メンチの料理審査




「あたしはブハラみたいに甘くないわよ。審査もとことん、きびしーくいくからね!」

ニヤリと笑ったメンチさんに、受験生の顔が引き締まる。

「二次試験後半、あたしの指定するメニューは、スシよ!」




…。


スシ?



















聞いたことのない単語に、私は首を傾げた。
隣を見れば、ゴン達も口をぽかーんと開けて固まっている。

「ふふん、だいぶ困ってるようね。まあ知らないのも無理は無いわ。
スシっていうのは小さな島国にある民族料理だもの。ヒントくらいあげましょう。」

そう言うと、メンチさんは建物の中へと私達を案内してくれる。

「ここで料理をつくってもらうわ!」

建物の中には小さなキッチンがずらりと並んでいた。

「スシを作るのに最低限必要なものは揃えてるわ。
もちろん、ゴハンもね。これがなきゃ始まらないし。」

まな板、包丁、うちわ、に…木の桶?
あの瓶は調味料かな?

それにしても、食材がゴハンだけってどんな料理なんだろう…。
見た感じコンロも鍋もないし、火は使わない、のかな?
それとも豚の丸焼きと一緒で火は自分でなんとかしろ、とか…?

うーん、完成形が全く想像出来ないわ。

「そして重要で最大なヒント!」

―あ、まだヒントがあったのね。

「スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!
それじゃあ、スタート!」


メンチさんの声を合図に、受験生達が一斉にテーブルへと駆け寄る。
みんな目の前にある道具を手にとっては首を傾げ、うんうんと唸っている。

(ニギリズシ、ねぇ…)

「フレイヤも分からないか?」

「クラピカ…。えぇ、全く。想像すら出来ないわ。」

「まじか…フレイヤも知らねーのな…」

明らかに落胆するレオリオに私は苦笑した。

「師匠と色んな国を旅したけど、そういう名前の料理には巡り会わなかったわ。」

「フレイヤは色んな国を知っているのか?」

「色んな、って言っても地図を広げてみたら数えられるぐらいしか、よ。
東の方とかは行ったこともないし…。」

「じゃあ東の島国なのかもしれねーな。」

「まぁ、それが分かったところで料理のヒントにはならないけどね。」

「いや…東の島国、と言えば…昔何かの文献で読んだ事がある。
確か、スシ、という名前の料理も載っていた気が…」

「マジか!?クラピカ!思い出せ!!!」

「うるさい!!思い出すから少し黙っていてくれ!!!」

クラピカの一喝にレオリオが、お、おぉ…と一歩引く。
悩むクラピカを見つめて数刻。

「確か…混ぜ合わせた酢飯を一口サイズに握り、その上に新鮮な魚肉を加えた―…」

「魚ぁぁあ!!?バカかお前、ここは森の中だぜ!?」

「声がでかい!!!魚なら川にも湖にもいるだろう!!」

「…。クラピカ…。」

ヒートアップするクラピカの袖をちょい、と引くと、クラピカはハッとして周りを見渡した。

しかし既に時遅し――。


「魚だ!」「川へ急げっっ!!」


と受験生達は一斉に外へと駆け出していた。
それを見たレオリオは、

「チッ、盗み聞きとか卑怯な奴らだぜっ」

と憤っていたが、

「あれが盗み聞きと言うなら私はもう何も言えまい。」

クラピカの意見に全面的に賛同せざるを得なかった。


「とにかく俺達もはやく川へ行こうぜ。」

「そうだな、急いだ方が良さそうだ。」

「あ、私は後から行くわ。少し確認したい事があるの。」

「あ?なんだよ。」

「大したことじゃないの。先に行っててくれる?」

安心させるように笑ったが、二人は納得してないという顔で、それでも1つ頷いて川へと走り出した。

「フレイヤー!アンタ今度は何する気よー!?」

一人残った私にメンチさんが目敏く声を掛ける。
そんなメンチさんに苦笑して、私はキッチンの上にある道具達に目を向けた。

「あの、念の使用は可能ですか?」

「は?何するのよ?」

「この道具達からスシの情報を引き出そうかと…」

「へぇ、そんな事が出来るの。さすが情報屋ね。それに特化した能力なんだ?」

「えぇ、まぁ。―…使っても?」

詳細はバラせない為、言葉を濁し笑顔でその話を打ち切る。

「うーん…。アンタ、真面目よね。聞かなきゃやって良かったけど、使っていいか?って聞かれたら、そりゃダメって言いたくなるわ。」

「あはは、やっぱりですか。」

「一応、念を知らない受験生が殆どだから余り使わないでほしい、っていうのが試験管としての意見ね。」

「分かりました。じゃあ、川に行ってきますね。」

にっこりと笑い、私は建物を後にした。





「…。使わないと思う?」

「いや、あの笑顔は使う気満々だったよ。」

「よね。―…全く、食えない子ね、あの子。」







* *







「ここなら大丈夫ね。」

円を広げ、周りに人がいないことを確認する。

《結局使うのかよ…。》

「当然よ。メンチさんは使ったら失格、とは言わなかったもの。」

《ビスケさんに出会って逞しくなりましたね、ルーエル。》

「…誉められてるんだろうけど素直に喜べないわね、その言い方。」

ふぅ、と1つ息を吐くと私はポケットから携帯を取り出した。
アンテナが立っている事を確認する。

「電波は悪いけど潜り込めそうね。
大丈夫だと思うけど、もしもの時は援護をお願い。」

《あぁ。》

《任せてください。》

二人の返事にありがとう、と微笑み、私は携帯に念を込める。
全てのオーラが携帯へと集まり、私は強制的に“絶”の状態へとなった。


「《 手繰り寄せる蜘蛛の糸 》」


私の能力の1つだ。
情報屋をやるって決めたときから…―否、シャルを見ていたから、この能力にしようと思った。

いつも、彼がぼやいていたから。



“俺の他にも情報係がいればなぁ”



この能力は2つの事が出来る。

1つ。
・物や対象に触れる事で、そこに記憶された情報を読み取ることが出来る。
制約は、時の止まっているものにしか使えない(死んでる又は仮死状態のみ)。

1つ。
・PC等に念を込める事でネット回線に入り込み痕跡を残さずに、あらゆる情報を引き出す事が可能。ハンターサイトにも侵入は可能だが、情報を守る為の念が掛かっている場合が多いため、あまり無理な侵入はしないようにしている。
制約は、使ってる間は強制的に“絶”の状態になる。

ちなみに、強制的に“絶”の状態になっても魔力は健在なので、敵に狙われてもシルフやディーネが守ってくれる。
故に、“絶”になるという制約は私の中では特に痛いものでもなかった。

中々に便利な能力である。


「―…なるほどね。こんな料理なんだ。」

携帯に念を込めて数刻。
私は感嘆の声と共に念を解いた。

《分かりましたか?》

「えぇ、元々公開されてる情報だから簡単に見つかったわ。作り方もコツもバッチリよ。」

《やっぱり川で魚か?》

「ううん、本当は海の魚を使うみたい。でも今回の課題の出し方からして、“今までに食べたことのない新しいスシ”を求めてると思うのよね。」

《あぁ、だから川魚で、ってか。》

「えぇ。でもきっと受験生達は全員川魚で調理するわ。それじゃ、合格は難しい…」

《意外なところで攻める、って事ですか?》

「えぇ。魚じゃなく、お肉とか…そうね、ソースに工夫を加えるのも良いかもしれないわ。」

《もうレシピは頭の中で組み立ててんのか?》

「だいたいね。…さ、狩りに行くわよ。」







* *







「メンチさん、どうぞ。」

「…………。」

ジーっと胡散臭いものを見るかの様に私を睨みあげるメンチさんに、にっこりと笑い蓋を取る。
姿を見せたものに、メンチさんとブハラさんは口をぽかーんと開けた。

「形はスシ、だけど…魚じゃないわね、これ。」

「えぇ、鶏の刺身です。鶏レバーの方は醤油で食べて下さい。」

「…なるほどね。この鶏の刺身にかかってるソースは?」

「柑橘系の木の実とハチミツを合わせたものです。」

メンチさんは無言で目の前のスシを真剣な顔付きで眺めた後、1つをひょいと口の中に放り込んだ。
一瞬動きを止めたものの、ゆっくりと咀嚼し飲み込む。
そして次に鶏レバーを掴み、醤油に付けて食べる。
それもゆっくり咀嚼し飲み込むと、スシの残っている皿を無言で見つめた。

「ブハラ。」

一言、彼の名前を呼び、それを受けたブハラさんは残りのスシを一つずつその口に入れた。

「…メンチ、これ。」

「えぇ。」

二人は真剣な顔付きで頷き合い、私に向き直る。

「美食ハンターとして評価させてもらうわ。
正直、驚いたわ。こんな食べ方があったなんてね。鶏を刺身として生で食べるなんて初めてよ。
生肉なんてよっぽど新鮮か処理が上手く出来てなければお腹を壊すし生臭くて食べられたものじゃない。」

ブハラさん、生焼けの豚食べてましたよ、さっき。
という言葉は咄嗟に飲み込んだ。

「でもこれは生臭さもなかったし、むしろ脂が出ない分、さっぱりした美味しさがあった。そこに、柑橘系の甘いソース。よく出来た組み合わせよ。
そして鶏レバーに関しては少し残ってしまう癖を醤油を付けることで和らげた。」

これは…もしかしなくても、とてもいい評価をもらってるんじゃない?
と、緩んだ口元を見逃さないかのようにメンチさんは、でも!と斬り込んだ。

「まだ詰めが甘いわ!」

「―…ぇ?」

「はぁー、始まっちゃったよ。」

目の色を変えたメンチさんに私が驚いていると、その後ろでブハラさんが諦めたように溜め息をつき私に同情の視線をくれた。

「確かにこの発想は素晴らしいわ!
でも、ソースとかに頼りすぎね。もっと素材本来の味を引き出してこそ、本物だわ。」

ぇ、いや、何が本物なんですか?
それは料理人としてって事ですか?
だとしたら私は間違いなくド素人だし、料理人目指してないしお門違いなんじゃ…

「刺身には塩を少し載せるのでも美味しいだろうしレバーに関しては下処理の時点で下味的な処理を……」

「ブハラさん、止めてください。」

「ごめんね、俺には無理だよ。」

マシンガンの様に勢いづいて止まらないメンチさんに、私はどうしたものかと眉を下げた。

―と同時、ポケットの中の携帯が震える。
プライベート用のアドレスに連絡が入ることなんて滅多にないので、私は首を傾げながら携帯を開いた。
その相手と内容に目を見開く。

「――って、ちょっと!何私の話無視して携帯見てんのよ!不合格にするわよっっ」

「理不尽っ!!」

さすがの私もメンチさんのその発言には叫ばずにはいられなかった。

「…たく、いい線行ってるから折角アドバイスくれてやったのに。」

「いやでも私は料理人になりたいわけではないので…」

「向上心がない!!」

「だからぁ!」

ダメだ全く私の話聞いてない。

半泣きになりながらブハラさんを見れば、彼はフォローするでもなく、ガッツリと憐れみの視線でトドメを刺してくれました。




「――…ま、というわけで合格よ。」

「ありがとうございます…。」





『合格』の二文字を貰ったのに素直に喜べないのは何故なのでしょうか。






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