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 有限と広がる大地を一台のジープが悠々と土煙を上げながら駆けていく。

「悟浄!! 席変われよっ!! お前が前にいると煙たくてしょーがねーだろッ!?」
「ああ悪ィな、後ろにお子様乗ってんの忘れてたぜ」

 まったく悪びれる様子のない悟浄に悟空はさらに声を荒げる。

「……いい加減にしろよ貴様ら。なんなら降りて走るか?」

 悟空の怒声はジープのラジオから流れる洋楽と相まって、三蔵の不快指数がぐんぐん伸びていく。

「まーまー、もうすぐ街が見えてくるはずです」

 対して隣に座る八戒はいつも通りの涼しい顔で問題児三人を宥めた。

「久々に屋根のあるところで眠れそうですねェ」
「こォも座ってばっかいるとなァ。俺様の腰がなまっちまうぜ」
「うわっ、出たエロ河童!!」
「はっ。ジジイか。老いたものだなクソ河童」
「……女よりも食い物のお子様といっつも茶ァ啜ってばっかいるモノホンのジジイにゃあ言われたくねえなァ?」

 実にわかりやすい挑発に三蔵の額に青筋が浮かぶ。そこまでいけば、もうこの先の展開は決まったものだ。走り続けるジープなどお構いなしに立ち上がり、助手席の背もたれに足を乗せ、がちゃりと弾倉が回ったと思えば、次の瞬間には3発の銃声が鳴った。

「っあぶ――」
「三蔵、撃つなとは言いませんが、ジープには当たらないようにしてくださいよ」
「ふんっ。俺がそんなヘマをすると思うか?」
「あっぶねえな!! 殺す気か!?」

 幸か不幸か、3発とも悟浄の髪を掠っただけで済んだ。足元には彼の特徴的な髪が少し散っている。「やーいやーい」と、してやったりの悟空もその数秒後、「うるせえ」と同じような目に遭う。

はずだった。

「っ!!」

 三蔵が撃とうとした矢先、八戒が急ハンドルを切った。バランスを失った三蔵は後部座席二人へ倒れこみ、なんとか振り落とされずに済んだ。やや遅れてジープは止まった。

「一体なんだよ!?」

 三蔵の下敷きその一の悟浄の苦情を無視して八戒は運転席から降りた。

「人です」
「は?」
「人が倒れてます」

 八戒の足元にはうつ伏せに倒れる女性がいた。





「いやあ、わざわざすみませんねえ」

 行き倒れてた女性こと水櫁が申し訳なさを滲ませながらゆったりとした口調で言う。
 最初こそ死体かと思った悟空が啄いてみると、なんと生きているではないか。八戒が体に障らない程度に揺すると、掠れた声で「水」を求めてきた。

「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。旅は道連れ、世は情け、ですからね」

 まさに水を得た魚の如く復活した水櫁曰く、「本当は一緒に旅をしていた知り合いがいたんですけどね、何を思ったのか自分を突き落として置いていってしまったんですよ」とのこと。

「全く酷い話ですよねえ」

 笑いながら話す水櫁。もし三蔵たちがここを通らなければ、もし八戒がハンドルを切るのがあと少しでも遅れていたらお陀仏だったかもしれない。そう思うと、水櫁本人ではなく、関係のない悟浄と悟空の背中にぞっと寒いものが走る。
 そして後部座席の悟浄と悟空の間に割り込み、近くの町まで一緒に行くことになったのだ。

「にしてもひでえな、あんたの知り合い」
「でしょう? ちょっとでも気に触れれば容赦なく発砲してくるんですよ」

 右手で銃を作ると、パンパンッと撃つ真似をする。

「ほォー。まるでどっかの鬼畜坊主そっくりだな」

 がたっと三蔵が動くも八戒が「三蔵」と諌めた。小さく舌打ちをし、後ろでニヤニヤする悟浄を振り切るように煙草に火をつけた。

「なあなあ、水櫁はなんで旅してんの?」
「ん〜何故と問われると、なんとも言えないのですが。そうですね、強いて言うなら趣味ですかね」
「そんな格好で、こんな物騒なご時世に、か?」

 三蔵が紫煙を吐き出す。
 法衣に袈裟と見た目は完全に尼そのもの。妖怪たちの凶暴化により人的被害が広がる桃源郷において僧侶――特に徳の高い者は――真っ先に狙われる。それが非力な女性となればなおさらである。
 しかしそんな三蔵の皮肉に気づいていないのか、水櫁はさらりと受け流して愚痴をこぼす。

「そうなんですよ。本当は行きたくなんかなかったんですけどね? これまたなんと言いますか、横暴身勝手な知り合いに巻き込まれまして」
「だったらソイツだけ行かせりゃいいんじゃねえの?」
「それができたら自分も苦労しませんよ」

 水櫁は肩をすくめ深い溜息を漏らす。すると、悟空の視線に気が付くと「どうかしましたか?」と首をかしげた。

「なにか自分の顔についてますか?」
「ううん。ただ楽しそうだなって」
「楽しそう?」
「うん! 水櫁すっげえ楽しそうな顔してるな!」

 と、悟空はにかりと白い歯を見せて笑った。「どこがだよ」と三蔵が突っ込むが、水櫁の耳には届かなかったようで一瞬虚を突かれた後、ふっと息を吐き出すとそのまま控えめに声を上げて笑い始めた。

「そうですね。確かに面倒事に巻き込まれたなとは思いましたけど、そうですね。なんだかんだ楽しいですよ」

 そのまま水櫁は悟空の頭をふわりと撫でた。

 それから30分にも満たない短い道中は水櫁と悟空により比較的平和に過ごすことができた。

 そして町の入口で水櫁と別れたが、その数時間後、再会することになる。

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