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朝早く。まだ日が昇って間もない時間帯に森の中を一台のスクーターとジープとスクーターが駆け抜ける。

「もうちょいスピードでねえの!?」

狭い道に障害のようにむき出しの木の根が両者の行く手を阻む。向かってくる朝の風も森の影も相まってか冷たく肌を撫でていく。

「これでも最速なんですけどね」
「仕方ないだろ道が悪すぎる」

 不安定な道に舌を噛まないようにするのがやっとな中、三蔵が冷静に状況を分析する。

「村人の噂通りその妖怪が慈燕(ジエン)だとしたらなおさら旬麗と会わせる訳にはいかんな」
「そうですね」

 水櫁が静かに同意する。それに対して悟空の表情は焦りが色濃く見えている。

「何考えてんだよ旬麗は!?」
「なァんも考えちゃねーだろうよ、愛しの男以外はな」


口調はおちゃらけたものだったが、悟浄の表情はいつになく真剣そのものだった。



「さすがにこの先はジープやスクーターではいけませんね」
「思ったより深いな」

 森は奥へ行くほど暗く、獣道が続く。一行はジープ、スクーターから降りて三蔵と悟空、悟浄と八戒、アタシと水櫁の三組に分かれて旬麗を探すことになり、三方に散る。
しばらく呼びかけたところでいきなり水櫁が双蓮にこう話を振った。

「で、どうでした?」
「ああ? 何が?」
「悟浄のことですよ」

一瞬、何のことだかわからずきょとんとするが、すぐに何のことか気づく。

「ああ、あいつも色々あったんだなあって」
「そうですか。で?」
「ただの歩く十八禁だと思ってたけど、まあ、大変だなって」

人は誰しも他人には言えない闇を抱えている生き物だ。それはもちろん自分自身に言えることだし、たぶん悟浄以外の一行全員にも言えることだろう。
本当ならあの時水櫁の言葉通り本人が言いたくないことを聞くべきではなかった。でも自分の中では聞いておかなければならない、と。なにか直感めいたものがアタシを突き動かした。
隠し事は苦手だ。
自分の知らないことが自分の知らないところで動く不愉快さ、無力さ、そういうのが嫌いだ。なんて言うと、水櫁は率直に「子供みたいですね」と笑った。

「まあそこがあなた“らしい”と言えばそうですけど」
「……褒め言葉として受け取っとくよ」

やっぱり笑う水櫁から逃げたとき、どこからか女性特有の甲高い声が聞こえた。

「双蓮いまのは」

無言で頷く。おそらく旬麗のものだ。

「あっち!」

一瞬の声を頼りに走り出す。
そう離れてないところで木々の隙間から5人の男が旬麗を囲んでいるのが見えてきた。

「こンの!」

咄嗟に蹴りの体勢を整えるが、それより先に悟浄と悟空が真ん中の男の顔を左右の茂みから飛び出し、バキャと鼻の骨が折れるような嫌な音と共に倒れた。

「今のがクロスカウンターってやつですね!」
「へえ、初めて見ました!! ナイスタイミングです!!」
「いや違うと思う」

 八戒と水櫁が得意のボケをかますので思わず突っ込んでしまったが、旬麗は無事だったので流す。

「このサル! 前方よく見て飛び込んでこいよ!」
「人のこと言えンのか!?」

 予期せぬ連携に敵の眼前にも関わらず喧嘩をし始める悟浄と悟空も相変わらずでため息が出そうになる。能天気な奴らだ。
ちなみにクソ坊主はすでに吐いてた。

「っていうかなんだよてめェら!」
「突然湧いて出やがって!」
「あれ、もしかして自分たちのことご存知ない?」
「知るか! 誰だてめぇら!!」

その言い方からしてここにいる男たちが例の三蔵一行とは知らないところを見るに紅孩児たちの手先ではなさそうだ。まあ面構え的にも忠誠心を持ってるようには見えないしな。

「旬麗、恋人じゃないよな?」

 そう問えば、違うと言葉が返ってきた。

「慈燕を……慈燕をしらない!? そこの人と同じ銀髪の!」

銀髪という単語に悟浄がぴくりと悟空との言い合いをやめて反応したのを見逃さなかった。銀髪の妖怪は鼻血を出しながらこの界隈で銀髪なのは自分だけと言い張る。

「そ……う……」

ふっと糸が切れたように三蔵の腕の中で旬麗の意識は途切れた。

「旬麗!」
「大丈夫です、気絶しただけですから」
「気が緩んだんでしょう。こんなところまで走ってきたんですから無理もないですよ」

 まあ旬麗も無事見つかり、信じてた恋人は一応ヒトを襲っていないことはわかった。

「さてとそれじゃあ帰るか」
「そうだな」
「半おばさんも心配してるでしょうしね」
「俺腹減った〜」
「そういえば朝ごはんもろくに食べないまま飛び出してきましたしね」

 さあみんな揃って帰ろうとしたが、相手方は大変気に食わないようで持っていたナイフやらなんやらを片手に帰路に立ちふさがる。

「勝手に持ち帰るんじゃネェよ!!! その女は俺達のエモノだ!!」
「なんならテメエらもミンチにして喰ってやろうか?」

 言い合いのあとで鬱憤が溜まっている悟空が噛み付くが、悟浄が一歩前に出た。

「今日はやめだ。今あんまりヒトゴロシしたくない気分なんだよねえ俺。だから大人しく帰ってクソして寝ろや、OK?」

そういう彼の表情は昨日旬麗と二人きりっだった時とは違い、はどこか吹っ切れたように見える。

「さ、行こか」
「朝ごはんには何が出るんでしょうねえ」

 まるまる無視して撤退。しかし背後での耳障りな話し声は止まらない。

「あの赤毛の男……」

 仲間のうちの一人が悟浄の正体に気づいたようで、ほかの仲間に教えるのがまだ聞こえた。ぎゃーぎゃー騒ぐならよそでやれ他所で。
自分たち妖怪の出来損ないだと知った妖怪は今まで散々な目に合わされたことも相まって声高にこう言った。

「なんだ、じゃああいつは出来損ないじゃねえか。アソコの毛も赤いのかよ、ええ? 出来損ない」

 煩い奴には躾が必要だな?

 アタシが動くのと悟浄以外の全員が動くのはほぼ同時だった。
アタシと三蔵は真似をしたわけじゃないがその煩くてカワイらしいオクチに銃口をつっこみ、悟空は胸ぐら、八戒は口元をつかみ、水櫁は後ろから日本刀を首につけて万全の状態だった。

「ほら、なんて言いましたっけ?」
「『口は災いの元』ってよく言いますよね? 続きが言いたきゃあの世でどうぞ」

わざとらしくとぼける水櫁、語尾にハートを付ける八戒の目は笑っていない。こういうときほど普段怒らないやつが怒るととんでもない目に遭う。
 
「ヒイッ! わ……悪かった」
「助け……」

 言いようもない殺気を全身で浴びた妖怪たちはみなだらしなく腰を抜かして命を乞うた。

「詫びるくらいなら最初から言わなきゃいーんだよバァーカ」

唾液で汚れた銃口を吹きながら玄奘がそう言った。その意見には同意だ。

「ついでにアタシのも」
「ちょ、俺ので拭くんじゃねえ!」
「減るもんじゃあるまいしいいじゃん」
「そういう問題じゃねえ!」
「ったく、変なやつらだよお前ら」
「今更ってやつですよ、悟浄さん」
「……そうだったな」

 今度こそ一件落着。

――それで終わればよかったのにな、お気の毒に。
せっかく生きて帰れる予定だったのにな。

「何、そんなに興味あんのか? アソコの毛の色」

雑草魂で歯向かってきた勇気だけは認めてやろう。
ダマになって襲ってくる妖怪たちは悟浄の錫杖によってあっけなくに肉片と化した。

「ま、確かめられンのは『イイ女』だけだけどな」
「どこまでも変態だな歩く十八禁河童」
「うるせえ」
「きしし、ちゃん黒いよなっ黒!! 風呂場でみたもんねオレ」
「まあ髪の毛以外の体毛が赤というのは……」
「腋毛とか悲惨そうですよね」
「すね毛もみっともねえがな」
「お前ら言いたい放題言うんじゃねえ!!」



「結局何も言わないできたな」

 旬麗を半おばさんに託した一行は彼女が目覚めるのを待たずして先へ進むことを選んだ。
 すでに日は傾きはじめ、眩しい橙の中を走る。

「立つ鳥跡を濁さず、です。まあ、カッコつけたいお年頃なんですよ」
「……なるほど痛いな」
「オーイそこのお二人さーん? ごじょさんバッチリ聞こえてるからなー?」

 水櫁が「ですってよ?」と言えば、双蓮は「んなこた知らね」ともう興味をなくしたようにそっけなく返した。

「で、結局“ジエン”は兄だったのか?」
「いやたぶん違うな。兄貴は銀髪じゃねェし……――ま、イイってことよ。お互い生きてりゃそのうちどっかでスレ違うくらいはするだろ」

 そういう悟浄の顔はどこか晴れ晴れとしていて、何かに吹っ切れたようにも見えた。

「……しっかしアレだな、フリーのイイ女はなかなかいねェよ」
「……おいテメェ人がちょっと見直したなって思った矢先にクソみたいなこというんじゃねえよ」
「えっ、双蓮が、デレた……だと?」
「マジ? 惚れてもイイんだぜ?」
「テメェらまとめて死ねクソ滅びろ!!」
「ちょっ! だからって急ハンドルは――」
「あ、」

 どぼんっ。

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