彼女という存在

side:クラピカ
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第一印象は、失礼な女性だった。

次に、その強さに驚かされた。


人懐っこいようにみえて、近付けさせない。
だけどその笑顔は優しくて暖かい。

幼いように見えて、大人っぽい。
時にお茶目で、少し抜けていて......

人を惹きつける不思議な雰囲気を持った、不思議な女性だと...


そう思うようになった。




















あのメンチから「合格!」の一言が出た瞬間、周りの受験生達はざわついた。
誰が合格したんだと、一斉に合格者へと視線が向けられる。

かく言う私も、確認するために振り向いた一人だ。


「フレイヤ、か」

その姿を確認して、納得した。
彼女ならば合格してもおかしくない。

「くっそー、フレイヤの奴もしかしてスシを知ってたな?!」

「いや、それはないだろう。フレイヤが私達に嘘を付くと思うか?」

「...確かに」

「きっとメンチのヒントと、ここにある道具から答えを導き出したんだろう」

「いや、そうは言われてもなぁ..。この道具を見てなんか分かるか?」

「いや、私は全くだ」


そう、メンチのヒントとここにある道具を見ても全くピンとこない。
先程、絶対にこれだ!と思った自信作を持って行ったら、見た瞬間に捨てられてしまった。

しかも、“レオリオと同レベル”というなんとも屈辱的な一言と共に。

チラッとレオリオを見て、溜息をつく。


「お前、今すげぇ失礼なこと考えてたろ」

「お前が私に対して失礼だ」

「なんか理不尽じゃないか?!
...まぁ、いい。今は試験だ。フレイヤが帰ってきたら作り方聞くぞ!」

「そうしたいところだが、どうやらダメみたいだぞ」

「は?」


スッとフレイヤの方を指す。

そこには、こちらに帰ろうとするものの、メンチに引き止められて何やら言われているのか、困った顔をしているフレイヤの姿が。

そのまま強引にメンチの隣りに座らされてしまった。


「メンチに先手を打たれたな」

「くっそー!!最初から考え直しかぁ..あぁぁ..」

「落ち込んでる暇があったら考えることだな」

「わかってらぁ!」

正直、フレイヤを拘束されてしまったのは痛い。
なにせ私の中にスシというものの形が未だに浮かんでこないのだ。


(こんなところで落ちるわけにはいかないんだ...)


グッと包丁を握る手に力を入れたその時。



「スシってのは、一口サイズに握った酢飯の上にわさび乗っけて、その上に一口サイズに切った刺し身を乗せるだけのお手軽料理だろーが!!!!!!」



「クラピカ、聞いたか」

「あぁ、まさかレオリオと同じ愚行を働く者がいたとは...」

「おいっ!そこじゃねーだろ?!」

「あぁ、分かっている。スシの作り方は分かった。急ぐぞっ」



メンチのお腹がいっぱいになる前に、なんとしてでも合格せねばっ!





*




「わり、お腹いっぱいなっちった!」


メンチのこの一言に、受験生達が息を呑んだ。


「なん..だって?」

レオリオが信じられないという顔で呟く。
私も、彼女の言葉を受け入れられなかった。

そして、同じような疑問を口にした受験生に対し、彼女はハッキリと言ったのだ。


「だからー、試験は終わり!合格者はフレイヤだけよ。
ま、今回は運が無かったってことで!また、来年頑張ればぁー?」


何を...
彼女は、何を言ってるんだ?

そんな軽々しく━━・・・っ


視界が緋色になりかけた、その時。




ドゴォォォォォォォッッ


物凄い音が部屋中に響いた。
その音にハッとし、私は慌てて顔を手で隠す。

目に映る手は、ちゃんと肌色をしていた。

その事にホッと息を吐き、気持ちを切り替えるように私は顔を上げた。
視界にはキッチンテーブルを破壊して激昂する一人の男。


「納得いかねーな。合格者はその女一人だぁ?
こっちは料理しに来てんじゃねーんだ。
たかが美食ハンターごときに合否を決められたくねーな」

「あっそ。でも不合格は不合格。
審査員は私よ。私の決めたことは絶対なの。残念だったわねー」

「ちっ。調子に乗りやがってこのっアマァァァ!!!」


ドゴォッ



「「「、っ??!!!」」」



逆上した男がメンチに殴りかかった瞬間、男は紙屑のように吹っ飛んだ。
見れば、ブハラが手をひらひらさせている。

「余計なことすんじゃないわよ、ブハラ」
「だって俺がやらなきゃメンチ、あの男を調理してただろ?」
「まぁね」

そう言ったメンチは、後ろ手に持っていた包丁をクルクルと回しながら腰のベルトへと仕舞った。

「ハンターやってりゃ武術の心得がつくのは当たり前。
強さなんて後からいくらでも付いてくるのよ。
私が見たかったのはそんなものじゃなくて、未知のものに挑戦するという強い心意気よ!」



「それにしても、合格者一人とは、ちと厳しすぎやせんか?」



突如上空から聞こえてきた声に、全員が上を向いた。
そこには、ハンター協会のマークのついた飛行船。


「今度は何だぁ?」

「さしずめ、今の私達にとっては救世主と言ったところか。」

思わぬ第三者の介入に、私は詰めていた息を吐き出した。
同時に聞こえてきたのは、パタパタとこちらに駆けて来る足音。

「クラピカ、レオリオ!」

「フレイヤ」

「なんか大変なことになっちゃったわね」

「合格者のお前が言うなよな」

「あはは、それは八つ当たりよレオリオ」

「うっせー!嫌味の一つでも言わせろっ」

「一時はどうなる事かと思ったが、どうやらいい方向に話が進みそうだな」

「そうみたいね。あの飛行船、ハンター協会のでしょ?最高責任者さんでも出てくるのかしら」

ふふ、と楽しそうに笑うフレイヤに首を傾げていると、突然「あ。」とフレイヤが上を指さした。

つられてその先を見てみると━━━。



「ちぃとそこの三人、そこをあけてくれんかのぉ?」


遥か上空、一人の老人がこちらに向かって物凄いスピードで落ちてくる。


「な、なんだぁああ??!」

「まずいっ、今すぐここから離れるぞ!!」


老人の着地点はまさに私達が今立っている場所。
本来ならこのまま地面に落ちれば老人は死ぬだろう。
いつもの私なら何とかして助ける方法を探すが...

(この老人は只者じゃないっ。むしろ危ないのは私達だっ!)


「クラピカ、思いっきり後ろに飛んで!レオリオ、ちょっと持ち上げるわよ。」

「ぇ、は?....おわぉぁあああっっ!?」


フレイヤの指示を受けた瞬間、私は迷わず後ろへと飛んだ。
レオリオはどうやらフレイヤが抱えてくれたようだ。

私達が避けたと同時、ズゥゥンという大きな音と共に土煙が舞った。


向かってくるだろう土煙に備えて腕を顔の前で交差した私は、そこに、ふとした違和感を感じた。

(土煙が当たらない...?)

そっと目を開けたと同時、私は息を呑んだ。

(なんだ..これは..!?)

そこに見えたのは、私を避けながら舞っている土煙。
まるで何かに守られているかのように、私の周りには空間が出来ている。

(一体何が起こってるんだ..?)

その光景を呆然と見ていると、次第に視界が晴れてきた。


「フレイヤ、クラピカ、レオリオ、大丈夫??!!」

駆け寄ってきたゴンとキルアに、私はなんとか頷いてみせる。

「あぁ、私は大丈夫だ。」
「私も問題ないわよ。ただ...」

フレイヤはゴンとキルアの傍まで来ると、困った顔で後ろを向いた。
その視線の先には、あんぐりと大きく口を開けたマヌケ面のレオリオ。

「あーぁ、おっさんよっぽどショックだったんだな。」

「ショック?ただびっくりして腰抜かしただけじゃないの?」

「分かってねーなぁ、ゴン。考えてもみろよ。
大の大人が自分より華奢な女に抱えられて、助けられたんだぜ?
普通はショック受けるだろ。」

「そうかなぁ?」

首を傾げるゴンに、子供だなぁーゴンは。とバカにするキルアに、お前も似たようなものだぞ。と心の中で突っ込んでおいた。

そしてその横で、そうだったのか!と言わんばりの顔でショックを受けているフレイヤ。
おそらくゴンと同じで腰を抜かしたと思っていたのだろう。
原因が自分にあると分かり、凹んでしまったようだ。

まぁ、この場合フレイヤは悪くないのだが。
咄嗟の判断とはいえ、女性に抱えられるとは..レオリオ、心中察するぞ。

レオリオに同情の眼差しを送っていると、事の原因である老人が愉快に笑いながら謝ってきた。


「いやぁー、すまんすまん。人が居るとは思わなくてのぅ。」

なんとも白々しい言い草である。
しかし、その身に纏っている雰囲気は威圧的であり、この人がハンター協会の人間であると分からされる。

そして老人の背後に出来た大きな穴。
普通なら死、ある程度の使い手でも足の一本や二本使い物にならなくなるだろうその衝撃に、この老人は傷ひとつ負わずピンピンしているのだ。

(これが、ハンターの強さ...)

その強さの一部を目の当たりにして、額から冷たい汗が流れ落ちた。

━━と、その時。


「何言ってるんですか。私がいるの分かってて落ちてきたでしょ。」

はぁ、と溜息混じりの声が後ろから聞こえた。
その声音はとても穏やかで。

「はて、何のことじゃろか?」

それに答える老人も、どこか親しみを持ってる。

「よく言いますよ、“今から行く”なんてメール送ってきたくせに。」

「ふぉふぉふぉ。お主が試験に参加してると聞いたから、ちと見に行こうと思っての。
でも、まさか落下地点にお主がいるとは思うまい。」


二人は知り合いなのか━━と、聞こうとした瞬間、それはどこからともなく現れた別の声に掻き消された。

「こんのタヌキじじぃ!!白々しいんだよっ」

まだ声変わりをしていない少年のような声が、フレイヤの傍から聞こえたのだ。
驚いてフレイヤの方を見れば、フレイヤは真っ青な顔で焦っている。

「“風の加護”を狙ったんだろ!ルーエルが防御する時に起こす風の魔h「ディーネっ!!!!」

フレイヤが大声を出したのと、ちらりと少年のような人影が見えたのは同時だった。
フレイヤは両手で何かを抱き込むような仕草をしたが、その腕は空を切っただけで何も掴んではいない。

しかし不思議な事に、先程まで聞こえていた幼い怒声がぴたりと止んだのだ。
一瞬のこと過ぎて何が起こったのか、そこにいた全員が分からなかった。

シーーン、と静まり返った会場に、ふむ。と緊張感のない声が響く。


「それで、試験はどうなってるんじゃったかな?メンチくん」

「は、はいっネテロ会長!」

メンチは老人に声をかけられ、背筋をぴんと伸ばした。
緊張気味にその名を口にする。

(ネテロ会長━━!あの方が、ハンター試験最高責任者だったのか!)

道理で常人離れしているわけだ。
ハンターの頂点に立つ者なら、あれも納得出来る。

あのメンチですら萎縮しながら事の経緯を話しているのだから。



「なるほど。君の合否判決は彼らに未知のものへと挑戦する気概を問いその結果、全員の態度に問題があった為の合格者一人――と、そういうわけかね?」

「……いえ。」

しばし間を空けメンチは首を横に振った。

「受験生に料理を軽んずる発言をされ思わずカッとなってしまい、料理方法が全員に広がると言うトラブルが重なりまして、腹を立てている内に満腹になってですね……」

ネテロ会長はフムフム頷いた。

「つまり、審査不充分であるというのは自分でも分かっている、と」

「はい……」

言葉を返したメンチは、次第に落ち込んでいく。

「すみません!料理のこととなるとつい我を忘れてしまって……
審査員失格ですね。私は降りますのでこの試験は無効にして下さい」

「うむ。」

メンチの発言にネテロが思案顔をつくる。

「これから審査を続けようにも選んだメニューの難度がちいとばかり高いようじゃしのぅ。ううむ、よし」

彼はちょんと人差し指を空へ向けた。

「審査は君に続行してもらう。
その代わり次に考えたテストには君にも実演という形で参加してもらいたい。それでいかがかな?」

その方が受験生も合否に納得がいきやすいと読んでの提案だろう。


「そう、ですね。それじゃあ……


 “ゆで卵” 」


メンチの言葉に、周りがざわついた。

(確かにゆで卵なら誰でも知っているだろうが..)

先程とはまるで違う課題に、一体どういう意図があるのか。



「会長、私たちをあそこの山まで連れて行ってくれませんか?」



メンチの指差す先には、大きな山。
どうやら飛行船に乗って移動するらしい。

チラッと横目にフレイヤを見れば、フレイヤも山を見ている。
その表情がどことなく曇っているのは気のせいだろうか..?

先程の、私を守るようにして出来ていた空間や、少年の声。
そして、フレイヤとネテロ会長との関係。

聞きたいことはたくさんあったが、まずは目の前の試験だ。


私は気持ちを引き締める為に一旦目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。



その先に見据えるのは、聳え立つ山のみ。




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