情報屋として
―――カランカラン...
木造の扉を開け中に入ると、奥の窓際の席に緑色の髪の青年が座っていた。
頬杖をつき窓の外を眺めていた彼は、入店の鐘の音に顔を上げる。
そして私達の方を見てハッと立ち上がった。
「―――!あの子・・・・」
シャルが驚いたように目を見開く。
緑色の髪の青年――エレフは、シャルの姿を確認すると姿勢を正し、ゆっくりと頭を下げた。
情報屋として
「お待たせいたしました。ホットコーヒーとアールグレイです。」
店員さんが丁寧な仕草でシャルと私の前に飲み物を置いてくれる。
エレフの前には飲みかけのアイスコーヒー。
「お久しぶりです、シャルナークさん。」
話を切り出したのはエレフ。
少し緊張ぎみな声音に、シャルは小さく笑った。
「久しぶり、エレフ。あの時の約束、覚えてくれてたんだね。」
「はい。貴方達に出会えたから、俺は外の世界に出ようと思ったんです。・・・ハンター試験に受かったら、連絡を取ろうと思っていました。そんな時に偶然にも試験でルーエルに出会ったんです。」
そう言って私に目を向けるエレフ。
彼の視線を受け、私は一つ頷いた。
「私、試験では本名じゃなくて仕事名を名乗っていたの。それなのにいきなり『ルーエル=シャンテじゃなくて?』なんて聞かれたからびっくりしたわ。
エレフが旅団のみんなのことを知っていたのにはもっと驚いたしね。」
「シャルナークさんの連絡先を知ってるって言ったときのルーエルの食いつき方は凄かったですよ。」
クスクスと笑いながらそう話すエレフに頬を膨らます。
「だって...仕方ないじゃない。私、シャルの電話番号知らなかったんだもん。」
プイッとそっぽを向くと、意外そうに私とエレフを見るシャルと目があった。
「?どうしたの、シャル。」
「・・・いや、随分と仲良くなったんだな、と思って。」
どこか呆然とそう呟いたシャルは、何かを吐き出す
ように大きく息を吐いた。
「そっか...そうだよな。ルーエルが俺達以外の人と喋ってるの、見るの初めてだから。少し驚いたというか...うん、そう、だよな。」
どこか歯切れの悪いシャルが心配で、そっと伺うように顔を覗き込む。
そんな私に気付いたのか、シャルは苦笑しながら私の髪を撫でた。
「ごめん、ルーエル。大丈夫だからそんな心配そうな顔しないで。少し驚いただけ。」
「・・・うん。」
シャルは無意識かもしれないけど、私の頭を撫でながら見せた笑顔はどこか寂しそうで...。
だけど、いくら考えても私にその原因は分からなかった。
「シャルナークさん、あの時の...6年前、クロロさんが俺に言った言葉、覚えてますか?」
そんな私の思考を遮ったのは、エレフのシャルへの問いかけ。
「あぁ、もちろん。・・・もしかして、その言葉がきっかけ?」
「えぇ。あの頃の俺にとって、そう言って背を向けたクロロさんの背中はとても大きくて、憧れだった。」
キラキラした瞳でそうシャルに語るエレフ。
そして、そんなエレフの言葉に嬉しそうに目を細めたシャル。
私もクロロが誉められているのが嬉しくて、そして何よりシャルに笑顔が戻ったことが嬉しくて。
ふふっと小さく笑みを溢した。
「シャルナークさん。俺を、クロロさんのところに連れて行ってもらえませんか?
あの人より強くなったとは思わない...だけど、6年前よりは成長したと思うんです。」
「そんな姿を団長に見て欲しい?」
「はい。」
力強く頷いたエレフに、シャルは少し思案した後、小さく首を横に振った。
「・・・ごめん、エレフ。今の君を団長に会わせるわけにはいかない。」
その言葉に思わず驚きの声を上げる。
「どうして?試験で見てきたけど、エレフはそれなりに強いわよ。
そりゃ、私含め旅団のみんなより強いかと言われたら...きっとそうではないけど。」
そんな私にシャルは違うんだ、と首をもう一度横に振る。
そして、おもむろに人差し指を立てた。
それはビスケとの修行で何度も見てきたもの。
私はその瞬間、反射で“凝”をした。
(・・・ネコさん?)
「エレフ、何か見える?」
「・・え?いや、何かって・・・シャルナークさんの人差し指は見えますけど。」
急なシャルの行動にエレフは戸惑っている。
そんなエレフの様子に、シャルが彼に何を言いたいのかが分かった。
(そっか。エレフはまだ念を知らないんだわ。)
魔族だから魔術ばかりに気を取られていたけど、そっか・・・そうだわ。
ビスケだって言っていた。ハンターになるには必ず念の習得が必要だって。
「ルーエルは見えるよね。」
「えぇ。ネコさん、であってるのよね?」
「うん、正解。」
私達の会話にますます首を傾げるエレフに、シャルは手をおろしながら結論を述べる。
「まだ、エレフのハンター試験は終わってないよ。」
その言葉に、エレフは大きく目を見開いた。
「念能力の習得。これがもう一つのハンター試験、『裏ハンター試験』って呼ばれるものなんだ。
これに合格して、初めてハンターになれるってわけ。」
裏ハンター試験・・・呆然とそう呟いたエレフは、ふとその視線を私に向けた。
「ルーエルはもう習得済みだよ。4年前に・・・偶然ね。」
そう言葉を濁し苦笑したシャルに、私も思わず目を伏せる。
微妙な空気を感じ取ったのだろう、エレフもそっか、と頷くだけで深くは聞いてこなかった。
「ゴン達も同じだと思うわ。キルアのところに行ってもし合流出来たら、一緒に行動するのもありなんじゃないかしら。」
私がそう提案すれば、エレフもなるほど、と顔を明るくさせる。
「確かに目指すとこは同じだもんな。」
「ゴンなら喜んで賛成すると思うわ。」
「はは、そうだね。俺もあの子ともっと話してみたかったし、一緒に行動するのも有りかもしれない。」
私達の会話にシャルは、なになに?なんの話?と覗き込んでくる。
「ハンター試験で出来た友達よ。あ、それでね、シャル。えっと、依頼の話になるんだけど・・・」
確か依頼に書いてあったお披露目パーティは二日後だったわよね。
移動時間にもよるけど、まぁ・・二日あれば間に合うか。良かった、それまでに試験終わって。
「依頼内容に書いてあったパーティって二日後でしょ?そのパーティが終わった後にね、少し会いに行きたい子がいるの。少しの期間別行動してもいいかしら?」
まぁ、ダメって言われても行くと思うけど。
そんな私の気持ちを感じ取ったのか、シャルは呆れたように息を吐いた。
「その顔はもう行く前提だよね。別にいいよ。パーティの後にすぐ次の行動、というよりは一旦情報整理と情報収集の時間設ける予定だし。
ちなみに、ルーエルは俺と一緒に情報係に回るからそのつもりでね。」
やった!と喜んでエレフに向き直る。
「じゃあ、そゆことで!ありがと、シャル!
ね、エレフはまだこの国にいるの?ここからだとパドキアまで3日くらいかかるけど。」
「うーん、どうしよ。ルーエルはどっか移動するの?」
エレフにそう問われ、私は頭の中で依頼内容に関する情報を引っ張り出した。
「パーティ会場の屋敷は確かミンボ共和国にあるのよね?」
「あぁ、そうだね。ここからだと今日の夜の最終に乗ったとしても着くのは二日後の朝かな。」
「結構ギリギリねぇ。まぁ、飛行船の中で準備とかしちゃえば問題はないか。」
ミンボ共和国はパドキアのすぐ下にある国だから、ここから海さえ越えちゃえばすぐ、か。
だとしたらエレフとまたここで合流するのは二度手間ね。
「私はパドキアのすぐ下にあるミンボ共和国で仕事をしてるわ。だから、エレフもパドキアまで行っててくれてる方が合流しやすいかも。」
私の言葉に、了解。と答えたエレフは、スッと立ち上がった。
「じゃあ、また仕事が終わったら連絡よろしく。俺は先にパドキアに行ってるよ。」
「もう行くの?」
「日も暮れてきたし、ルーエル達も時間ないだろ?
シャルナークさんにも会えたし、次の目標も出来た。俺は移動しながら念能力とやらを調べることにするよ。」
そう言って笑ったエレフが伝票を取ろうとして、しかしその手は空を切った。
へ?と驚いた声を出したエレフ。ひらりと移動した伝票の先にはシャルが。
「ここは俺が払うよ、随分待たせちゃったみたいだし。」
「え、いやいや、呼び出したのは自分なので!」
「気にしない気にしない。出世払いってことで、ね?また次に会ったときにでもご馳走してよ。」
そう言ってニヤリと笑ったシャルに、エレフは目を見開き、そして苦笑した。
「分かりました。必ず念を習得して会いに行きます。
その時は・・・そうですね、皆さんでご飯にでも行きましょう。」
「みんなで、かぁー。みんな大食いだけど平気?」
「あはは、その時はお手柔らかにお願いします。」
二人の間で交わされる次の約束に、胸が暖かくなる。
シャル達がエレフとどう出会ったのか、どういう時間を過ごしたのかは分からない。
でも、二人の間に信頼の空気が流れていることに、私は少なからず居心地の良さを感じていた。
(住む世界が違ったとしても、お互いが相手を認めているならばきっと共存は可能、なのよね。)
エレフも、シャル達も、私にとってはどちらも大切なのだ。
どちらか一方だけの世界で生きていくなんてきっと出来ない。
(欲張り、なのは分かってるけど・・・でも、いいよね、欲張りでも。)
だってそれが『私』...なんだもの。
「ルーエル?」
「どうしたの、ボーッとして。行くよ。」
いつの間にかシャルも席を立っていたらしい。
二人して私の顔を覗き込んで不思議そうな顔をしていた。
「あ、ごめん、考え事してた!うん、行こうか。」
二人の呼び掛けに笑顔で頷き、私も席を立つ。
夕日に染まっていたカフェは、今は照明の明かりでほんのりと薄暗く、先程とはまた違った雰囲気を醸し出している。
(夜はバーなのかな?)
また夜にゆっくりと来てみたいなぁ、と思いながら、私達はお店を後にした。
ーーーー・・・
すっかりと日が沈み、辺りが夜闇に包まれた頃。
人気のない路地裏で、不意にシャルが足を止めた。
「?どうしたの、シャル。」
不思議に思って彼を見上げれば、彼は何かを迷っているような目でじっと私を見つめている。
しかし次の瞬間にはその迷いの色を消し、真剣な眼差しで私を見た。
「ルーエル――いや、『フレイヤ』。」
不意に仕事名で呼ばれ、反射的に背筋が伸びた。
「今回は我々の依頼を受けてくれてありがとうございます。
つきましては、仕事を共にするにあたって簡単なテストをさせて頂こうと思っています。宜しいですか?」
改まったシャルの態度に、これは『依頼』なのだと思い出す。
彼の言葉に私は一つ頷いた。
「構いません。お受けしましょう。」
私も彼への態度を正す。
それはまさに『依頼人』と『請負人』の姿。
そんな私にシャルも頷き、本題を切り出した。
「内容は至って簡単。
『団長の元に辿り着くこと』、ただそれだけです。
ルールは、
一つ、捕らえられた時点で失格。
一つ、攻撃を当てれば敵は減る。以上です。」
簡潔に纏められた内容。実に分かり易くて助かる。
要は、『攻撃ありの鬼ごっこ』ってわけね。
ゴールは団長――すなわち、クロロ。
そしておそらく鬼は旅団員。
(命のやり取りではないこの課題をクリア出来ないようでは、この先みんなの傍にはいられない、か。)
ようやく―――、ようやくここまで来た。
ずっと守られるばかりだった私がみんなの隣に立てる時が・・・やっと。
「ルールは理解しました。いつ始めて頂いても構いません。」
そう言えば、シャルは「10秒与えます。」と言ってカウントを取り始めた。
私は一瞬にして彼の前から姿を消し、“絶”をする。
ゲーム、スタート。
* *
(下手に“円”を使うと逆に見つかりそうね。)
私の現在位置は先程シャルが立っていた位置からそう離れていない建物の中。
遠くに逃げるよりも近くに戻って来たほうが見つかりにくいかな、と思って“絶”をしながら引き返してきたのだ。
(もうゲームは始まっている。おそらくクロロ以外のメンバーは動いているわね・・・。)
建物の二階。
闇に紛れながら窓の外を覗けば、辺りを見回しているシャルの姿が。
(シャルがクロロの元に戻るかは分からない。だけど闇雲に探すより効率はいいはず。)
主なブレインはクロロ、シャル、マチ、パク辺り...かな。
特にさっきまで私といたシャルに情報を求める団員は少なからずいるだろう。
どこに誰がいるのか―――、
相手が複数なんだもの。先に把握しておきたいわよね。
だけど彼らだって私のことを知っている。
(私が情報を得て迷わずにクロロを見つけると予想していた場合、クロロの傍にみんなが集まってると考えた方がいい。)
おそらく私を探して動いているのは、ウボォー、ノブナガ、フェイタン、フィン辺りか...。
そう考えるとシャルは囮の可能性が大きいな。
敢えて迷い込ませるか、団員の控えているところまで連れて行かれるか・・・。
ある程度の予想を立て、最善の方法を探す。
多くの情報を得るのなら、あの子達を使った方が確実かしらね?
ふっと息を吐き、神経を研ぎ澄ます。
そして口の中で小さく言葉を紡いだ。
―――クロロの居場所、他、団員の配置を教えて。
“さぁ、お行きなさい、私の可愛い【 風の子供達 】”
直後、ふわりと風が舞った。
ザァァ...と辺り一体に風が吹いていく。
「・・・そう、ありがとう。」
耳元で囁きかけてくれた子達にお礼を言って、私は遠くにある建物を見つめた。
(クロロの傍にマチとパク、か。)
建物の周りを囲むようにシズク、フランクリン、ボノレノフ、コルトピ。
そしてそこから少し離れたところに散っているフェイタン、フィン、ノブナガ、ウボォー...
そこまで把握して、私は思わず苦笑した。
(まぁなんともご丁寧に...)
彼らの配置はシャルが歩いている道を囲むようになっている。
それはつまり、
(私を迎え入れてる、ってことね。)
おかえり、と言ってくれているのか。
それともただ単純に私に勝たせない為に誘い込んでいるのか...。
(おそらくフェイタン達の距離は互いの“円”が重ならない程度の距離。シャルを尾行して行けば確実に彼らに見つかるわね。)
もし誘い込まれているのだとしたら・・・
「それにノラないわけにはいかない、わよね?」
私は不敵に笑い、その場から姿を消した。
何よりも待ち望んだ、彼らとの再開を、今――。
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