蜘蛛の選択
side:シャルナーク
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ルーエルを連れ出してから数週間後。
世間は、リーフィア滅亡のニュースで埋め尽くされた。
第3楽章 −蜘蛛の選択−
「意外と速かったな。」
「んー、一週間前にリーフィアに行ったハンターが通告したみたいだね。」
ご丁寧に写真まで載せられてる。
俺と団長は今、リーフィアに関する記事を調べていた。
いつか大きなニュースになるだろうとは思っていたが、予想以上に速かったな。
『リーフィアの住民は皆眠るように死んでいた。生きている者は誰一人いなかった。
不思議なことに建物等に損傷は無く、全ての家を調べたが、どこも争った形跡は見られなかった。
城には明らかにリーフィア人じゃない人達の死体が数十体以上あった。
城内は飛び散った血と銃痕が至る所にあり、他国から襲撃された事が伺える。
しかし皆全滅しており、その死因は不明。
死体に共通している事は、全員外傷が全くないと言うことだ。
そしてもう一つ。
【詠使い】の存在だ。
探したが、場内に14歳ぐらいの少女の死体は見つからなかった。
私が行ったとき、リーフィアに歌は流れていなかった。
歌う国リーフィアは、滅亡していたのだ。
これは私の憶測だが…』
「“【詠使い】が呪いの歌を詠ったのかもしれない。”
――――か。
あながち間違ってないよね。」
ははっと笑うと、団長は顎に手を当て考え始めた。
「なるほど。異界送りをしても、魂が異界に送られるだけで、肉体は消えないのか。」
「そうみたいだね。遺体は全てどっかの政府が埋葬したって。」
あの日――。
ホームに着いた後、パクにルーエルの記憶を読んでもらった。
最初にパクに流れ込んできたのは、ルーエルを祝う大人達の声。
お誕生日の歌。
次に銃声と悲鳴。
「詠使いは殺すなよ!」
という男の声。
ルーエルの中を恐怖と混乱が埋め尽くす。
そして、
歌が聞こえた。
歌が流れてきた瞬間に、パクは思わず手を離したそうだ。
「どうした。」
「歌が、聞こえました。
……何故か、聞いてはダメな気がして……すみません。」
謝るパクは額にうっすらと冷や汗を浮かべていた。
その後、マチがルーエルを部屋へと連れていき、しばらくして戻ってくる。
「ルーエル寝たよ。
よっぽど疲れてたんだろうね。」
「そうか、ご苦労。
――で、パク。
さっきの続きだが、手を離して正解だ。
恐らく、国中の人間が死んだのはその歌を聞いたからだろう。
ルーエルは意識的に歌っていたのか?」
「いえ…。感情の処理が出来ず、恐怖と混乱の気持ちを歌にして吐き出した、といった感じでした。」
「やはりそうか。」
「あと、一つ気になることが…」
パクは目を伏せ少し思案した後、
「ルーエルの中に、強く残っている女性の声がありました。彼女はルーエルに、
“貴女の名前はルーエル。
ルーエル=シャンテですよ”
―――と。
これが聞こえた瞬間に、ルーエルの中の何かが制御されたような…そんな感じがしました。
もしかしたら彼女は念能力者なのでは…?」
パクの言葉に、団長は顎に手を当てた。
そして――
「シャル、名前を呼ぶことで人間の五感を支配できる念能力者がいないか探せ。」
「ルーエルの目の事?」
「あぁ。ルーエルの目が見えないのは念が掛られてるからだ。」
「確証はあるの?」
「さっきルーエルを凝で見たら、首から上にオーラが集まっていた。
ルーエル自身のオーラである可能性も考えたが、凝で見る限りあいつの精巧は開いていない。」
「ちょっと待って団長!」
団長の言葉に、俺は待ったを掛けた。
他の団員も団長の言葉に顔をしかめている。
「念じゃないなら、ルーエルの言霊は何て説明するわけ?
世の中にある、所謂“超能力”って実は全部念でした、でしょ?
念じゃない特別な力とか存在するわけ?」
「俺もそこが引っ掛かっている。
だが、実際にルーエルの精巧は開いてなかった。
信じられないなら確かめてみるといい。」
俺達は黙り込んだ。
もし…もしもルーエルの力が念じゃないとしたら、だ。
その力の元が何なのかを俺達は知る必要がある。
これからルーエルが色んな物を見て色んな事を学んで行った時、必ず訪れるだろう選択。
己の力を守る為に使うか。
それとも、
破壊の為に使うか――。
そう、大人達がルーエルを外に出さなかった……外の世界を見せなかった一番の理由これだ。
平和を願う以外の選択肢を与えない為の、一番簡単で確実な方法。
(それが視界を奪うこと、か。)
大人の汚いエゴだ。
国の為に、一人の少女の人生を偽りの世界の中に閉じ込めようとした。
植木鉢に植えられた草花や木。
水道の水を流すことで作られた川。
3ヶ所に置かれた空調を使って風を作り、大きなライトを太陽代わりにした。
そして、設置されたスピーカーは鳥の鳴き声や虫の音を流す為だろう。
一角に置かれた動物の檻。
ルーエルに触れさせる時だけ檻から出されていたに違いない。
虫籠には、動物の餌が。
あの部屋は、ルーエルの目が見えないからこそ成り立っていたんだ。
ルーエルは、世界はキレイだと詠った。
現実は、ヘドが出るような光景が広がっていたと言うのに…。
「……団長は、ルーエルをどうしたいんだい?」
ホールに、マチの静かな声が響いた。
「蜘蛛のメンバーにするの?」
“蜘蛛のメンバー”
つまり、俺達と同じ生き方をさせるのか、という事。
それは、団員全員が疑問に思っていた事だ。
ルーエルを連れ出して、その後どうするのか。
ルーエルは、言わば真っ白な紙だ。
まだ何も描かれていない、何色にも染まっていない。
故に、育て方次第では善にも悪にもなれる。
団長は、どうするつもりなんだろうか。
俺達と同じ世界を、ルーエルに見せるのだろうか。
それとも、普通の女の子の様に、死とは縁遠い世界を見せるのだろうか。
全員が、団長の言葉を待った。
「俺は、あいつに外の世界を見せてやりたいと思ったんだ。
手を差し出したのは殆ど無意識だった。
……そうだな。
改めて問われると、俺自身何を望んでいるのかが分からない。
もしかしたら、あいつの詠ったキレイな世界を視界を通して見せた時に、あいつがどんな顔をするのかが見てみたいのかもしれないな。」
全員が、驚いていた。
団長からこんな言葉が出てくるなんて…
団長は目を伏せてしばらく思案した後、
「そうだな。言うなれば、
“心からの笑顔が見たい”……だな。」
そう言って、ふっと微笑んだのだった。
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