まっている――。

「ルーエル、旅団に入りたいか?」

みんなが私に注目する中、私はゆっくりと彼らに微笑んだ。

「いいえ。私は旅団には入らないわ。」

一切の迷いなく、そう答える。

「私は情報屋“フレイヤ”として生きて行く。だから、みんなの活動への参加はあくまで『仕事』として。
だからやりたくない仕事は断るし、なるべく人も殺さない。これは、絶対に曲げられないわ。
もちろんみんなの邪魔は絶対にしないし、みんなが人を殺していても止はしない。そこは安心してね。

私から提示する条件はこれだけ。あとは、クロロの判断に任せるわ。」

心臓が、バクバクと煩い。
冷静に努めたけど内心は不安だらけだった。

私が決めた、私の生きる道。

これがみんなに受け入れられなかったら...。
人を生かす、そんな甘い考えの奴はいらない。
そう言われたら――、と。

だけど私の言葉を聞いた彼らの表情を見て、私の不安は消え去った。


だって、みんな私の出した答えに安心したかのように、笑ったんだもの――。


「俺の判断、か。もちろん『オーケー』だ。」

ふっと口角を上げて笑ったクロロ。
ゆっくりと立ち上がり私の前に手を差し出す。

それは4年前の――私の目が見えるようになったあの日のように。


「クロロ=ルシルフルだ。幻影旅団の団長をしている。」
「ルーエル=シャンテよ。情報屋“フレイヤ”として活動しているわ。」


よろしく、とお互いに握手を交わす。

それは私達の新しい関係の始まり。


生きる道が違えど、共存はしていける。


お互いがお互いを大切に思っていれば、きっと――。





ふと、シャルと目が合った。

クロロと握手を交わす私を嬉しそうに見つめる彼に、私も幸せだと微笑む。
そんな私に彼は驚いたように目を見開き、しかし次には同じように微笑ってくれた。




大好きな人たちに囲まれて、私の新しい生活が始まる――。






1 end


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